小さな宝物
〝早速、準備に取りかかります〟
そう言って玲雄奈は素早く、しかし礼節に満ちた足取りで部屋を出て行った。
(旅行の準備って意外と細々してて大変なんだけど、皇泉院では執事さんが全部やってくれるのか……)
アヤトなどは旅行前、
〝あれ入れたっけ?〟
〝これ持ったっけ?〟
が毎度のごとく発生する。
(そして家を出たあとで一つか二つ、忘れものしてるのに気づくんだよな……家を出る前に、あれだけチェックしてるにもかかわらず……)
さて――チケットである。
これはネットのサイトで予約。
ログイン時に必要な情報とかは玲雄奈がまとめてくれていた。
ちなみに、
『わたしがまとめましたが、IDやパスはわたしが閲覧できない方法でまとめておりますのでどうかご安心を』
とのこと。
どうやればそんなことが可能に……と謎に思いつつ、チケット取得に動く。
過去に姉の分を取らされた経験もあるので、やり方はわかる。
タブレットで操作をし、サイト内で手続きを進めていく。
アニメの世界といってもこういう部分は現実世界と変わらないようだ。
座席は三人、横並びで取れた。
支払いは、デビットカード。
(うーむ、なるほど……皇泉院絢人とはいえ、高校生だからクレジットカードは持てないのか)
どこかで聞いたことがある。
だから金持ちの子は、高校生まではけっこうデビットカードだったりするのだとか。
〝ある時期以降の作品はその多くがいわゆるリアリティ病にかかっていて、それは創作世界にとって毒に等しいんです。創作は多くのものを損なうレベルのリアリティより、ある程度の自由さや面白さを優先してなされるべきなんです〟
――などとインタビューで言っていたわりに、
(変なところでリアリティ持たせてるよな、花園会も……)
その30分くらいあとで、絢人は玲雄奈の運転する車で移動した。
困惑と遠慮をしまくる虎葉を(できるだけ優しく)制し、後部座席に座らせた。
運転手に玲雄奈を指名したのは絢人だった。
玲雄奈は喜んで引き受けてくれた。
絢人は助手席。
多分、隣に絢人が座ると虎葉が緊張する。
だから車移動の間は虎葉だけ後ろに座らせた。
しばらく気持ちを落ち着かせる時間が必要だろう。
絢人なりの配慮のつもりだった。
また、玲雄奈に頼んだのも車内人数を少なくするためである。
(まあ気休めかもだけど……皇泉院に仕えてる人がドライバーとして一人増えると、虎ちゃんも余計に気疲れしそうだしね)
駅に到着。
そこには車を受け取る役割の、皇泉院に仕える者が待っていた。
ここで車を引き受け、そのまま運転して皇泉院の家に戻るらしい。
引き渡した車を背に駅構内へ移動する。
荷物はすべて玲雄奈が持ってくれた。
本当は絢人も手伝いたい――のだが、それはちょっと絢人らしくない気もした。
だから玲雄奈にすべて任せた。
(玲雄奈さん、すごく軽々持ってる……すごい……)
虎葉は黙って後ろからついてきている。
俯きがちに。
ただ――嫌がっている感じはない……と思う。
今日の服装も黒基調の着物。
それもあってか、駅構内では目立つ――
(いや、違うか……)
この三人そのものが、目立っているのだ。
玲雄奈もさすがに執事服ではないけど……。
(この美貌だもんなぁ……そりゃあ、周りの目を惹くよ……)
「いかがされましたか、絢人様?」
ボストンバッグを両手に持ちながら、首をちょっと傾けてこちらを見る玲雄奈。
「……前、見とけ」
「し、失礼いたしました」
(ふぅ……危ない危ない。なんか嬉しさが微妙に滲み出てる顔に、うっかりこっちが照れかけてしまった……)
そこで絢人は少し歩幅を短くし、虎葉にわざと追いつかせた。
そして、
「虎葉」
「ぁ――は、はいっ」
ようやくの、会話らしい会話。
急に同行させられて、いたく困惑していたようだが。
虎葉もさすがに気持ちが落ち着いてきただろう、と。
こう判断しての、声かけだった。
「なんかあれば、隠さずに言え。乗り物酔いで具合が悪ぃとか……色々な。テメェが我慢とかしてるせいで面倒なことになんのは、ごめんだ。おい――わかってんだろうな?」
「か、かしこまりましたっ……お気遣い、ありがとうございます……」
一度立ち止まり、ぺこり、と丁寧に頭を下げる虎葉。
絢人は、
「チッ……いちいち、いやに形式ばったやつだな……」
皇泉院絢人らしく舌打ちしつつ、内心では――
(礼儀正しすぎる……! 守ってあげたい……!)
