表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/28

日々是エッセイ 【親子の賞味期限】

親になってだいぶ経ちます。

そしてあるとき、親であることをやめようと思いました。


これは随分と無責任な言葉なので説明が要ります。



【親になって】

親となったあとのわたしは無我夢中、なにもわからないまま、やることは山盛り。

赤子は息をしているか、泣き続ける原因は何か、風が当たりすぎていないか、夜は1時間おきに世話をして、日中は世話の合間に家事をして。

今思い出すとあれは幸せなことだったとわかりますが、当時は5分先が見えない毎日に疲れはてていました。



先が見えない事に疲れはてた私は、「これまで予測しながら生きていたこと」と「今この時を生きることをして来なかった」事に気付きました。

ずっとわたしは生きることが怖かったのだと思います。

怖いので、不安なので、常に予測をして来た。


赤子はままならないもの。行動の予測などできません。

他をコントロールすることはできません。

わたしは、予測の出来ない中で今を生きることに対して、徹底して向き合う時間をもらったのでした。




【愛の表現のバリエーション】

その存在へすべて、YESと言いたい人。

大事な人。

その人が社会へ出たいと望むならば、その前に持たせたいものがたくさんある。

その人を全面的に肯定しているその一方で、言動へはNOと言う時も多い。

この家から出た後を想えば、その人の行動と言葉へ導きを与えなくてはならない。

そのYESとNOは、私の愛の表現でした。

その乖離。その二面性。

その矛盾となる2通りの愛の表現。

愛はわたしを翻弄しました。



親であることと、個人であることを両立していくことは、私には新しい挑戦でした。

社会的な役割の使い分けをしていき、愛の表現のバランスをとり、最も最適と思うものを言葉で態度で料理で衛生面で、主にマンパワーにおいて出来ることの最大限を子供へ渡して行きました。


私にとっての最大限でしたが、子にとっての最適や最高かどうかは別です。

親子は、望むものや期待することが異なることが多く、その差異を補う会話があるとよいと思います。




【親を卒業してみる】

親をやめてみようと思ったのは、その乖離や矛盾はもう必要ないだろうと判断したからでした。





すべてのおかげさまで、子は大人になりました。

ひとりぐらしを始めて、散らかりすぎて天地が不明なほどのアパートで自炊をしてお弁当をつくり、映像の表現に没頭し、気が利くわけでもなく、見落としも多く、未熟で、自信だけはあって、夢がたくさんあって、映像のアイデアが湧き続けて、目上の人への態度が成ってなくて、そんな様子を見ているといくらでも口を出したくなる私がいました。


口を出したくなる私に気づいたとき、この人に私の価値観が必要な時はもう終わったのだなと、思いました。


子供の頃、とりあえずの判断材料として親や周囲の大人の価値観を取り入れていきます。

何度も、何度も、その価値観は刷新していくものです。

信念体系、ビリーフシステムと名付けられた価値感や基準は後天的に外からつけられていきます。


社会経験のない子供へ親ができることのひとつに親自身の価値観を与えることがあげられます。

親の哲学や美学、技術などを立ち居振舞いやしつけとして与えますが、同時に親の恐怖も伝えていきます。

親は、社会への恐怖に対しての武器を子へ伝授する生き物です。生き残るためのコミュニケーション、嫌われないための服装、いじめられないための気の利かせ方、など。


それら価値観、社会へ出るときに親から子へ持たせたいものは未だ多くあるように思いますが、実際に役に立ちそうなものは何もない。

むしろ邪魔ですらある。

そのように感じました。


親をやめよう。ただあの人を肯定する愛の表現だけでよい者になろう。そのように思いました。


人としておかしいと思い、人としてやめてほしいと思ったことを伝える。ただこれだけをするものになりました。



【母であることは変わらない】

親をやめました。

社会へ適応することへ頑張り続け、社会や人への恐怖があるまま大人になり、自分を社会へ適応させて社会で生き残るための知恵をつけて、親になりました。


子へは生き残るための方法を伝えようとしましたが、それは不要なことだと気づきました。


子は、自分のままで愛を表したい人でした。

それは、私から見れば、うまくいきませんし理解はされにくいものです。

ですが、人生を自分主導で生きていることは確実に理解できます。


親として、生き残るための価値観を伝えることをやめました。

母として、その人の存在を肯定する者になりました。

個人として、嫌なものは嫌だと言える者になれました。





子は親を育てます。

かつて子供だった私も、親や兄弟たちを育てたのだと思います。

自分なりの愛の表現を許されなかったあの時代は終わりました。

あの二面性のある、重い時代を生きた大人たちのおかげで今の軽やかさがあります。

わたしは年齢的にあの時代とこれからを繋ぐ世代です。

バトンは渡せた。あとは君次第。そんな想いです。





かつての子供、すべての子供へ

感謝を捧げます。



アマメヒカリ



子育てを通して自分を愛することや個性を使っていくこと、ありのままでよいとはどういうことか、などは「比較分析ルーチンワーク」天恵ヒカリ著 を検索、Amazonにて御覧いただければと存じます。


Galaxy出版様 著者リンク

https://galaxybooks.jp/book/6443.html/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