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悪帝な一日



 といってもやはり、虎葉の想いや勇気をむげにはできなかった。

 ……どうしても、できなかった。

 だから、


(うん――後悔は、ない)


 あの虎葉があんなに嬉しそうだったのだ。

 十分ではないか――今は、それで。

 何か問題が起きたらその都度、対処しよう。

 ……未来の自分へ丸投げする思考停止とも、言うかもしれないけれど。


 とりあえず廊下が続いているのでそのまま歩く絢人だったが、


(な、なんだこのお武家な屋敷は……)


 もちろん武家屋敷など入った経験はない。

 完全にフィクションから得た脳内イメージだ。

 ……が、不思議な感覚である。

 ところどころ知っている。

 が、細部を見るのは初めて。

 まさに、


〝動画とか画像で見たことある〟


 それだけだった場所に、リアルで足を踏み入れた気分。

 廊下からは色んなものが視界に入ってくる。

 日本庭園風の中庭。


(あの細かい白い砂利の手入れって、大変そうだなぁ……)


 錦鯉が泳いでる池が見える。

 ポチャン、と鯉が跳ねた。

 遠くを見れば、外にはでかい蔵も確認できる。

 なんといっても――広い。

 広すぎる。

 一体、どういう敷地なのか。

 何より、


「絢斗様」


 通いのお手伝いさんたち。

 皆、手を止めてお辞儀をする。


(時代設定……一応、現代ですよね?)


 といっても元を辿ればここはアニメの世界なわけで。

 現実を反映した部分ばかりでもない。

 すべては謎の創作集団、花園会のてのひらの上とも言える。

 思わずお辞儀を返しそうになる庶民感覚を抑え、絢斗は廊下をぐるりと巡った。


(……た、探検はこんなところにしておこう。家の人の反応見る限り、なんか微妙に普段と違う行動取ってるっぽいし……自分ちで不審者扱いなんて、洒落にならん……)


 つまり――絢人っぽくない可能性がある。

 これはいけない。

 変に怪しまれるのだけは、避けねば。

 絢人は、おとなしく自室に戻った。


(ブルーレイ購入特典の『悪帝な一日』で絢人の一日のルーティーンは紹介されてたけど……結局〝ほとんどは闇に包まれたままである……〟みたいな感じだったからなぁ)


 それはそうだ。

 絢人に本格的なファンがつきだしたのは、シーズン3の後半あたりから。

 当初は絢人嫌いな視聴者がほとんどだった(まあ、悪役だし)。

 つまり人気も極一部だったので、絢人周りの日常描写は薄かった。

 補完する特典の数も、意外と少ない。


(ま……自分はすべてゲットしましたが)


 そして、シーズン3の後半あたり。


 ようやくそれなりの数の視聴者が絢人の魅力に気づいてくれて、嬉しかったような。


 ――自分だけが気づいてた感覚だったのが周りにもバレたみたいで、ちょっと寂しかったような。


 好きなインディーズバンドがメジャーデビューして複雑な気分……的な、アレに近いのかもしれない。


 自室に戻った絢人は、タブレットを手に取る。


(おぉ……玲雄奈さんに要求した資料が増えている……ちょっと、怖いくらいのスピードだけど……)


 心の中で有能執事を拝み、絢人はそこから資料の閲覧に時間を費やした。



     ▽



 ぐぎゅるるるぅ……


 集中して資料を読み込んでいたのだが――腹の虫の鳴き声で、我に返った。


 一応、間に軽い昼食を挟んでいる(軽くと言いつつお昼ごはんも高級な雰囲気だったが)。

 昼食後は、ひたすら皇泉院絢人とその周囲の情報閲覧に費やした。

 有能執事が実にわかりやすくまとめてくれていたので、助かった。

 彼の主観部分は主観部分で、彼が絢人をどう思っているかの判断材料にもなる。

 今はとにかく、違和感に繋がりかねない隙間をこの資料で可能な限り埋めなくてはならない。

 が……腹が減ってはいくさ以上に、脳が働かない。


(ん?)


 気配が、近づいてくる。


(いや……ていうか、気配とか察知するもんなんだ……)


 バトル漫画じゃあるまいし。

 元の自分ならこんな感覚はなかった――と思う。

 皇泉院絢人だからだろうか?

