FILE.37 復讐の完遂
*事件関係者*
・水澤佳代子(26)
北次学園社会化講師で歴史部の顧問。青野に脅迫状の件について依頼した。
・近藤久夫(47)
歴史研究家。東照宮会の会長を務める、恰幅のよいおじさん。
何かに怯えるような素振りを見せていたが、第二の事件の被害者として発見される。
・新畑実和(42)
近藤と仲のよい小柄な女性。
・山野繁頼(43)
大手塾講師。会員のなかでも創設当初からいた人物。
・滝山隆造(32)
IT企業の社員。カツオ君みたいな頭をしている。最近スマホゲームに夢中。
・宇須啓海(26)
雑誌編集者。遅刻癖が抜けない。高そうなカメラで写真を撮りまくっている。
・小川静香(39)
デザイナー。古参メンバーの一人。旅行を急遽休むことになったのだが……。
皇居で遺体となって発見された。
青野と高堂は、現場の前で二人揃って頭を抱えていた。
「日光道、東照宮、日光道、東照宮、日光道、東照宮……ああ、もうわかりません!」
「原本の方に意味があるのかと思ったんだけど……。原文は《日光道中を行く東照宮の旅》で、《日光道》と《東照宮》を抜くと《中を行くの旅》。……意味がわからない文が出来上がっちゃうし」
「考え始めてからもうすぐ10分経ちますよ? 一旦戻って聴取を始めましょう」
小山に言われ、青野と高堂は渋々現場を去る。歩きながらも、彼らの頭の中は近藤が遺したダイイングメッセージのことで一杯だった。
◇
「えー、それでは事件が起こった前後についてそれぞれお話を伺っていきたいと思います」
「じゃあ、私から話そうか」
小山の言葉に山野が歩みでる。
「まず、この宿に到着したのが13時頃のことでした。私たちは到着してからも一緒にいたのですが、近藤さんは一人で部屋に向かわれました」
「そうそう、あのときの近藤さん、凄く不機嫌そうでしたよ」
「ああ、何かに怯えているような感じだったな」
口を挟んだ宇須に、滝山が同調した。
「なるほど……。つまり、被害者の近藤さんは過去に何かをしていて、それに関して動揺させられる何かがあった……このような感じでしょうか?」
「うーん、彼が何かを仕出かしたようには思えないんですけどね」
「そうですか? 近藤さん、小川さんの死をニュースで知ってからかなり取り乱していましたよ? それに、警察という言葉にも過剰に反応していましたし……」
水澤に対して首を傾ける高堂。そこで、話を途中で切られた山野が少し眉をひそめて咳払いをする。
「まあ、近藤さんがいつもとは違う印象だったのは事実です。それで、私たちは談笑しながら各自の部屋へと戻りました。近藤さんが部屋へ行ってからだいたい10分くらいだったと思います。それからは個人行動だったので、他の人がどうだったかは判りかねますが、それまでの間は席を外した人もいませんでしたよ」
「なるほど。で、それからのあなたの行動は?」
「部屋に入ったのが13時30分前くらいで、それから一人で資料などを見ていました。あ、資料というのは、私が勤めている塾で使用するものなのですが、不備などがないか最終チェックをしていたんです。それに一時間ほどかけて、そろそろ休もうかと思ったとき、部屋の前で何やら物音がしたので、扉を開けてみるとワープロで書かれた手紙が床に置かれていました」
これがそれです、と山野は持っていた手紙を小山にわたす。
小山は部下に目配せをして、手紙を回すと、再び山野に話を促した。
「それで、内容も内容ですから、どうしたものかと悩んでいたところ、私の部屋の前をたまたま滝山君が通りかかったので、彼にこれを見せました」
「で、一応行った方がいいんじゃないかと思って近藤さんの部屋の前に行ったら、同じく手紙で呼び出されたらしい水澤と会ったから、一緒に行こうということになったんだ。たしかその時は学生三人組も水澤といたはずだった――そうだよな?」
「え、ええ」
学生三人組とはこれまた妙な名前で呼ばれたなと思いつつ、美月は曖昧な返事を返す。滝山は「だろう?」と頷いて話を続けた。
