FILE.2 消えた文書の推測
*登場人物*
岸川信也(17)……歴史部の部長。文書を盗まれる。
金城久美(18)……歴史部の副部長。岸川に疑われる。
沢田ひとみ(16)……歴史部部員。綺麗好きらしい。
橘新大(16)……歴史部部員。岸川にあこがれる。
檜垣亘輝(15)……歴史部部員。後輩思いで優しい。
八上和隆(14)……歴史部の中学部長。今回の依頼人。
鈴木結衣(14)……歴史部の部員。冴木と高堂のお説教役。
冴木貴之(13)……歴史部部員。ものすごく毒舌。
高堂達志(12)……歴史部部員。冴木と犬猿の仲。
水澤佳代子(26)……北次学園社会科教師。歴史部の顧問を務める若手の先生。
「ないのよ……。岸川君の文書が……。大きな封筒を残して全てね!」
「な、なんだと……」
岸川が驚きのあまり絶句している。
八上は気を失いそうになった。
「おい、八上。お前ホントに顔色やばいぞ」
檜垣が「お前何か知ってるんじゃないのか?」というような顔でまじまじと見つめてくる。いや、少なくとも八上にとってはそう見えただけで、実際に彼がそのようなことを考えていたわけではない。しかし、豆腐メンタルであるということを自他ともに認めている彼はそれだけで倒れてしまいそうだった。
「い、いえ。ほ、本当に、だ、大丈夫です」
「そうか。無理するなよ」
先輩として心配してくれるのはいいけど今はやめてほしいと切に願う八上。そんな彼を尻目に、岸川は彼の部下(?)たちに向かって怒鳴っていた。
「おい、どーすんだよ! 俺はあの一部しか持っていないんだぞ! 盗まれないようにUSBからはファイルを削除してあるし、家のパソコンにも入れていない。あの一部が提出用だったんだ! 提出日は明日、今から書くなんてできっこない。二連覇がかかっていたのに……」
「と、とりあえず、探しに行きましょう。金城先輩が見落としているのかもしれませんし」
檜垣は岸川の剣幕に押されて、苦い笑顔を浮かべながらなだめるように言った。
「そ、そうだな。高校生は部室に探しに行くぞ。中学生はここで待っててくれ」
岸川は少し落ち着いたのか静かにそう言うと、立ち上がった。彼に続くようにして、高校生たちが部室へと小走りでかけて行った。
「無くなったって……さっき僕が見つけた文書ですか?」
呆然としている八上のもとへ高堂が来る。
「う、うん。まさかこんなことになるなんてね……」
八上はたった数分でげっそりと痩せ細ったように見えた。
「僕たちも行かなくていいんでしょうか」
高堂がきいた。
「え、でも、高校生だけだって言われたし……」
「でもあの時まであったってこと言わなくていいんですか?」
「そ、それは……」
八上は少々戸惑った様子だった。だが、少し間をおくと、意を決したように、
「そうだね。先輩たちにも言っておかないとだめだね」
と言って立ち上がった。
「僕も行きましょうか?」
高堂が尋ねたが、八上は首をふって「いや、いいよ」と答えた。
「そうですか。じゃあぼくは待ってますね」
高堂はいつもと違って素直にうなずいた。
「高堂にしては素直だな」
冴木は意地悪な笑みを浮かべた。
「なんだと!」
「二人とも、こんな時に喧嘩をしないでよ」
八上は優しくなだめるように言うと、ミーティングルームを出て行った。
*
「くそっ! どこにも無いじゃないか!」
岸川は再び怒鳴りだした。
「おい、金城! お前が盗ったんじゃないのか!?」
「ち、違うわよ!」
金城は冷や汗をかきながら訴える。
「でも、昨日まではあったんだぞ。それから今までに誰かが盗って行ったっていうことなんじゃないのか? そしてその間に部室に来たのは中学生たちとお前しかいないだろ!」
「でも、もしかしたら中学生が……」
橘がたじろぎながら言う。
「じゃあ八上君を呼んで来よう。ね、そうしましょう。先輩」
沢田がなだめるように提案した。
「じゃあ檜垣、呼んで来い」
「え、俺ですか」
檜垣はいきなり名指しされて驚いたようだった。
「そうだ、早く行って来い!」
「は、はい!」
檜垣は苦い顔をして扉を開ける。と、そこにちょうど八上がやってきて鉢合わせになった。
「うわあ!」
檜垣は腰を抜かしてそのまま床に尻餅をつく。
「え、あ、すみません」
八上は状況が上手く飲み込めないままぺこぺこと謝った。
岸川はそんな彼らを無視し、
「で、お前にさっき部室であったことを聞きたいんだが」
「あ、ちょうど僕もそれについて話に来たところで」
「おい、まさかその間に何かあったのか」
岸川は身を乗り出した。
「いえ、特に何かあったとか、そういうことじゃないんですけど、ひょんなことからあの封筒の中を見たんですが、その時まではちゃんとあったんです」
