日々是エッセイ 【スピリチュアル、なんて。】
わたしはスピリチュアル界隈の者なので、なんとなく、日陰者の扱いを私自身が私へしているところがあります。
それぞれみなさんの世界観をお邪魔しないようにしている。といったらよいかもしれません。
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目に見えないものの存在を本当とか嘘とか、そういう議論をしようとはまったく思ってはいません。
あなたのしていることは嘘です、まぼろしです、と例えば言われることがあったとします。
そのときは、「そうなんだな」と思うだけなのです。
それぞれにしか受け取れない世界、感覚、感性を、わたしは大切にしています。
この世界は多様です。
この多層な構造、多面な構造は、それぞれの担当領域から得た情報を集めてやっとわかりはじめます。
それぞれの個性を経て得られる情報がなければ、どうやって?と思います。
どうやって新しい価値観をつくりだすのか、どうやって危機管理をしていくのか、と心底思います。
社会への適応。ここはほんとうに長いこと、多くの人達の目標でした。
どうでしょう。今度は個性を社会へ与えていくタームでは、ないでしょうか。
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目に見えないものを見えるとかあるとか、そんな事を言う者はおかしな者。近付いちゃダメwとかね。
そのようにして不可視領域を扱う者は、実に簡単に、安易に、社会から外れ者とされてきたように思います。
理解できないけど確かにあるよねというような不思議なことは、アニメや漫画、昔話、ファンタジー、宗教の分野でようやく生き残ってきたように思います。
だから、スピリチュアルやオカルトとよばれる世界の者が目に見えないことを言うのをみると、まるでフィクションで、コントロールで、絵空事で嘘で誇大妄想のように見えるでしょう。
自分の言うことを信じない者は天罰がくだる、などと言う人がいたらそれはきっと果たされなかった夢や課題へ取り組んでいる最中なので見守って差し上げて頂きたいと思います。
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目に見えないものは何も神や天使などのエネルギーの擬人化といえるものばかりではなく、人の想いもそのひとつでしょう。
人の想いは念、マインド、心、とも言えるとも思います。
想いを形にすることのプロフェッショナルの皆さんは、なんとなく経験則でわかっているでしょう。
想いをかたちにするというのは、アート、表現というのは、宇宙やクウから汲み出したアレを皆へ渡せる形へおとしていくことだということを。
そこへディセンションとかチャネリングとかリーディングなどと名付けることは、なんとなく陳腐に思えるかもしれません。
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スピリチュアルは、ださいw
うん。わかる。
何を今更あらためて横文字くっつけるのだい?という感覚に、スピリチュアル界隈の私ですらなりました。
しかしながら、その言葉たちがなければここまで来れなかった、これは紛れもない事実なのです。
実は昔からあった、やってた、見てきた。
そういうものがアニメや漫画、昔話、ファンタジー、宗教の分野でようやく生き残ってきて、オカルトやスピリチュアルを経て、やっと暮らしと日常へ帰ってきたのかも。
バトンは渡した。
あとは君次第。
こんな時かもしれないね。
アマメヒカリ