 さすがである。


「絢人様」


 やって来たのは、玲雄奈だった。


(はぁ……この人が帰ってくると、なんか安心するな……)


「なんだ?」

「ご夕食の時間にございます」

「……おう」


 素っ気なく返す。

 が、


(――待ってました)


 内心、大喜びであった。



     ▽



 それは、豪華な夕食だった。


 語彙力の問題で、そうとしか表現できなかった。

 というか――メニューて。

 自分ちの食事で、メニューて。

 しかも、和洋中で選べるとか……。


(まさか家の夕食で、テーブルに呼びつけてもいないシェフに、食材の説明までされるとは……)


 伊勢エビとか。

 アワビとか。

 A5ランクの和牛とか。

 A4だけど特別な肉とか。

 エトセトラ、エトセトラ(他は、聞き覚えがあまりない食材だった)。

 というか……

 フィレとかサーロインとか言われても、違いがさっぱりである。

 かろうじて〝部位っぽい〟くらいしかわからない。

 よく聞くシャトーブリアンが何を示しているのかも、まったくわからない。

 なんか〝高級そう〟くらいの認識である。

 牛肉なんて、霜降りかそれ以外かくらいしか意識したことはなかったし……。

 が、おいしかった。

 けれども、もちろん感動は顔に出さないよう気をつけた。

 当然、という顔で食らう。

 なぜなら自分は、皇泉院絢人なのだから。


「まー……これが続くと、気が張って疲れるわな……」


 独り、呟く。

 木製のへりに、寄りかかった状態で。

 さらに両腕を広げ、その濡れた縁の上に肘をのせている。

 ここは、自然派な檜の良い匂いがふんわり漂っている。

 さらに優しい湯気と、ほんのり緑色な透明度の高いお湯。

 絢人が今いるのは――お風呂だった。

 もちろんそこらの普通の〝風呂〟ではない。

 広い。

 さらに行き届きすぎた掃除により、清潔感しかない。

 もはや家に温泉がある感覚……。


「脱衣所も広すぎるしよ……どーなってんだ、この家は……」


 独り言、である。

 が、口調は絢人に近い。

 いや、近づけている。

 独り言の時も絢人たれ。

 これも、絢人を演じる練習の一環である。

 もちろん誰にも聞かれぬよう、限りなく小声だが。

 それにしても――


 ザパァンッ!


 湯から上がり、鏡の前まで行く。

 タオルで拭いて曇りを取ってから、髪を後ろへ撫でつける。


「改めて……なんだ、この超絶イケメンは……」


 ごくり、と。

 唾をのむ。

 皇泉院絢人は無慈悲かつ凶悪というキャラ付けである。

 ゆえに作中で放たれる笑みは、酷薄なものや凶笑が多い。

 しかし、だ。

 普通に微笑んだら……どうなるのだろう?


(キャラじゃないのはわかってる。けど……これは、気になる……)


 この時ばかりは、キャラの維持より――好奇心がまさった。

 まさって、しまった。


「…………」


 ニッ


(うわぁっ!? マジ? マジか……ッ!?)


 当然、定番の凶悪スマイルも大好きだけれど。


(これは……破壊力、ヤバすぎる……ッ!)


 誰にも見られていないだろうけれど。

 思わず、口もとを手で覆っていた。


(え? 何? 花園会は、これを作中で活かすつもりがないの? それとも、シーズン4のラストか次のシーズンまでお預けしてから、お披露目のつもりなの?)


 皇泉院絢人を知る者が目撃したら絶対に違和感を覚える様子で、絢人はしばらく、ゆっくりと曇りゆく鏡を眺めていた……。



     ▽



 タブレット置き――照明を消し、高級布団に潜り込む。


(なるほど、黒薔薇さんは用事で県外に行っていて家にはいないのか……で、父親の厳正さんも今は海外に行っている――と)


 厳正はどうも、黒薔薇が意図的に家から遠ざけているらしい。

 もしかすると……不遇な扱いを受けているのかもしれない。


「…………」


 それにしても――怒濤どとうの一日だった。

 少なくとも〝泉アヤト〟にとっては。

 一方、皇泉院絢人としてみると比較的休暇寄りのスケジュールだったようだ。


(あー、しかし……お風呂では、らしくないことをしてしまったな……反省、反省……)


 布団の中で一人、反省する悪帝であった。


(…………さて。これから、眠りにつくわけだけど――)

 

 目覚めた時そこは〝泉アヤト(ぼく)〟の部屋なのだろうか?

 あの見慣れた部屋に、戻っているのだろうか?


 これが一時いっときの夢なら――



 眠りから覚めれば、ぼくは元に戻るのだろうか?



(意外にも……元に戻ったらちょっと残念――とか、思ってる自分がいる……なんたって、大好きな作品の中の世界にいるようなもんだし……しかも、皇泉院絢人としているわけで……)


 いずれにせよ。

 楽しい夢だった。

 もし目を覚まし、泉アヤトに戻ったなら――


 待つのは『えすぷり』のシーズン4、最終話。


(ま、この世界でこのまま皇泉院絢人としてシーズン4最終話を迎えるのも悪くなさそうだけど……)


 ともあれ……眠くて、たまらない。


 今は――どっちに転ぶかは、わからない。


(おやすみ、なさい)


 こうして皇泉院絢人は、眠りに落ちた。





      ▽




 翌日。


 目を覚ましても、そこは皇泉院の家だった。


 夢は、まだ覚めない。


 そして今――皇泉院絢人はとある事情で、日本でも有数の避暑地にいた。


(か――)




「軽井沢……」






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