困っちゃうよねぇ
──ガンッ!!
訓練用の的が大きくひしゃげて、亀裂が入る。
その音で、周囲の局員が思わず動きを止めた。
(……ムカつく)
ラズライトは、周囲の様子を意に介さず、一心不乱に基本の型を繰り返した。
ジェット・アメトリンによる王宮襲撃事件から、二週間。
あの日を境に、ラズライトは任務先でジェットと鉢合わせることが増えた。
盗難現場へ駆けつければ、あと一歩のところで逃げられる。
張り込みをすれば、いつの間にか背後に立たれ。
ようやく追い詰めたと思えば、おちょくるだけおちょくって、姿を消す。
ラズライトは、あの腹黒怪盗にいいように翻弄されていた。
剣を振り下ろした瞬間、あの軽薄な笑みが脳裏に浮かぶ。
『ふっ、毎回逃げられてるのに諦めないの偉いね~』
『また惜しかったねえ、残念賞あげようか!』
横なぎから深く鋭く踏み込む。
そのまま魔力ものせて渾身の一撃を振り下ろした。
『うわあ、本気で怒ってんじゃん。かわいい顔が台無しだよ??』
(誰のせいだ、誰の!!!)
──バキョッ!!!!
先ほどとは比べ物にならない音を周囲に響かせて、的が粉々に崩壊した。
普通に鍛錬していたらあり得ないくらいの損傷に、周囲の局員たちはどん引いた。
「おい、見ろよ。ジルコン上執(上級執行官の略)、おっかねえ……」
「なんか最近、ピリピリしてるよな」
「美人の真顔ってホント迫力あるよな、顔だけじゃないけど」
ささやき声が、ラズライトの耳にも届く。
ゆっくりと訓練用の剣を下ろし、局員たちへ視線を向ける。南海のような色合いの瞳は、氷のように鋭い。
「そこ!!余計な私語は慎む!!!!」
「「「はい!!!ジルコン上執!!!!」」」
蜘蛛の子を散らすように鍛錬に戻る局員を見て、ラズライトは小さく嘆息した。
(わたしらしくない)
「ラズ先輩、怖いっす」
「スフェーン」
スフェーンの登場に、ラズライトのまとっていた空気が少し和らいだ。同時に、訓練場の空気もすこし軽くなる。
ラズライトの様子が気になっていた局員たちは、訓練を続けつつも、慎重にラズライトとスフェーンの方へ耳を澄ました。
「なんすか、最近やけにピリピリしてません?局員たちもビビってるっす」
(ぶっこんだー!?)
局員たち全員の心の声がそろった瞬間だった。
ラズライトは憮然として言い返す。
「そんなつもりなかった」
「その顔で言われても説得力皆無っすよ」
「……」
(たしかに、ジェット・アメトリンに翻弄されすぎてイライラしてるのはあるな。それに……)
あの時の師匠とジェット・アメトリンは互いに面識があるように見えた。
(師匠はなんで隠してるんだろう……昔の話はいつもはぐらかすし)
「……」
「ラズ先輩」
「なに?」
お調子者でいつも明るいスフェーンが、珍しく真剣な顔をしている。
思わずラズライトは身構えた。
「今、いつもの三割増で怖い顔してるっす」
「それは余計」
「知ってます?今局員の中では、『ジルコン上執に近づくな週間』が開催されてるんすよ」
「なにそれ知らない」
「はい、今俺が作りました」
あまりにも予想外の言葉に思わず、ふふっとラズライトが笑った。
スフェーンもつられるように一緒に笑う。
「なんか悩みとかすか?」
「んまあ、ちょっとね」
「ふーん」
スフェーンがあっさり引き下がったことで、ラズライトは拍子抜けをした。遠慮がないように見えて、肝心なところは気が利くのだ、スフェーンは。
「ま、なんかあったら力になるんで。遠慮なく俺を使ってください」
「……ありがとう」
スフェーンの気遣いに、ラズライトはこれまでささくれていた心が和らぐのを感じた。
その時。
「ジルコン上執!」
慌てた様子で、1人の局員が訓練場に駆け込んできた。
フォス付きの秘書官である。
ラズライトは、嫌な予感がした。
「フォシデ元帥が、執務室に来るようにとのことです!」
息を切らしながら、用件を告げた秘書官は、今日もげっそりやつれていた。
相変わずフォスに振り回されているのだろう。
ラズライトは、そっと彼に同情した。
(何か追加の情報が入ったのかな。というか、人に司令出すなら情報全部開示して欲しいんだけど)
ラズライトの脳裏に先日のフォスとジェットの様子が浮かび、再びモヤモヤした。
しかし、目の前の秘書官は悪くない。
「わかった、ありがとう」
指摘されたばかりなので表情に出さないように気を付けて、秘書官に御礼を述べた。
*****
「やあやあ、来たねぇ、座って座って~」
フォスの執務室に入ると、いつもの軽い調子でフォスはラズライトに中央にある応接セットの椅子をすすめた。
秘書官はそのまま静かに退出する。
人払いを済ませた後、フォスはおもむろに切り出した。
「最近、王都内で行方不明者が多いことは知ってる?」
それは出張後、書類の精査時にラズライトも気になっていたことだった。
ラズライトの執務室に回されていた行方不明届は全部で12件。
行方不明届は、住民が失踪した際に家族や同居人の申告によって作成される書類である。発見後は解決済みとして処理されることが多く、上級執行官の再精査対象として回ってくることはそれほど多くない。
あったとしても年に数件程度だ。
「はい、行方不明届の処理が多かったので把握してます。ただ、事件性なしと報告されてますが……」
「そうだよねぇ。」
フォスが机をトントンと指でたたいた。
「実は、いくつか家出じゃない可能性が浮上してるのさ」
「ということは、思いっきり事件性あるじゃないですか」
「そうなんだよ、困っちゃうよねぇ」
フォスがいつものようにからりと笑う。
正直、全く困っているようには見えない。
「で、報告書の作成者と審査者にヒアリングしたんだけど。作成者は事件性ありで報告していたのに、審査者は事件性なしで上がってきたと主張してるんだよねぇ」
「それって、局内のどこかで情報が書き換えられた……ってことですよね」
理解ができなくて、ラズライトの眉間にしわが寄る。
局内の人間による改ざん。
その可能性はある。
だが、事件性を揉み消したところで局員に利益はない。
危険を冒してまで報告書を書き換える理由が、どうしても思い浮かばなかった。
(だとすれば、何らかの理由で外部からの介入があった……?)
先日発生した、局内への不法侵入が頭をよぎる。
ラズライトの瞳がすぅっと細められた。
「……もしかして、ジェット・アメトリンでしょうか?」
「可能性はあるんだよねえ。局内に侵入できるということはこのあいだのことで証明されたし」
ラズライト自身も突飛な発想だと思った。
しかし、意外にもフォスはその可能性を否定しなかった。
「ジェット・アメトリンが情報を書き換えたとしたら、なんのために」
ラズライトのつぶやきにフォスは答えることはなかった。
かわりにいつのまにか、指で机をたたく音が止まっている。
「目的はわからないとはいえ、ボク達は出遅れてしまっている」
そう告げたフォスの気配が変わった。
ラズライトも、上級執行官として気を引き締める。
「ボスからの命令。──ボクと君とで、この行方不明届を調査することになったから。」
「わかりました」
ラズライトの先ほどまでのいら立ちは、すでに消えていた。




