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悪帝の楽園  作者: 篠崎芳
15/22

冷たくて、温かい


 申し訳ございません、今回3日以内の更新は難しかったです……。







 ◆◇【 現在の世界 ~皇泉院虎葉~ 】◆◇



 絢人たちから離れたあと、虎葉は目的の場所へ向かっていた。


 それは、左手側に芝生が広がる石畳の通路を歩いている途中だった。

 突然、三人組の男たちから声をかけられた。

 嫌な予感がした。

 だから聞こえなかったことにして、通り過ぎようとした。

 けれど、


「はーい、待ってくださーい」


 通せんぼを、されてしまった。

 引き返そうとしたけれど、そちらにも別の男が立ち塞がる。

 茶髪のピアスをした男が詰め寄ってきて、見下ろしてきた。


「きみ、かわいいね」

「あの……急いで、いますので。時間が……約束……待ち、合わせの……」

「またまた~、嘘ついちゃってぇ~」


 逃げるための口実だろぉ、と。

 虎葉の退路を断ったタレ目の男が言った。


 ――嘘では、ないのに。


 虎葉は困惑し――怯えた。

 茶髪の男は微笑んで、無言で虎葉を見つめている。

 彼にどんな意図があるのか、わからなかった。


「? あの……」

「あれ? え? わかんない? え~ショック……俺、けっこう有名だと思ってたんだけど……」


 最初に虎葉を通せんぼした、腕にタトゥーのある男が笑う。


「カラ(ディー)、自分が思うほど知られてないじゃん」

「うるせーよ。いいじゃん、俺のこと知らないってことはれてない子――そういう見識も、あるっしょ」

「一理ある」


 ぎゃはははっ、と三人組が笑い合う。

 虎葉は――足が竦んで、動けない。

 心臓がキュゥッと縮まっている苦しい感覚。

 一緒に、身体の肌という肌が内側へ向かって締まっている気すらする。

 けれど……なんとかしなくてはならない。

 思い切って虎葉は、周囲に助けを求めようとした。


「あのっ――」


 貧血にでもなりかけているのか。

 頭がちょっとだけ、ふらふらする。

 でも、がんばらなくては。


 ――その時だった。


「こら! おにーちゃんたち、やめなさい! その子、怖がってるじゃないか!」


 一人の年配の男性が駆け寄り、割って入ってくれた。

 助けにきてくれたのだろうか。


「ぁ――ぁりが――」


 虎葉はお礼を言おうとしたが――その一分後には、青ざめることになった。


「う、ぐ……ぁ……な、何をするんだぁ……っ?」


 割って入った男性が鼻をおさえ、膝をついている。

 三人組の一人にさっき、鼻を殴られたのだ。

 彼を殴ったタレ目の男が、


「だ、大丈夫っすかぁオトーサン!?」


 大げさに男の前で両足を広げ、両手を合わせ謝罪した。


「スンマセン! なんか盛り上がってたら、おれの手が当たっちゃったみたいで! オトーサン! すげぇかっこ悪いけど――だだだ、大丈夫なんすかぁ!?」


 それは完全に、相手を小馬鹿にした態度だった。

 ぎゃははははっ、と三人組が再び大声で笑う。


「ぁ、あの……」


 虎葉は反射的に、年配の男性へ手を差し伸べようとした。

 しかし、


「おっと」


 タトゥー入りの男の太い腕で、阻止されてしまう。

 タレ目の男がポケットに両手を突っ込み、年配の男性を見下ろす。


「しっかし……情けない上に、うっぜぇジジイだなぁ~? つーかてめー、この子じゃなかったら助けに入ってたか? ランク高い女子の前で、カッコつけたつもりか? ダッサぁ~」


