FILE.10 お嬢様と真相〔解決編〕
事件関係者
・如月碧(きさらぎ-あおい)
お嬢様で美月の友人。今回のパーティーの企画者。15歳。応接室で何者かに襲われる。
・志津野庸二(しつの-ようじ)
碧の執事。62歳。
・金山佑子(かねやま-ゆうこ)
カネヤマ金庫の社長。3年前に娘を亡くしている。38歳。
・木平伝三(きひら-でんぞう)
七川電機の副社長。53歳。
・名鋤乙信(なすき-おとのぶ)
碧の父の友人。45歳。碧の部屋で撲殺された。
「おいおい、またこんなところに集めて一体何をするんだ?」
木平が不機嫌そうに呟いた。
「さあ? でも、碧ちゃん、命に別状がなくて良かったわね」
金山が車イスに乗っている碧に向かって微笑んだ。
「ええ。何があったかよくわかりませんが」
碧はまだ記憶が戻っていないようである。
「はあ。それにしても、青野くんは何を考えているのかしら」
美月が呟いた。
「刑事さん、何があるんですか?」
志津野が不思議そうにたずねた。
「それは……あの……」
浦津は青野から「真犯人がわかった」としか伝えられていないのである。
「それは……」
風美がいいかけたが、青野に制された。
「さて、全員揃いましたか」
皆の視線が青野に集まった。
「では、始めましょう。この館で起こった事件の謎解きをね」
◇
青野の声を聞いて、皆の態度が一気に変わった。
青野がそれに気づいたのかはわからないが、特に気にする風もなく、話続ける。
「今回の事件で不可解だった点は、やはり密室でしょう。密室のお陰で私たちは事件の核心に迫りにくくなっていました」
実際に迫ったのは青野だけなのだが。
「それで、まずは現場に行ってみたいと思います。皆さん、行きましょうか」
青野は皆を追いたてるようにして食堂を出た。
*
「では、まず事件を整理してみましょう」
青野は一人一人の顔を見つめた。
「まず、名鋤さんはここに仰向けで倒れていました。死因は後頭部を強く打たれたことのようで、大きな傷が1つついていました」
「で、それがどうしたんだよ!」
木平が不機嫌な振る舞いを続けているが、先程よりも威厳がなくなった感じである。
「まあまあ、まだ話は終わっていませんよ」
青野がたしなめたが、逆効果なのは目に見えている。
青野は構わず、
「で、私は何故わざわざ碧さんの部屋を現場に使ったのか疑問に思いました。だって、碧さんが帰ってくるかもしれないし、鍵を手に入れるのにも苦労する。だいいちどうやって名鋤さんを碧さんの部屋に連れてくるのか……。まあ、この疑問は後で解消するからいいとして、密室の方へ移りましょう。私はこの部屋を使った理由をトリックのためと考えました」
話続けて唇が乾いたのか、ペロリとなめて、また話を続けた。
「で、どうやって鍵を手の上にのせたかについてですが、この部屋には小窓があります」
「もしかして、小窓から投げたとか?」
美月が口を挟む。
だが、青野はきっぱりと首をふって、
「それはないね。いくら上手に投げてもあんなに正確に手の上に置くことなんてできない。それよりも、この部屋の位置と小窓を考えれば直ぐにわかるんじゃないかな?」
「ええっと、この部屋は一階のはじっこにあって、それから……ううん、わからないなあ」
美月は頭をひねっている。
「はあ、窓の外には何がある?」
「え? 庭があって……でも、それって普通なんじゃ?」
すると、風美が、
「もしかして、小窓から糸かなんかを通して手まで運んだんじゃない?」
「あたり」
青野はさすが先輩、という目をした。
「でも、糸を手に結んでおかないと鍵はちゃんと乗らないはずよね? なのに現場に糸は残ってないわ」
金山が質問をする。
「それなら、指輪を使ったんですよ」
「指輪?」と浦津が首を傾げる。
「ええ。先程僕に言っていましたよね。『指輪が血に濡れていなかった、これは宝石が逆さまになっていたからだ』と。名鋤さんの指輪は本当は手の甲を向いていなくてはいけないんです。なのに、手のひら側にあるということは、犯人が移した証拠でしょ? それに、食堂にいたときは指輪を親指につけていたのに遺体となって発見されたときは人指し指にしていましたね。これも移しかえた証拠ですよ。親指に糸を通すと、上手くいきませんからね」
浦津はなるほど、と声をあげ、
「では犯人は指輪に糸を通して鍵をかけ、鍵を糸つたいに手まで運んだってことなんだね」
「その通り。ちょっとやってみましょうか」
青野は遺体があった場所にブルーシートを敷いた。
「では、浦津警部、こに仰向けに横たわってください」
「え、僕?」浦津は指名されて驚いたようだ。だが、素直にブルーシートの上に横たわった。