「近藤さんの部屋の前に着いた俺たちは扉を叩いたが返事がなく、山野さんがドアノブを捻ったら鍵が開いていることが分かったんで、ちょっと開けて中を窺おう――って思ったら扉が開かないらしくて。なあ」
「ええ。鍵は開いているのに、何かが扉と壁をくっつけている感覚がして、全く開かなかったんです。それで、滝山君が無理矢理こじ開けると、中に練炭みたいなものが焚かれていて、それで、そこの少年が……」
山野の視線を辿り、小山は青野を見た。
「『吸っちゃだめだ!』みたいなことを叫びましたよ。水澤先生が、異臭がする、と仰っていたので」
「ええ。その通りです。なんか妙な臭いがしたので思わずそう言ったら、青野君が吸うな! と言って部屋の中に駆け込んでいきました」
「それで、ボウズが窓の目貼りを剥がし始めたから、俺たちも慌てて部屋の中に入って手伝ったんだ。で、窓を開けて空気を確保して一段落ついたら――」
「近藤さんの遺体を発見した、というわけですよ。最初に見た時は腰を抜かすかと思いました」
「それから、僕が山野さんと滝山さんに警察と救急に連絡するように言って、美月たちには宇須さんと新畑さんを呼んでくるように頼みました」
小山の視線が、今度は美月、それから宇須の方へと忙しなく動く。
「あのー、その新畑さんというのは今どちらに?」
「それが、事件が起こってから行方不明になってしまったんです。美月ちゃんと高堂君に呼ばれて、私も一緒に探したんですけど、彼女、どこにもいなかったんですよ」
今まで静かにしていた宇須が、漸く私の番が来たというように口を開いた。
「なーるほど。つまり、彼女が事件の犯人で、行方を晦ましていると考えることもできるわけですね」
「まあ、そうなりますよね。あ、ちなみに皆さんが近藤さんの部屋に行っていた間に、私は撮った写真をじっくりと見ていましたよ。今日のうちに50枚くらい撮っちゃったんで」
「……撮りすぎだろ」
少しの間をおいて、滝山があきれた声を出した。
「あ、俺はずっと部屋でゲームをしていたぞ。こんなところに来てなんで、って思うかもしれないが、少しはまっちゃってな。それで、トイレに行こうと部屋を出たらたまたま山野さんを見つけたってわけだ。
あれ、そういえば、水澤はあの話をしなくてもいいのか? ここに来る前に送られてきた、雑誌製の奇妙な脅迫状のこと」
滝山の言葉に、水澤が「そういえば!」と叫ぶとカバンの中から例の脅迫状を取り出した。
「これなんですが……。旅行に来る前に、私のもとに送られてきたんです。それで、少し不安もあったので……」
「ああ、それで青野君が旅行についてきたんですね」
小山が1人合点したように頷く。彼の言葉に、水澤を除く会員は何のことかと訝しげな目を向ける。水澤が、仕方なさそうに説明をした。
「ああ、青野君は校内でも名の知れた名探偵でね。それで、この脅迫状を送ってきた犯人を突き止めてくれって依頼したの」
「それで、事件の時に妙に的確に指示を出していたのか」
「そういえば、何やら警視庁の警部さんとも電話をしていましたよね」
「そこの頼りなさそうな刑事さんと面識があったのもそういうことなんだ」
「……頼りないは余計ですよ、宇須啓海さん」
「本当に頼りなさそうじゃん……」と美月は心の中で秘かにつぶやく。恐らく他の人も同じように考えていただろうことは、容易に想像できた。
「では、その脅迫状とやらを拝見しますね。
…………なんですか、これ」
かなりの間を開けて、小山は呟いた。
「雑誌の切り抜きをペタペタ張って作られた、超薄気味悪い脅迫状じゃないですか! 怖すぎますよ、これ!」
「怖くなきゃ脅迫状にならないんじゃ……」
「高堂君、そんなことは分かりきったことだろう」
「そうですね。突っ込むだけ野暮でした。以後気を付けます」
脅迫状を眺め、冷や汗を流す小山を尻目に、青野と高堂はおかしなやり取りをしていた。
「じゃ、じゃあ、これは署の方で調べさせていただきますね……。では、この場所でもう少しお待ちください」
小山が去っていくのを見て、皆はどっと腰を下ろした。
「なんか、疲れる人ですね」
「だな」
「同感です」