「なんだと!? それはいつなんだ」
“ひょんなこと”の内容を聞かれなくて、八上はほっとした表情で質問に答えた。
「ええっと、帰ってくる少し前だから……。五時くらいだと思います」
岸川は少し考えてから、
「てことは、それから盗めたのはやっぱり取りに来た金城だけなんじゃないのか?」
「うっ。で、でも……」
金城は必死に反論しようと思考をめぐらせた。
「あ、そ、そうよ! 私が取りに行ったのは偶然でしょう? 岸川君、あなたに言われなければ取りに行かなかったわよ!」
「え、うっ」
岸川は思わぬ穴を突かれて怯んだようだった。
「と、とにかく、水澤先生に相談しよう。何か解決策を見出してくれるかもしれない」
*
「そんなことを言われてもねえ……。私もまだ若手の教師だし……。何かアドバイスと言ってもねえ……」
水澤先生――本名は水澤佳代子で北次学園の社会科教師――は難しい顔をした。
「でも、提出は明日なんです。何とかならないでしょうか」
「ううん。もう少し探して、無かったら諦めるしかないわね……」
「そんな……。これが卒業制作だと思って頑張ってきたのに……。去年からの二連覇がかかっていたのに……」
岸川はがっくりとうなだれた。
◇
「それで、昨日もそれから探したのですが、結局見つからずじまいで、盗んだ犯人も分からないんです」
「なるほど。なかなか面白い話でしたよ」
青野は頬杖を解くと、軽く瞬きをした。
「それで……。今日までに郵送しないと期限までに提出できないんです」
「なるほど。タイムリミットは今日中ということですか」
美月の脳裏に“タイムリミット”という言葉がフラッシュバックした。
――つまり、タイムリミットまでに見つけ出せばいいんだね?
――泣かなくて大丈夫、僕が必ず見つけ出せるから
――僕は青野優紀、探偵さ
美月が過ぎた遠い日の――誰も知らない――出来事に思いを馳せている間にも、青野の推理は続いていた。
「それじゃあ、質問させていただきます。まず、最初に高堂君が一人で部室にいた時がありますよね?」
「ええ」
「それは具体的にどれくらいでしょう」
「さっきの話にもありました通り、ほんの五秒ほどですよ」
青野はなるほどと頷く。
「じゃあ、問題の文書はどれくらいの量なんでしょうか」
八上は少し考えると、
「目測ですが、A4の紙で100枚弱だったと思います」
「ほお、結構書いたんですねえ。その部長さん」
「ええ。今回は高校生活最後の研究なのでかなり力を入れていました」
「では念のため伺いますが、部室は隈なく探していましたよね? 探せていないところがあるとかないですか?」
「多分ありませんね。沢田さんが綺麗好きなので、いつも片付いています。まあ、結構資料とかは散乱しちゃうんですけど。そのせいで高堂君と冴木君が喧嘩する羽目になりましたし」
「うらやまし」
苦笑いする八上の前で、美月がボソッとつぶやいた。もちろん、羨ましいのは喧嘩云々の件ではなく、部室が片付いているということだ。誰かと違ってみんな協力的なんだ――美月はそう思うとため息をついた。
一方の八上と青野はきょとんとしていたが、とりあえず話を進めることにした。
「では、あなたが文書を確認した時のことを教えていただけますか?」
「はい。高堂君から封筒をもらった後、封筒から文書の上のところを少し出して中を確認しました」
「それは、こんな感じですか?」
青野は手元にあった小さな封筒に紙を折りたたんで入れると、そこから上の部分を少し出してみた。
「ああ、そんな感じです。で、確認した後に元あった場所に戻しました」
「ほほう、そうですか」
青野は少し目を閉じて考えるふうにした。
「それでは、歴史部の部室にお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
「ええっと、構いませんが……。勝手に部外の人を部室に入れると先輩に怒られますので、気を付けてお願いします」
「わかりました。では、行きましょう」
青野に促されて八上、美月、東谷は小説部の部室を出た。
「ここが歴史部の部室です」
八上は扉を指差した。小説部の部室の3つ隣に歴史部の部室がある。
「じゃあ、僕は鍵を取ってきますから、ここで少し待っていてください」
八上はそう言うと、足早にかけて行った。
「ねえ、青野君、今回の事件、どう思う?」
美月は聞いてみた。
「どうって……。密室からの文書の消失だとか言ってほしいのか?」
「え、違うの? だって鍵がかかっていて、誰も入れない中から文書だけが盗まれたんだよ?」
「文書だけ、か……」
「何か引っかかっているみたいね」
今まで黙っていた東谷が口を開いた。