「で、この指輪をはめていただいて……。ここに糸を通し……。よいしょっと。これでいいですね。では、僕は外から鍵を運びたいと思います」
青野は糸を小窓の外に出すと、部屋を駆け足で出ていった。
「はい、ぐるりとまわってここまで来ました。これから僕の家の鍵を浦津さんの手に乗せますね」
「え、ええ」
名前を呼ばれた浦津は頷いたが、他の人はただただ黙って見つめるだけだった。
「ここに鍵を通して、それからするするっと……あれ?」
青野の手が止まる。鍵がもう少しで手に乗るというときに、鍵の動きが鈍ったのだ。
「あれ、あれ、上手くいかないなぁ……」
「おそらく、手に届く前に鍵が落ちる勢いが落ちたのね」
風美が冷静に判断する。
「くそっ、上手く行くと思ったのになぁ……」
「ははっ、偉そうにくっちゃべってたが、全て机上の空論だったってことか」
嘆く青野に向かって木平が笑いながら罵った。
「くそっ、もうちょっと勢いがあればなー、あーそーだ、あれを使えばいい」
青野が飽きてきたのか、棒読みで述べる。
「え、もしかしてわからないのは演技だったり? それだったらそうとう下手だよね」
美月がツッコミを入れた。
「うるさい。とりあえず、今のトリックだと不十分であるということがわかりましたね。では犯人はどうやったのか。そこで僕は考えたわけです。鍵を落とすんじゃなくて、引っ張るんだと」
「引っ張る!?」
黙っていた浦津が妙な声をあげる。
「ええ。糸をラジコンカーの後ろにつけ、扉に向けて発進させるんですよ。そうすると、こちら側から落とす力と相乗して、鍵が上手く手に乗ってくれます」
「でも、中にラジコンカーが残るんじゃ……」
志津野が声をあげる。青野は簡単なことだと言わんばかりに微笑んで口を開いた。
「残りませんよ。扉には――猫用の出入り口があるんですから」
「そうか! その大きさならゆうに通ることができるんだ!」
浦津が大きな声を出した。
「ラジコンカーがちょうど玄関のショーケースに並べてありましたからね。誰にでも使うことはできるでしょう」
「なるほど。直ぐにラジコンカーを調べてこい!」
「はい!」
浦津は部下の刑事に指示を出した。
青野は彼が調べに部屋を出るのを見届けると、また口を開いた。
「しかし、このトリックのことを僕が考えたとき、ある“違和感”が生まれました」
「違和感?」
皆が不思議そうな目をした。
「ええ。だってよく考えてください。金山さんは庭に出ていたんですよ。そんなところで人を殺し、トリックを実行なんてしますか?」
「確かに。普通はしないな」
浦津が妙に頷いていった。
「しかし、志津野さんはアリバイがあり、木平さんは金山さんが庭にいることを知っていた。つまり、普通は犯行なんてしないでしょう」
「ってことは、犯人は金山さんで、他の人を寄せ付けないためにあんなことを言ったのか?」
「いいえ。だって、金山さんは庭に出たあと自室に籠っています。普通なら、少しでもアリバイを稼ぐために僕らがいる食堂に戻るでしょう」
「でも、そしたら犯人は誰になるんだい。もう誰もいないよ。」
「いや、まだ一人いますよ。金山さんが庭にいると知らず、また先程私がいった疑問――具体的に言えば、なぜ碧さんの部屋で事件が起こったのか、という疑問ですが――も解消される人物が」
「それって、まさか」
美月が青ざめる。小窓の外から、青野がその人物をしっかりと見据えた。
「ええ。如月碧さん、あなたが名鋤さんを殺した真犯人ですよね! 」
*
黙っていた碧が少し俯く。青野は反論を待っているようだったが、意外にも最初に反論したのは美月だった。
「何言ってんのよ! 碧はスタンガンで襲われたのよ! なんでそんなことをする必要があるのよ!」
「それはもちろん、皆に“被害者”という意識を植え付けて自分を容疑者から外すためさ」
「でも、現場にスタンガンなんて落ちていなかったわよ!」
青野はため息をついてから、
「君は小説部だよなあ。シャーロック・ホームズの事件簿って本が部室に置いてあるはずだけど。あのトリックはかなり有名だけど……あ、知らない? 知らないならいいや。で、肝心のトリックの説明だけど、スタンガンに紐で重りをくくりつけて、スタンガンで自分を打ち、手を離せば重りの重さでスタンガンが落ちるって寸法だよ。こうすれば他の人に打たれたかのように見えるって訳。これを窓のすれすれで行えば下の池に落ちて何もなかったかのように見える」
「でも、でも、でも……」
美月が必死に反論しようとするが、思い付かないようだ。親友を庇いたいという真意が見えるが青野は全く気づかない。
「だけど、このトリックを使ったお陰で現場には不可解な物が残ってしまった」
「それはなんです?」
浦津が手帳を取りながら質問をした。
