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影を継ぐもの(2026改定版)  作者: キロヒカ.オツマ―


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第七章 西条正志

高宮が眠り込んでいる隙を見計らい、少年はそっと机の引き出しを開けた。禁じられていると分かっていた。だが胸の奥に溜まった違和感と怒りが、それを後押ししていた。


引き出しの中には、古びたファイルがいくつも並んでいた。手前の一冊を開くと、コピーされた卒業アルバムのページが挟まれている。


中学二年の集合写真。中央に写る眼鏡の少年――若き日の高宮だった。その隣に、肩を組むように笑う快活そうな少年。その顔を見た瞬間、少年は息をのんだ。


「……これが、僕の"オリジナル"の相手」


写真の下に、手書きのメモが残されていた。


――西条正志 現在:岐阜県在住


勤務先らしき会社名まで記されている。少年の指が震えた。この老人が高宮の人生を狂わせ、その結果、自分という存在が作られることになった。自分の「宿命の源」でもあるということだ。


背後で布団のきしむ音がした。振り返ると、高宮が浅い眠りから目を開け、ぼんやりとこちらを見ている。


「……何をしている」


少年はアルバムを背中に隠し、とっさに笑みを作った。


「ただの勉強だよ。写真、見せてもらってた」


高宮はしばらくじっと見つめたが、やがてまた目を閉じた。薬のせいか、すぐに再び眠り込む。


少年は胸を押さえながらファイルを戻したが、頭の中ではもう決意が固まりつつあった。


――自分は会わなければならない。本物の「西条正志」に。


その夜、少年はネット端末で名前を検索した。数秒後、地元の商工会のページに、中年から老年の男が笑顔で写っている情報がヒットした。白髪まじりだが、面影ははっきり残っている。集合写真のあの少年が、今や老人となり、地域の顔役として紹介されていた。


「……生きてる」


その呟きは震えていた。画面の中の老人は温和そうな笑みを浮かべているが、その奥に、かつて自分を踏みにじった影が潜んでいる気がしてならなかった。


翌朝、目覚めると部屋の様子が変わっていた。机の文房具が消え、窓には細い金属格子が取り付けられている。一晩のうちに見えない檻が作られたかのようだった。


「……何をしたの」少年は廊下に現れた高宮に問いかけた。


「君を守るためだ」高宮は落ち着いた調子で答えた。「外の情報は毒になる。昨夜の行動で分かっただろう」


「守る……? 監禁の間違いだろ」


高宮はネット接続を遮断し、代わりに古びた学習用端末を渡した。使用できるのは辞書と数本のオフライン教材だけだ。


「知識は与える。だが選択肢は制限する」


少年は薬瓶を受け取りながら、目だけは鋭く高宮を射抜いていた。その夜、彼は布団の中でこっそり小型のレコーダーを取り出した。何日も前から、高宮の言葉を録り続けていたものだ。


翌日、食事を運んできた高宮に、少年はわざとらしく笑みを向けた。


「パパ、昨日の夢に出てきたんだ。中学生のときの君が」


高宮の手が止まった。 「……どういう意味だ」


「そのままの意味だよ。僕は知らないはずなのに、なぜか"君がいじめられていた場面"を夢で見たんだ。体育館の裏で、三人に囲まれた日のこと。君は必死に笑いをこらえていた。泣いたら、もっと酷くされるって分かってたから」


その言葉に、高宮の顔から血の気が引いた。それはファイルにも記録にも残っていない、彼だけの記憶のはずだった。


「……なぜ、知っている」


少年は静かに種を明かした。噓ではなかったが、夢でもなかった。


「パパ、寝言を言う癖、知らないでしょ。この一年、ずっと聞いてたんだよ。うわごとみたいに、同じ言葉を何度も繰り返す。体育館、三人、笑い――断片をつなげるのは、そんなに難しくなかった」


少年はレコーダーを机に置き、再生ボタンを押した。高宮自身の声が、実験中の命令として流れ出す。


「全部録ってあるよ、パパ。君が僕を"被験体"と呼んで、虐待してる証拠もね」


高宮の膝が崩れかけた。


「外に助けを求めた瞬間、これを世間にばら撒けばいい」


少年は立ち上がり、部屋の暗がりへ視線を投げた。


「さあ、どうするの、パパ。外に頼る? それとも、僕と二人きりで地獄を続ける?」


言い残し、彼は闇の廊下へ消えていった。残された高宮は、机に突っ伏したまま動けなかった。


――外部に救いはない。あるのは、自分と、自分が作り出した存在との果てしない対峙だけだ。

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