そう――今回は、妙な予感がしたのだ。
黒薔薇からの呼びつけ。
原作通りであれば、黒薔薇は虎葉を快く思っていない。
だからできるだけ、そばにいてやった方がいいのではないか――と。
今回アヤトは、そう思ったのである。
新幹線乗り場の改札前に到着。
チケットの予約は済んでいる。
が、絢人以外の二人は改めて駅の中でチケットを受け取る形式である。
家族や姉のチケットを取る時、アヤトはいつもこの形式だった。
自分の分はモバイルで。
姉の方は、駅に着いてから紙のチケットを受けとる。
いや、一番これが簡単というか……。
初めての時が、こうだったので……そのまま……。
周りのお姉様たちから熱い視線を受けつつ、絢人はチケットを受け取る。
(はーい、それじゃあチケット配りますよー……っと)
玲雄奈と虎葉に、チケットを渡す。
すると玲雄奈が、
「……絢人様」
「なんだ」
(ふふ……なんと今回は自由席じゃなく、指定席で取ってるからね! 贅沢だなぁ……)
「グランクラスではなく――今回は、通常の指定席でお取りになったのですね」
(……え?)
グラン、クラス……?
ほぼ無反応な絢人を見て不安に思ったのか。
玲雄奈がわずかに戸惑いを滲ませ、
「あ――いえ……もちろん絢人様には、何かお考えあってのことと思います。ただ、わたしはともかく……普段でしたら、絢人様たち皇泉院の方々はグランクラスをご利用されていましたので」
――しまった。
原作にない情報。
自分の感覚では、指定席ですら贅沢。
が、皇泉院の人間はグリーン車をすっ飛ばし――常に、グランクラス。
油断した。
あまりにも、いつもの泉アヤトの感覚で予約しすぎた。
しかし絢人はその動揺を顔には出さず、フンと鼻を鳴らした。
「たまにはオレも庶民どもがどんな車両に乗ってるのか、近くで見学したくてな。もし気に入らねーなら、テメェも虎葉もグランクラスで取り直していーぞ」
(まあ、席が空いてればだけど……あと、この時間だと変更とかじゃなく新しく乗車券を取らないといけないのかな? うーん……しかも新しく取ると、先に取っておいた指定席は一つ無駄になっちゃうのかなぁ……?)
だとすると。
席が取れなかった人がいたら、なんだか申し訳ない話である。
「いえ――わたしは絢人様がいれば、どのような空間でも格式高くなると思っております。場の格を作るのは、人であるべきですから。それに……さすがでございます。常に実体験を通じて、幅広い学びを得ようとしていらっしゃる」
なんという……好意的解釈。
「上に立つ人間ってのは、下々の人間どもの姿がそれなりに見えてねーとな。オレの目から見て――この国には足もとが見えてねー連中が、多すぎる。そこが見えてねーと、いつか足もとを掬われちまうからな」
「おっしゃるとおりかと」
「――虎葉」
絢人は、虎葉に話を振る。
「は、はいっ」
「テメェだけ、グランクラスで取り直してもいいぞ」
(ごめんね虎ちゃん……着物なのに、三列の指定席じゃ狭苦しいかもだよね? ぼくが庶民なせいで配慮が欠けてて、ごめんね……)
しかし虎葉は慌てて弁明でもするみたいに、
「そんなっ……ご一緒、いたしますっ――いいえ、させてください……っ! お願い――いたしますっ」
普段、あまり声を張らないためだろうか?
かすれ気味で――細くて。
だけど一生懸命に絞り出した声なのだろうな、と。
そんな感じが、とても伝わってくる声だった。
「……チッ、物好きなやつだな。おい――二人とも、行くぞ」
絢人がポケットに突っ込んで背を向ける直前――皇泉院虎葉は。
絢人から渡されたチケットを。
胸の前で静かに――きゅっ、と。
その小さな両手で大切そうに、握りしめていた。
照れくさそうに、そして――
思わぬ宝物でも手に入れたみたいな、そんな嬉しそうな微笑みを浮かべて。