 タレ目の男が「弁えて消えろや」と、足先で年配の男性を小突き回す。


「あ……やめっ――ごめん、なさいっ……誰か、助けっ……」

「おらおらおらおら~♪ ローキック、ローキック♪ あ、みなさ~ん! これは暴力事案じゃなくて、動画企画の撮影っす! だから、心配しないでくださーい!」


 続いて茶髪の男が、低姿勢で、苦笑まじりに頭を下げる。


「いやぁ皆さん、お騒がせしてすみません! 企画ありきの身内の揉め事みたいなものなんで、スルーでお願いします!」


 ひぃぃ、と。

 年配の男性はこけつまろびつ、退散していった。

 これを見ていた周囲の者たちは、関わる気力を完全に喪失していた。


〝誰か人、呼んでこいよ……〟


 こう囁き合う者はいるが、積極的にどうこうしようとする者はいない。

 しかも企画――〝やらせ〟だと主張されると、介入しにくい。

 虎葉も今ので、完全に萎縮してしまっていた。

 誰かに助けを求めれば――誰かを、巻き込んでしまうかもしれない。

 男たちもそこにつけ込もうとしたのか、


「……ここだと観光を楽しんでる皆さんのメーワクになっちゃうよなぁ? 場所、変えよっか? ねぇ? 自発的にくる? それとも俺が、男気でつれてった方がいい? きみに任せるわ」

「わ、わた……し……」

「あれ? この子、怯えてんじゃね!? かわいそ~! でも、小動物みたいでかわいい♪」

「はは、キャラ作ってんじゃなけりゃな」


 どう、すれば……。

 虎葉は混乱していた。

 こんなことは――初めてに、近くて。

 怖い。

 その時ふと、思いつく。


(そうだ――槇嶋様から貸していただいた、スマートフォン……ッ)


〝こちらから絢人様かわたしのスマートフォンに、繋がるようになっていますので〟


(ご迷惑かも、しれないけど……ッ)


「――――――――」


 なぜだろう。

 以前の自分だったら。

 皇泉院絢人に――お義兄様に自分から、電話だなんて。


 恐れ多くて。

 自信もなくて。

 勇気なんて――持ちようもなくて。

 絶対、できなかった。

 なのに今は……本当に、なぜだろう。

 今のお義兄様にかけるのを……


 怖いとは、思えなくて。


 もちろん恐れ多さはあるけれど。

 だけど――頼ってもいいのかもしれない、なんて。

 思えてしまっている自分に、とても驚く。

 ただ、それだけじゃない。

 ここで何もしなければきっと、もっと迷惑をかけてしまう。

 お義兄様たちに。

 虎葉は、思い切って電話を――


「はーい、没収~」

「あ……」


 通話ボタンを押したところで、茶髪の男にスマートフォンを取り上げられてしまった。


「か、返して……くださいっ……」


 茶髪の男が画面のボタンを押し、発信を切る。

 虎葉が必死に手をのばすと、茶髪の男は手を高く上げた。

 身長差で、スマートフォンに届かない。

 しかし虎葉は一生懸命背伸びをし、手をのばす。


「お願い、します――返して、ください……っ」

「おーおー、がんばれがんばれ~♪ 必死な姿も、かわいーじゃん♪」

「大切な、ものなんですっ……とても……っ」

「そりゃあこんな高そうなスマホだもんねぇ? あ、でもきみ雰囲気的にお嬢様かな? だとしたらぁ……もしかして、大好きなパパに買ってもらったスマホとか?」


 タレ目の男が、


「だとしたらファザコンじゃん! おれも将来、こんなかわいー娘ほしいわ!」


 ――、……はぁ、はぁ。

 虎葉は、息があがってきた。


 どうしたら、いいのだろう……。


 そこでもう一つ、思いつく。

 もしかしたら、と虎葉はそれを試みた。


「わ、私は……お……皇泉院、です……」


 皇泉院の名。

 これが、通用するかもしれない。

 しかしその淡い期待は、無慈悲に打ち砕かれた。


「は? おうせ……おんせんいん? なに? 温泉行きたいの? あ、じゃあこれから俺たちと四人で温泉行こっか♪」

「え――」

「お! いーじゃんそれ、賛成~!」

「せっかくだし高ぇ宿、取ろうぜ! カラD、ガチで再生数回りまくって稼いでるもんな! その温泉旅行も撮影して、経費でいっちゃう!?」


(あ……)


