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陛下のご機嫌な日

 

 軽やかな音楽が流れる王宮の大広間へ、私は騎士達や女官達に囲まれ進んでいく。

 大広間への扉が開き、奏でられていた音楽が止み、私の入場が高らかに宣言される。広間の人々の視線を一身に集め、私は一人、眼下に広がるフロアへと階段をゆっくり降りていった。

 最初は驚いたこの大層な儀式にも、何度も繰り返されればすっかり慣れてしまい、今では寄せられる視線など全く気にならない。私は案外図太い神経をしているらしい。


 いつもと同じように手を私の方へと差し出し、無表情な陛下が階段下で待っている。

 私はその手に自分の手を重ねると、そのまま足を止めず陛下の側へと寄りそった。

 少し、ほんの少しだけ陛下が驚いている。誰にもわからなかっただろうけど、視線を交わし合っていれば、その反応を知るのは容易い。


 ふふふん。

 私は得意気に陛下を見つめ返した。

 なぜ陛下が驚いたのかといえば、今までの私なら陛下の手に手をのせはしても、距離をとっていたからだ。通常、女性は相手の腕の長さ以上の距離をおいた位置に立ち、その唇を手に受けるのを待つ。その手を引くも預けたままにするのも女性の気持ち次第である。

 私はもちろん、いつも手を引いていた。相手を気に入った場合は、男性の手に手をのせたまま男性に任せましょう、とマナーの先生には教えられたけれど。

 男性に任せるってことは、そのまま待てってことで。視線を集めた中でそんなに悠長な気分にはなれなかった。黙って待つ……苦手かも。


 しかし、今夜の私は違う。

 なぜなら、ダンスしましょうよ状態だったから。ジェイナスと練習を重ね、腕をあげた私。

 はっきり言おう。踊りたいのだよ、私はっ!

 練習みたいに汗だくになるんじゃなくて、こう、音楽にのせて優雅に踊ってみたい。

 踊れないから今までは見てるだけだったけど、楽しそうだなと密かに思ってた。ひらひらとフロアに舞う男女。漫画とかアニメとかでしかお目にかかれない優雅な世界が目の前にあるのだから、参加してみたいと思うでしょう? 何せ衣装もばっちりなのだから。自分の和風テイストな風貌に似合っているかどうかは追及しない。見るのは他人で私じゃないから。

 ちなみに私は盆踊りも大好き。何も考えず音楽に合わせて音頭を取るのはとっても楽しい。盆踊りとはかなり違うけど、踊りは踊り。さぁ、かかってきなさい!


 というわけで、今日の私は陛下におねだりモード。

 マナーに従って男性に任せるなんてせず、すちゃっと陛下の隣に立ったのはそのため。そして、私は陛下へにこにこと笑顔で訴える。

 踊りましょっ、ねっ。

 目で、睫毛ぱちぱちで、頬で、上に引きあげた口元で、顔全体を使って陛下に訴えてみせる。

 陛下は私から視線を泳がせた。私の腰に腕を回し、陛下はそばに立っている宰相に声をかけた。


「しばらく外す」


 そう言うと、陛下は私の腰を抱えるようにして歩かせ、そそくさとバルコニーへと向う。私は爪先立ちというか、かろうじて爪先が床についているという状態でバルコニーへと移動することになった。あれよあれよという間に人々から遠ざけられていく。

 なぜ? 私の頭は混乱しながらも、月面歩行かというほどに体重を陛下が支えた状態で異様に軽い足取りで歩いていた。

 背後では人々のざわめく声が耳に届く。その話す内容までは聞き取れないけれど、誰もが驚いているようだ。私だけではなく。


 外国からいらした方のおもてなしパーティだけど、彼等と国内の貴族達を集めたパーティも二回目だから形式ばったことはしない。

 とはいえ、音楽も途切れたまま、パーティ再開の指示もせず私を連れて外に出るってどういうこと? また、とんでもない失敗をした?

 私は速攻退場させられる理由を考える。

 自分の広間に降りるまでを振り返ってみたけど、普通だったとしか思えない。

 うーん、と私が唸っているうちに、陛下はバルコニーを越え庭園へと降りていく。何処まで行くのか。庭園のあちこちに明りが灯されているとはいえ、今夜は月が雲に隠れているため非常に暗い。だいたい、明り一つで照らされる範囲は非常に狭く、そこに通路があることを示すにとどまる。という訳で、闇に向かって歩いている今、私の視界は真っ暗に等しい。


 強制退場かぁ。

 闇の中、私はぼんやりと考える。すでに陛下は私を小脇に抱えて歩く必要もなくなっているし。他にすることもないから。

 陛下は何をそんなに急いでいるのか。

 ダンスができると張り切っていただけに、この退場は寂しかった。

 私は横目で遠ざかるフロアの明かりをぼんやり見つめていた。

 が、急に身体は反転させられ、陛下の胸が目の前に。次の瞬間には、問答無用で唇を塞がれた。


 ん?