「ほら、先程あなたと応接室に行ったときあなたは窓に頭を向けて倒れましたよね。しかし、碧さんは窓に足を向けていた。おかしいと思いませんか? もし、犯人を見てしまい、襲われたのなら、逃げるために犯人に背を向けるはずですので、頭を窓に向けたり、窓にもたれ掛かる形で見つかるはずですよ。それなのに、彼女は頭を扉に向けて倒れていた」
「なるほど。それで先程私が倒れた向きについて質問してきたんだね」
浦津が感服したように言った。
「でも、碧は記憶喪失で……」
「そんなの演技だろ。でないと犯人について質問されたときに困るでしょ」
「でも……」
反論をしようとする美月を制し、今まで黙っていた碧が口を開いた。
「そこまでいうのなら、私がやったという証拠でもあるの?」
推理ものにおいて、この台詞は犯人の自白のようなものである。青野は口元に笑みを含み、窓の外から何やらこちらへ見せてきた。
「これこれ」
青野が取り出したのは紐のついたスタンガンである。その先には重りがついていた。
それを見た碧は、ぎゅっと唇を噛む。
「先程いった推理が正しければ、これがなくてはいけませんよね。ここからあなたの指紋が出れば、動かぬ証拠となります。それに……」
青野がいいかけたとき、浦津の部下がやって来た。
「警部、玄関の近くにあったショーケースに置いてあるラジコンカーの1つから血液反応が出ました」
「な、なんだって?」
浦津が驚いたような声を出す。
「そう。現場は被害者の手の前まで血が流れていた。だから、そこを走らせたラジコンカーのタイヤには必ず血痕がついているはずです。少なくとも、先程私が言った密室トリックが使われていたことには、間違いないですよね」
「でも……」
美月が声を発する。
「もういいわ。美月」
「え?」
「あたしの負けね、探偵さん。そうよ。私がやったの。私が、私があの醜い悪魔の命を絶ってやったのよ!」
「そんな……」
美月の目が絶望の色へと変わった。
「動機は、金山亜利砂さんのことでしょうか?」
「あら、何もかも見透かされているのね」
碧は驚いたというような顔をした。
「亜利砂さんは、警察は自殺としたが、あなたはそうは思わなかったんですよね」
碧は頷いた。
「吉川線が無かったんでしょう?」
風美がきいた。
「ええ。しかし、メールを打ちながら送信した場合は? 自分の命を捨て、親友にその後を託すためにね」
「それじゃあ……」
金山が口を抑えた。
「そうよ! 私の親友の亜利砂はあの醜い悪魔に殺されたのよ! あの意味深なメールは私に当てたダイイング・メッセージだったのよ!」
「きずなを入れ替えればなずきになるだろ」
「そういうことか!」
木平も驚いたように声をあげた。
「でも、なぜ名鋤さんは亜利砂さんを?」
志津野がたずねる。
「さあ。あの男が亜利砂にストーカーでもしたんじゃないかしら? 受け入れられなくてかっとなって殺したってところなんじゃない」
「そんな……」
美月が信じられないというような顔をして、碧を見た。そんな美月に、碧は話しかけた。
「もう、戻れないのよ。あの頃には。ここにいるのは如月碧なんかじゃない。あいつと同じ、醜い悪魔なのよ……」
碧はそう言って、浦津につれられて行った。
「戻れない、か」
美月は、繰り返した。その目からは、涙が一筋、また一筋とつたっていた。
◇
小林美月は部室にいた。彼女の隣では青野と久田が喋っている。
「で、木平さんと名鋤さんの話というのは木平さんが会社のお金を横領しているのを名鋤さんが掴んだ、ということらしいですよ。名鋤さんの自宅から色々なものが見つかっているそうです」
「それで、あんなに怒鳴り散らしていたのね。優しそうな人だったのに、人間、見かけだけではわからないって事なのね」
「見かけ、か」
まるで夢の中のことのように美月が呟いた。
「落ち込んでいるの? まあ、そうでしょうね。親友があんなことをしたら、私だってこんな風になっていると思うもの」
風美が同情する。それから青野にも同意してもらおうと呼び掛けたが……。
「ねえ、青野く……何やってんの?」
青野は、本棚から一冊の本を取り出した。
「これ。ソア橋って話が乗ってるよ。まだ読んでないんでしょ?」
「あ、ありがとう」
青野によって、美月は現実に引き戻された。
「じゃ、今日はこれを読んで帰ろうかな。雨が降ってきたみたいだし」
窓に、雨が一筋、また一筋とつたっていった。
次回予告
青野の旧友から届いた手紙――
どこか怪しい科学部――
そして起こる殺人事件――
探偵青野優紀の事件簿シリーズ初の長編開幕!
CASE4 小南学園文化祭事件
File.11 旧友からの依頼
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