ハンカチで額を拭きながら山野が言うと、滝山と宇須も同意した。美月や高堂も同じ感想を抱いているらしい。
「んー、なんか空気が固いな。ギターでも弾こうか? さっき旅館にあったの見て、借りてきたんだ」
「……弾けるの?」
いきなり言い出した滝山に、宇須が怪訝そうな面持ちで訊いた。
「弾けるのって、お前俺のことを馬鹿にしてんのか? これでも高校の頃、バンドを組んでたんだぜ?」
「えー、意外すぎるんだけど。証拠を見せて、って言いたくなるくらいだわ」
「証拠なら――ほれ、この写真だ」
滝山が事も無げに手帳の中から出した写真を見て、他三人の会員は目を見開いた。
「これは……」
「まさか、そんなことがあるわけ……」
「ありえない……」
「はあ? お前ら何言ってんだ? この写真まで見せたのに、まだ文句あんのかよ」
「いや、そうじゃなくてだね」
山野が持っているハンカチを握りしめながら言う。
「この写真の真ん中に写っている彼女、もしかしたら……」
「は? えーっと、確かこいつは……水澤雪江だったかな? ボーカルをやってた気がする」
「水澤……雪江……!」
宇須が息を飲む。否、彼女だけではない。山野も水澤も、青野たちまで、皆が口を閉ざして俯いていた。
「な、なんなんだよ。いきなり……」
「彼女、私のお姉ちゃんよ……。三年前に自殺したね!」
ここで、初めて滝山が目を見開いた。
「嘘、だろ……。彼女が、自殺? ありえない! あんなに明朗快活だった彼女に限って、自殺なんて!」
「残念ながら、事実なんだよ。三年前に自室で首を括ったらしい。最も、そのころ私は交通事故で病院に入院していたから、詳しいことはあまりわからないのだがね……」
山野が自分の左腕を見ながら、諭すように言った。恐らく、交通事故で怪我をしたのが左腕だったのだろう。
「ありえない……。嘘だ……。俺は信じない……」
譫言のように呟きながら、滝山はよれよれとギターを手に取った。まるで、その“事実”を忘れようとしているかのように。彼は、自分のトランクを横に倒すと、その上に腰掛け、震える手を絃に持って行った。必死に、必死に曲を紡ぎだしてゆく。その曲は――。
「別れの唄……」
それは、水澤佳代子の姉、水澤雪江がよく歌っていた、オリジナルの曲だった。
水澤は、よろめきながら高堂の腕にしがみつく。咄嗟のことに驚く高堂だったが、彼女の表情がいつもと違うのを見て、黙って曲を聴いていた。
「……あなたと別れるのは淋しいけれど、私は悔やまない。この別れは、誰かとの出会いなのだから……」
曲のサビに合わせ、静かに、静かに、歌いだす宇須。彼女は右手で左手の肘を掴むと、廊下近くの壁にもたれ掛った。
一方の山野は、ハンカチをギュッと握りしめたまま、天井を仰いでいた。
そんな彼らの反応に対して、青野と美月は何も言えずに固まっていた。美月は、決して開けてはいけない扉をこじ開けてしまったように、その場の時間だけゆっくり進んでいるような気がして仕方がなかった。
*
これで、全てが終わる――――!
あとは、見立て通りに行うだけだ。三年前、彼女を死に追い込んだ罪人を、葬り去る絶好の舞台の上で――今回の旅行の流れに見立てて殺した。
何も悔やむべきことはない。それに、まだ誰にも気づかれていない。ここで捕まってしまったら、最後の仕上げが出来なくなってしまうから、慎重に事を進めなくては。
ただ一つ、問題なのは、青野優紀だ。彼は確実に、何かに気が付いている素振りを見せている。警察なんかよりも、彼の方がよっぽど恐ろしい。あの目の奥で何を視て、考えているのかが全く想像できない。惜しむべくは、三年前に彼と出会えなかったこと――。もし会えていたならば、あいつらのことを法的に裁くことが出来たかもしれないのに。
まあ、今となっては仕方のない話だ。すでに復讐は完遂してしまった。もう後にも先にも行くことはできない。ただ、罪を背負って行くだけなのだから――――。
次回
第三の事件、ようやく発生……。
FILE.38 運ばれた溺死体
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・諏訪大社