「犯人はどうして文書しか盗まなかったんだろう? 封筒ごと盗んだ方がはるかに効率がいいのにそれをしなかった。いや、犯人はそれができなかったのかもしれない」
青野はどんどん自分の世界に引き込まれていく。
「できなかった、って?」
「封筒を持ち出すと困ることがあったんじゃないかな? まあ、それも中で調べてみないと分からないけどね。そろそろ八上君が来るころじゃないかな? 鍵はおそらく職員室にあるだろうからね」
「はあ、はあ、お待たせしました」
八上は階段を駆け上がると肩を上下にさせた。その様子からも、よほど急いでいたのだろうということの見当がつく。
八上は鍵を開けると、扉をおさえて中へと促した。
「お邪魔します」
美月は控えめに言って中に入ると、驚きのあまり目を瞠ってしまった。
部室にあるものが全て綺麗に整っていて、コンパクトにまとまっている。
入口ののすぐ右隣から向こう側の窓まで本棚があり、難しそうな本がずらりと並んでいる。そして、部屋の真ん中には大きな机が置かれていて、そこにもいくらか本が積まれていた。
部屋の端にはこれまた大きなホワイトボードがあり、いろいろと書き込みがなされていた。
入口の左隣にはプリンターが置かれており、近くには印刷用の紙が200枚ほど、紙袋に入っている。
青野は机を軸にくるりと室内を回ると、本棚の前で立ち止まった。
「これが、問題の封筒ですか?」
青野は中段あたりから封筒を引っ張り出すと、八上に見せた。
「ええ。そうです」
八上は頷くと、
「それと同じような封筒はこの部室にたくさん置いてあります」
よく見ると本棚の一角が物置になっていて、文房具や資料などにわかれて整理されている。
「なるほど……。うちの部室もこうすれば片付くのか……」
美月は本棚をじーっと見つめ、いつの間にか持っていたメモ帳に書き込みをしていた。そんな美月をよそに、青野は八上からもらった封筒を触っている。
「かなり厚い封筒ですね」
「ええ。折っても結構かさばりますよ」
青野は少し考えてから、
「ありがとうございます。ところで、今日は歴史部の方々はまだいらっしゃいますかね?」
「ええ、今日も部活があるので。あ、そろそろ先輩方が来るかもしれません」
八上は最後の言葉を思い出したように言うと、「これで部室の方の検証は大丈夫ですか?」ときいた。
「ええ。もう大丈夫です。で、最後にもう一つ聞きたいことがあるのですが」
「なんでしょう?」
八上は扉をあけながら返答した。
「歴史部の部活が終了するのはどれくらいになるでしょうか?」
「いつもは五時半くらいに終わりますが、今日は最後にもう一度探さないといけないと思いますので、四時半には終わるのではないかと」
「わかりました。では、これで一旦私たちは下がらせていただきます。遅くとも今日の五時くらいにはお渡しできると思いますので、お手数ですが私どもの部室へ来ていただけますでしょうか?」
青野は妙に丁寧な言い回しで八上に言った。
「え……」
八上は一瞬言葉を失ったが、すぐに青野の言ったことの意味を理解すると、驚いた顔をする。
「本当に、本当に取り戻していただけるんですか!?」
「ええ、お任せください。それで……。少しお願いがあるのですが……」
*
「はあ、歴史部の部室、綺麗だったなあ」
美月は部室に戻るなり、わざとらしく大きな声で言った。
「あ、そう」
青野はどうでもいいという口調で返す。
「はあ、歴史部の沢田さんに私、弟子入りしたいわ……」
「いなくなってせいせいするよ」
冗談とも本気とも似つかない声色で青野は言った。
「ところで、本当に取り戻せるの?」
話を転換しようとしたのか、美月は不安げな表情で青野に尋ねた。
「取り戻せるかは分からないけど、犯人も、その人がどうやって文書を持ちさったかもわかったよ」
「ええー!」
美月は信じられないというように首をふる。
「東谷先生は? 先生はわかりましたか?」
「ええ。もちろん」
さっきまで黙っていた東谷もすべてを見透かしたような目をしている。
「てことは……私だけおいて行かれているってこと!?」
「だね」
青野はあっさりと受け流した。
「まあ、まだ確証も何もないけど、多分あの人はまだ問題のものを持っているはずだよ」
「ええ、全然わからないよぉ」
美月はあきらめた表情で嘆いている。
「まあ、そのうちわかるさ。それに、本当の勝負はまだまだこれからだよ」
美月には、最後の言葉の意味がまだわからなかった。
次回予告
CASE1完結!
FILE.3 消えた文書の理由
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