 だめだ。

 皇泉院の名を出しても……まるで、効果がない。

 それに……この場を切り抜けるためとはいえ。


 自分が皇泉院を、名乗るだなんて。


 おこがましいにも――ほどがあるのかもしれない。


 その時ふと……とある言葉が、脳裏をよぎった。




〝虎葉様は皇泉院の名を冠するかたでございます〟




「――――――――」


 ……皇泉院だと、言ってくれた。

 槇嶋様。

 そして――お義兄様も。

 その言葉を否定することなく、蕎麦団子を注文した。

 注文して、くれた。

 まがいものだとは言わずに。

 それは……


 認めてくれた、ということではないのか。


 端っこも端っこの存在だとしても、虎葉も〝皇泉院〟だと。

 だとすれば……もしこんな自分をお義兄様が目にしたら。

 あの人は、どう思うだろう。

 ほんのわずかであっても――認めてくださったのかも、しれないのに。

 虎葉は、顔を上げた。


「お、どうしたの~? 覚悟、決めちゃったみたいな顔して……あ、温泉ガチで行く? いいよ~お泊まりけって~♪ じゃあそろそろ、名前教えてよ」

「――ぃ――す」

「は? なに?」


 声が小さい。

 もっと……大きく、話さないと。



 



 せめて、恥じないように。  

 当然、お義兄様のようには振る舞えないけれど。

 せめてあの人を――



 がっかりだけは、させないように。



 たとえお義兄様が見ていなくとも。

 振る舞おう――毅然と。

 あの人に届いたかもしれない……私のこの勇気を、振り絞って。


「お願いします」


 背筋をのばして姿勢を正したあと、虎葉は深く一礼した。

 そして――はっきりした声で、言った。



「返して、ください」



 一瞬、時が止まったような間があった。

 しかし次の瞬間、茶髪の男が大仰に騒ぎ出した。


「う――うおぉぉおおおおっ!? すっげぇ!? なに、この子!? 俺の周りにはマジいないタイプだわ! キャラ作ってるんじゃなければ……ガチの掘り出しもんかも!? ぜってぇ今日、モノにする!」

「つーかきみ、一人で来てんの? 一緒に来てるおねーさんとかいない? 姉妹ならぜってぇ美人でしょ? いたら紹介してよ~? おれたち、あのカラDご一行だよ~?」


 頭を下げたまま虎葉は、小刻みに震えていた。

 けれど――もう一度、言う。


「大切な、ものなんです。返して――ください」


 もしここで情けなく泣き喚いてしまったら。

 それはもう、皇泉院ではない。

 だから――


「わかったわかった! じゃあ返してやるからさ~、とりあえずおれらの車の方――」







「――







(……え)


 虎葉は、目を見開く。


(この声……)


 顔を、上げる。


 そこには、タレ目の男と虎葉の間に立つ――見覚えのある、背中姿。


「……お義兄、様」



 皇泉院絢人の姿が、あった。



 タレ目の男が痛みに耐える顔で自分の右肩をおさえ、絢人に喰ってかかる。


「い、いてぇって……そっちからぶつかってき――」


?」


「うっ……」


 タレ目の男が気圧された反応をし、青ざめた顔で絢人を見上げる。

 虎葉の位置から絢人の表情は見えない。

 けれどその声は。

 この軽イ沢に来て――初めて聞く、とても冷たいものだった。

 聞いた者の大半が、きっと震え上がるような。

 なのに――どうしてだろう。

 どうして私は……。

 こんなにも、温かい気持ちで……



 泣いて、いるのだろうか。



「で、テメェら極まった雑魚どもが……」


 民を見おろす皇帝然として、皇泉院絢人が問うた。







?」









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