 視界は既に闇だけれど、反射的に瞼を閉じれば、私は全神経で陛下を感じることになった。

 私に降りてきたやや八つ当たり気味な唇は私の息を強引に奪い、陛下の腕は私の身体を折れそうなほど締め付ける。戸惑っている私を執拗に追いたてようというのか舌を絡め口内をくすぐられる。嫌がる私を宥めたり煽ったりと陛下は忙しい。沈黙の中、息遣いだけが私達の間を行き来する。

 最初は陛下だけが熱くなっている感じだったけど、次第に私も身体が熱くなってくる。これも慣れなのか、陛下は最近上手に粘り強く私を誘導してしまう。しつこいとも言う。


「へ、っか」


 私は何とか合間に問いかけようとするけど、その度に言葉は奪われ反論を許されない。

 息苦しくて。目尻から滲んだ涙が伝い落ちた。


「ナファフィステア? 泣いているのか?」


 私の涙に気付いた陛下は、唇でその涙を拭う。

 ヒック。

 答えようとした私の口から間抜けな音が漏れてしまった。

 陛下は腕を緩め、私を胸に持たれさせるように腕に抱えあげた。そうされることで、首を上に反らし窮屈だった姿勢から解放されると同時に陛下の顔が近くなる。

 だが、この暗闇では近くてもその表情を見ることはできない。

 ック。

 私は口を噤み、しゃっくりを抑えるようとするけど、そう思い通りにはならない。


「ナファフィステア?」


 音より息の方が多いだろうというほど僅かな声を私の耳に送り込んできて。

 私は思わず首をすくめる。ぞくっとするそれに、しゃっくりも止まり。

 その反応は、陛下にもわかったのだろう。私の背中をなだめるようにゆるく撫で、耳元に唇を寄せ私を促す。

 こういうのは、ズルい。

 いつも陛下は口に出すのを惜しむから、言葉にするのは私ばかり。

 私は唇を尖らせて膨れてみせる。見えないだろうけど。

 だが、陛下は鼻息で笑い、尖らせた私の唇に軽くキスを落とした。

 ううーっ、ずるい。ずるいっ。

 ずるいと思う。


「どうして外に出るの? 私、何か変なことした?」


 私は膨れた顔のまま陛下に尋ねた。

 私の頬を陛下の手が撫でる。そうしている間に、雲からわずかに顔を覗かせた月の明かりが陛下の顔を照らした。

 陛下は珍しく穏やかな顔をしており、青い瞳は見えないけど、嬉しそうで。


「お前があまりに愛らしかったからだ」


 そう静かな声で陛下が告げたけれど。その言葉は私の理解の範疇になかった。

 愛らしい?

 ふんっ、と鼻で嗤ってしまう。

 それで外へ出た、と?

 陛下の言葉をよくよーく考えれば、結局、陛下は突然、そ・お・い・う気分になっただけだとの結論に達っする。

 がくーっ。勘弁してよね。

 陛下は私の頬を撫でながら見つめてくる。けど、そういうことなら。私は忙しく考えを働かせた。


「ね、陛下」


 私は陛下の肩に腕をまわし、首を傾げて斜めに見上げる。


「どうした?」


 陛下の声は非常に機嫌がいい。これなら、いける!

 私はにっこり笑顔で陛下にお願いした。


「広間に戻って踊ろう?」


 その言葉に陛下は沈黙を返す。私の顔をじっと見つめたまま。


「ね?」


 私はなおも陛下を見つめて懇願の眼差しを送る。


「踊れるように、なったのだったな」


 陛下は目を細めて私を見つめ返す。満足そうな顔に、私の期待は膨らんだ。

 陛下の親指が私の唇をかすめる。


「陛下?」


 私の言葉を陛下は飲み込んでしまい、再び長いキスがはじまった。


 陛下はどうしてもダンスをしたくない。部屋へ帰りたいと思っている。

 けれど私はどうしてもダンスをしたい。まだ部屋へは下がりたくない。


 私の息が上がるまで続け、途切れた合間に私がダンスをせがみ、再びキス。

 幾度も攻防が繰り返され。


 何度目かの後、ようやく私の願いをききいれた陛下は私を腕から降ろした。

 内心ガッツポーズ!

 勝った!

