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魔境と呼ばれた家



 さて――『えすぷり』メイン舞台の一つは、白鐘しろがね学園。


 皇泉院絢人はそこへ通う学生でもある。

 なので、明日あたりから登校――


「春休みが明けたらいよいよ三年生でございますね、絢人様」


 今日はなんと、休日でした。

 というか、春休み中でした。


(ん? 待てよ? 休みが明けたら三年生、ってことはつまり……)


 時間軸が判明した。

 シーズン1の最初も最初――もっと言えば、

 自分はどうやら本編スタート前の時間軸にいるらしい。


 ちなみに本編『えすぷり』は、主人公の矢満田すみれの入学からはじまる。


「本日のご予定ですが――」


 絢人は玲雄奈の説明を聞き終える。

 なんと……ほとんど自由時間であった。

 悪帝はスケジュールに縛られない、か。

 まあ大抵のことはこの有能執事がやってくれるようだ。

 服の用意とか、食事の手配とか。

 ほぼ自動で出てくるようなものか。

 しかも〝いつまでに〟みたいな期限はあまり決まっていない。

 スマホとかタブレット(絢人の個人用のもあるみたいだ)で、そうしたい時にメッセージを送り、頼むだけ。


(こ、これが本物のスーパーセレブってやつなのか……)


 無敵すぎる。


 しかし何も知らないまま生活するわけにもいくまい。

 なぜなら全っ然、夢から覚める気配がないからである。


「玲雄奈、変なことを言ってるように聞こえるかもしれねぇが」

「ご心配には及びません。絢人様のお考えに間違いなどあろうはずがありません。間違いだったとしても、すべては正しい方へ反転いたします」


 それもう実質的に神じゃん。

 は、ともかく。


「オレは完璧すぎるほど、完璧だ」

「もちろんにございます」

「だが――それゆえに慢心しそうになる時も、ある」

「は、はい……」


 相づち気味に、玲雄奈がリアクションする。

 肯定でも否定でもない感じ。

 どう答えたものか、考えあぐねている様子。

 内心〝ごめんね変なこと言って〟と謝りながら、


「もう一度、土台ってもんを学び直そうと思ってな。復習ってヤツだ。リベンジの方じゃねぇぞ」

「土台を学び直す、でございますか」

「この家のしきたりとか、色々とな……ざっと見直しておきてぇのさ。オレという人間……皇泉院絢人という人間をもう一度、見つめ直してみてぇ」

「なる、ほど」


 いまいち理解しきれていない反応。


(ま、そうだよね……自分で言ってて若干、意味不明だと思うもん……)


 が、必要なことだと思っている。

 今後も〝皇泉院絢人〟としてこの夢の中で生活するのなら。

 ていうか、


〝もうこれちょっと前に流行った異世界転生ってやつの亜種みたいな状態なんじゃないか〟


 とすら、今は思いはじめている。

 となると――目覚めるも何もないのではないか?

 いや、夢なら夢でそれでよし。

 が――皇泉院絢人としてボロが出るのは、嫌だ。


 らしくないのは、嫌なのだ。


 理想は理想のまま。

 憧れは憧れのまま。


 演じきれるならそれに越したことはない。

 今は、不思議と泉アヤトに起こった(のかもしれない)謎現象の解明よりも。

 なんというか――


〝皇泉院絢人に恥をかかせたくない〟


 そんな気持ちの方が、強くて。 


 絢人のことは誰よりも知っているつもりだ――花園会を除いて、だけれど。


 ただ、作中で描かれてなかった情報もきっとたくさんある。


 だから――知らなくてはならない。

 状況任せにしては、いけない。


 ぼくの大好きな悪帝になりきるために、これは必要なこと。


 


「感覚的には、郷土史編纂へんさんとかに近いのかもしれねぇな……ま、いわば〝現在進行形の自分史〟の編纂みてぇなもんか。で、そいつの編纂を玲雄奈……おまえに頼みたい。どうだ?」

「もちろんでございます。どうか、お任せを」


(……えっ!? いや……了承してくれるとは思ったけど……)


 ここまで即答とは、思わなかった。

 なんの迷いも疑いも見受けられない。


「先ほどお伝えした通りにございます。絢人様のお考えに、間違いなどあろうはずがございません。わたしはただ、絢人様がそうしたいと思うものを実現すべく動くのみにございます」

「まあ、オレもここんとこ先のことばかり考えてた気がするからな。少し立ち止まって自分ってもんを振り返るのも、皇帝には必要なことだろ」

「さすがでございます――かしこまりました。しっかり時間を作り、できるだけ迅速に作成いたします」


(いえ普段の執事仕事とかもあるでしょうから、そんな急がなくても……なんていうか玲雄奈さんだと、ほんとに有名なあの〝一晩でやってくれました〟みたいになりそうで……)


「優先順位は下でいい。休むときゃしっかり休め。使いてぇ時に動かねぇ右腕に、用はねぇからな」

「はい、絢人様。ただ……一つだけ、よろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「絢人様の歴史をまとめるとなると――いえ、もちろん客観性を保つよう努力いたしますが――いささかわたしの主観が入ってしまうかもしれません。しかし……」


 躊躇いがちに視線を落とす玲雄奈。


(ん? もしかして……だから他の人にやらせた方がいいかもしれない、とか思ってるのかな? 本当は玲雄奈さんがやりたいけど、そういうデメリットもある……と。いやけど、玲雄奈さん以外に頼んだら絶対〝こいつ頭どうかしたのか?〟とか思われそうだし……)