 私は酸素不足で息も上がったままだったけど、ふらつく足で広間へと陛下を急かした。


「早く早くっ」


 陛下と私が広間に戻ると、一斉に視線を浴びる。しかし、そんなことに構っている場合ではない。

 広間では何組もの男女が踊っていて、奏でられる音楽は最高潮に盛り上がり、すでに楽曲の後半部にさしかかっている。早く参加しないと曲が終わってしまう。


「陛下っ」


 私は陛下の腕をがっしり両手でとらえて見上げると、陛下はいつもの無表情に近い顔にもどっていた。

 だが、仕方ないなとでもいいた気な様子で、陛下は私が引っ張る腕に従って広間で踊っている男女の中に歩みを進める。

 当然、近くの男女は驚いたように私の周辺から距離をとって離れていく。ささっと踊る人々が私の前方から移動していった。おかげで、簡単に空間ができた。


 私は足を止めて陛下の正面に立つと、陛下が私の腕を取りゆっくりと私を踊らせはじめた。私の腰を持ちふわりと浮かせるようにするものだから、私は再び月面歩行状態。

 音楽に合わせてステップを跳ぶように踏むそれは、習ったダンスとはかなり違うものだった。

 はじめてのダンスで、ふわふわとっても楽しいものだったけれど。


「陛下、こんなに密着して踊っている人いないんじゃない?」


 私は頭にうかんだ疑問を陛下に尋ねたけど、口端を上げるだけで無言が返された。

 だから?、ということなのだろう。

 訝しくは思ったけれど、今は踊ることを優先する。


 らんたった~ふんふんふん、らんたった~ふんふんふん。

 私は小声で鼻歌を歌いながら軽快にステップを踏んだ。軽快というか飛び跳ねるというか、そんな感じで、少々優雅とは言い難いかもしれないけれど、楽しいから構わない。

 らんたった~ふんふんふん、らんたった~ふんふんふん。


 あっ。

 浮かれて調子に乗ってしまい、うっかり疎かになった足がもつれてしまった。

 だが、私の体重の大部分を支える陛下は、私がバランスを崩すくらいどうということはなく。私が膝を折り腰を落としてしまう前に、陛下はいとも簡単に私を抱き上げてしまった。

 尻餅はつかなかったものの自分の失態が恥ずかしく、抱き上げられたのを幸い陛下の首に顔を埋める。

 きっと顔が紅くなってるはず。

 いっぱい練習したのに……。しょんぼり。



「皆、ゆっくりするがよい」


 陛下はそう言いおいて、私を抱えたまま広間を後にした。


 今夜は失敗したけど、次は絶対間違えないように練習しておこう。

 また練習に付き合ってくれるようジェイナスに頼まなくっちゃ。

 陛下に抱えられたまま、私はそんなことを考えていた。

 次こそは、と。



 もちろん、翌日は怠くて怠くて起き上がるのも億劫なほどだった。

 自分のお願いを聞いてもらったわけだから、陛下の無言の願いもかなえてあげますとも。

 が。

 どうして陛下はあんなに体力が有り余ってるのか。ここの人はみんなそうかもしれない。体格差を考えれば。

 どうして私も毎回毎回陛下の無言の圧力に屈してしまうのか。つい、ね、冷え冷えする青い瞳がじーっと見つめてくるもので。ほんと、つい。

 ふーっ、と私は深い深ーい溜息をついた。

 あの陛下の体力持久力対策が、何より最優先事項かも。

 私は侍女のいれてくれた疲れを癒す茶を飲みながら、いい案はないかと考えるのだった。




 その日の陛下は超上機嫌であった。今のうちにと宰相と官吏達によって王の前に書類が山積みされていく。積み上げられる書類に顔を顰めはするものの、陛下は黙々とこなしていった。

 陛下の温情を頼みとする書類は、こういう時に紛れこまされる。やはり、機嫌の悪い時に比べると寛大な判断になることを期待してのことである。

 そうした書類をいつもより多くこなし謁見などを精力的にこなした後、宰相や官吏達が顔を引きつらせる中、陛下は上機嫌のまま王宮の奥へと引き上げていった。

 体調不良を理由に軽い夕食をとり既に床についたと聞くまで、陛下の上機嫌は続いたのだった。


「どうしてそう体力がないのだっ。ナファフィステアにもっと体力をつけさせよっ」


 陛下の怒鳴り声が響き渡る中、ナファフィステアは煩いとばかりにシーツを引き上げ潜り込んだ。


 そんな二人の様子を、女官達はクスクスと笑いを噛み殺しながら目配せしあっていた。

 警護の騎士達もそんな日常に慣れつつあった。

 執務室では処理済みの書類を手に宰相が渋い顔をしていた。王は何物にも左右されない孤高の存在であるべきではないのか。以前よりも大きく揺れ動く陛下の感情に一抹の不安を抱くのだった。


 平和な王宮のとある一日のことであった。


おまけ話のそのまたおまけです。

たまには陛下にラブリーを。(笑)


読んでくださってありがとうございます。m(_ _)m

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