「かまわねぇよ。情報に落ち度さえなけりゃあいいんだ。つーか、テメェの主観が多少入るくらいでこの皇泉院絢人の人生史が揺らぐとでも思うのか?」

「い、いえ! そのようなことは、決して……、――かしこまりました。絢人様がそうおっしゃってくださるのであればこの槇嶋玲雄奈……絢人様の歴史を完璧に、過不足なく紡ぎたく思います」


(ふぅ……これでとりあえずアニメで語られなかった情報があっても、それなりに補完できるかな……ていうか――)


 ほんと槇嶋玲雄奈がいなかったら早々に詰んでいたのではないか――と。


 袖の中に腕を通し、ぱっと見は貫禄ある若旦那みたいなポーズを取りながらも、内心ものすごくホッとする悪帝であった。




     ▽



『では早速、取りかかりたく思います。絢人様はどうか、このままごゆっくりとおくつろぎください。朝食はいかがいたしますか? こちらのお部屋に、お運びいたしますか?』


 とりあえず、運んでもらうことにした。

 朝食は玲雄奈が運んできた。

 運んだあと彼は丁寧に挨拶をし、また戻っていった。


(家の中は、あとで見て回ろう……)


 今はちょっと考えをまとめたかった。

 とはいえ、まずは腹ごしらえ。

 どんな地位の人間でも平等に腹は減る。

 で、朝食が運ばれてきて――


「はむっ……もぐもぐ」


(……旨ぁっ!?)


 朝食は(無難かなと思って)サンドウィッチを選んだ。

 というか朝食からして、種類が豊富すぎた。

 さすがは皇泉院である。

 サンドウィッチは三段のケーキスタンドで来た。


(てか、朝食にケーキスタンドて……親戚の結婚式に家族で参加した帰りに一回だけ、そこそこお高いホテルのカフェのランチに連れてってもらったことがあるけど……中学生の時だったかな……ケーキスタンドなんて、あの時以来かも……)


 このサンドゥイッチ、味もすごかった。

 安い食材は味付けでごまかすという。

 素材の味自体が微妙だからだ。

 ゆえに基本、安い食材は濃い味付けになりがちと聞く。

 そこで脳に〝うまーい!〟と感じさせる調味料の出番となるわけだ。

 料理というよりは、科学。

 が、高い食材の味付けは最低限。

 食材そのものの味を活かす――のだとか(すべてネットの受け売りである)。


(うわー……いい食材って、それ自体の味がこんなはっきりわかるもんなんだ……)


 びっくりした。

 むーん、と糸目になる絢人。


(けど……安い食材を使って味付けで勝負してる料理も、ぼかぁ好きなんだよなぁ……)


 あれはあれで慣れた味だし。

 作る側の努力や技術だってすごいと思うのだ。

 そう、どちらにもそれぞれの良さがある。

 こうして高そうな料理を食しつつも、そう思う絢人であった。


 と、タブレットが音を発した。

 通知がきていたので、確認する。


(し、仕事が早い……)


 玲雄奈が、


『取り急ぎ、入門編のような感じにまとめてみました。このような感じで問題ないでしょうか? 優先的にまとめてほしい情報などございましたら、お教えいただけますとありがたく存じます』


 こうメッセージを添え、PDFファイルを送ってきた。

 スワイプし、軽く閲覧する。


(え? これ……この短時間で作れるもんなの? 文面的に元からあったものをそのままってわけでも、なさそうだし……)


「ゆ、有能すぎる……」


 思わず、呟いていた。

 とりあえず優先的に知りたい情報をたどたどしく入力し、送信。

 即、


『承知いたしました。少々、お待ちくださいませ』


 返信がきた。

 ……なんなのこの人。

 すごすぎませんか?

 執事に収まってていい器の人なんですか?

 ごろん、と。

 絢人は布団の上に寝転び、天井を見つめる。


(そういえば、玲雄奈さんがあれほど絢人を信奉してる理由ってまだアニメだと描かれてないんだよな……過去に何かあった、ってのはシーズン3でにおわされてたけど……)


 そもそも、皇泉院だって謎の多い家なのである。

 だって『えすぷり』の主人公は矢満田すみれなのだ。

 他の五帝とか〝カルテット〟なんかにも個性の強いキャラは多い。

 作品的に見れば、絢人はそのうちの一人でしかない。

 ゆえに当然、作中の尺は絢人にだけ割かれるわけではない。

 基本、矢満田すみれが中心の物語なのだ。


(ていうか……)


 皇泉院といえば。


 絢人を筆頭に、ラスボス候補とその関係者がひしめく家。


 ある意味、魔境ど真ん中。

 今、自分はとんでもない場所にいるのかもしれない。

 うつらうつらしながら、そんなことを思う。


(ラスボス、か……)


 花園会が提示した『えすぷり』最大の謎かけ。


 そしてシーズン4のスタート時、公式サイトと公式SNSでこう発表されている。


〝シーズン3の最終話までに、すでにラスボスは登場しています〟


 そもそもである。


 何をもって〝ラスボス〟と定義されるのか。

 どんな立場にあることでそのキャラは〝ラスボス〟とされるのか。

 そして花園会は――


 シーズン4最終話放送前の現時点でも、まだそのあたりについては言及していないに等しい。


 腹が満たされ、神経がちょっと緩んだのか。

 ちょっとずつ目が閉じていく中、考える。



(ラスボス……この皇泉院の家に、いたりするんだろうか……、――――ぐぅ)





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