冷たくて、温かい
申し訳ございません、今回3日以内の更新は難しかったです……。
◆◇【 現在の世界 ~皇泉院虎葉~ 】◆◇
絢人たちから離れたあと、虎葉は目的の場所へ向かっていた。
それは、左手側に芝生が広がる石畳の通路を歩いている途中だった。
突然、三人組の男たちから声をかけられた。
嫌な予感がした。
だから聞こえなかったことにして、通り過ぎようとした。
けれど、
「はーい、待ってくださーい」
通せんぼを、されてしまった。
引き返そうとしたけれど、そちらにも別の男が立ち塞がる。
茶髪のピアスをした男が詰め寄ってきて、見下ろしてきた。
「きみ、かわいいね」
「あの……急いで、いますので。時間が……約束……待ち、合わせの……」
「またまた~、嘘ついちゃってぇ~」
逃げるための口実だろぉ、と。
虎葉の退路を断ったタレ目の男が言った。
――嘘では、ないのに。
虎葉は困惑し――怯えた。
茶髪の男は微笑んで、無言で虎葉を見つめている。
彼にどんな意図があるのか、わからなかった。
「? あの……」
「あれ? え? わかんない? え~ショック……俺、けっこう有名だと思ってたんだけど……」
最初に虎葉を通せんぼした、腕にタトゥーのある男が笑う。
「カラD、自分が思うほど知られてないじゃん」
「うるせーよ。いいじゃん、俺のこと知らないってことは擦れてない子――そういう見識も、あるっしょ」
「一理ある」
ぎゃはははっ、と三人組が笑い合う。
虎葉は――足が竦んで、動けない。
心臓がキュゥッと縮まっている苦しい感覚。
一緒に、身体の肌という肌が内側へ向かって締まっている気すらする。
けれど……なんとかしなくてはならない。
思い切って虎葉は、周囲に助けを求めようとした。
「あのっ――」
貧血にでもなりかけているのか。
頭がちょっとだけ、ふらふらする。
でも、がんばらなくては。
――その時だった。
「こら! おにーちゃんたち、やめなさい! その子、怖がってるじゃないか!」
一人の年配の男性が駆け寄り、割って入ってくれた。
助けにきてくれたのだろうか。
「ぁ――ぁりが――」
虎葉はお礼を言おうとしたが――その一分後には、青ざめることになった。
「う、ぐ……ぁ……な、何をするんだぁ……っ?」
割って入った男性が鼻をおさえ、膝をついている。
三人組の一人にさっき、鼻を殴られたのだ。
彼を殴ったタレ目の男が、
「だ、大丈夫っすかぁオトーサン!?」
大げさに男の前で両足を広げ、両手を合わせ謝罪した。
「スンマセン! なんか盛り上がってたら、おれの手が当たっちゃったみたいで! オトーサン! すげぇかっこ悪いけど――だだだ、大丈夫なんすかぁ!?」
それは完全に、相手を小馬鹿にした態度だった。
ぎゃははははっ、と三人組が再び大声で笑う。
「ぁ、あの……」
虎葉は反射的に、年配の男性へ手を差し伸べようとした。
しかし、
「おっと」
タトゥー入りの男の太い腕で、阻止されてしまう。
タレ目の男がポケットに両手を突っ込み、年配の男性を見下ろす。
「しっかし……情けない上に、うっぜぇジジイだなぁ~? つーかてめー、この子じゃなかったら助けに入ってたか? ランク高い女子の前で、カッコつけたつもりか? ダッサぁ~」
タレ目の男が「弁えて消えろや」と、足先で年配の男性を小突き回す。
「あ……やめっ――ごめん、なさいっ……誰か、助けっ……」
「おらおらおらおら~♪ ローキック、ローキック♪ あ、みなさ~ん! これは暴力事案じゃなくて、動画企画の撮影っす! だから、心配しないでくださーい!」
続いて茶髪の男が、低姿勢で、苦笑まじりに頭を下げる。
「いやぁ皆さん、お騒がせしてすみません! 企画ありきの身内の揉め事みたいなものなんで、スルーでお願いします!」
ひぃぃ、と。
年配の男性はこけつまろびつ、退散していった。
これを見ていた周囲の者たちは、関わる気力を完全に喪失していた。
〝誰か人、呼んでこいよ……〟
こう囁き合う者はいるが、積極的にどうこうしようとする者はいない。
しかも企画――〝やらせ〟だと主張されると、介入しにくい。
虎葉も今ので、完全に萎縮してしまっていた。
誰かに助けを求めれば――誰かを、巻き込んでしまうかもしれない。
男たちもそこにつけ込もうとしたのか、
「……ここだと観光を楽しんでる皆さんのメーワクになっちゃうよなぁ? 場所、変えよっか? ねぇ? 自発的にくる? それとも俺が、男気でつれてった方がいい? きみに任せるわ」
「わ、わた……し……」
「あれ? この子、怯えてんじゃね!? かわいそ~! でも、小動物みたいでかわいい♪」
「はは、キャラ作ってんじゃなけりゃな」
どう、すれば……。
虎葉は混乱していた。
こんなことは――初めてに、近くて。
怖い。
その時ふと、思いつく。
(そうだ――槇嶋様から貸していただいた、スマートフォン……ッ)
〝こちらから絢人様かわたしのスマートフォンに、繋がるようになっていますので〟
(ご迷惑かも、しれないけど……ッ)
「――――――――」
なぜだろう。
以前の自分だったら。
皇泉院絢人に――お義兄様に自分から、電話だなんて。
恐れ多くて。
自信もなくて。
勇気なんて――持ちようもなくて。
絶対、できなかった。
なのに今は……本当に、なぜだろう。
今のお義兄様にかけるのを……
怖いとは、思えなくて。
もちろん恐れ多さはあるけれど。
だけど――頼ってもいいのかもしれない、なんて。
思えてしまっている自分に、とても驚く。
ただ、それだけじゃない。
ここで何もしなければきっと、もっと迷惑をかけてしまう。
お義兄様たちに。
虎葉は、思い切って電話を――
「はーい、没収~」
「あ……」
通話ボタンを押したところで、茶髪の男にスマートフォンを取り上げられてしまった。
「か、返して……くださいっ……」
茶髪の男が画面のボタンを押し、発信を切る。
虎葉が必死に手をのばすと、茶髪の男は手を高く上げた。
身長差で、スマートフォンに届かない。
しかし虎葉は一生懸命背伸びをし、手をのばす。
「お願い、します――返して、ください……っ」
「おーおー、がんばれがんばれ~♪ 必死な姿も、かわいーじゃん♪」
「大切な、ものなんですっ……とても……っ」
「そりゃあこんな高そうなスマホだもんねぇ? あ、でもきみ雰囲気的にお嬢様かな? だとしたらぁ……もしかして、大好きなパパに買ってもらったスマホとか?」
タレ目の男が、
「だとしたらファザコンじゃん! おれも将来、こんなかわいー娘ほしいわ!」
――、……はぁ、はぁ。
虎葉は、息があがってきた。
どうしたら、いいのだろう……。
そこでもう一つ、思いつく。
もしかしたら、と虎葉はそれを試みた。
「わ、私は……お……皇泉院、です……」
皇泉院の名。
これが、通用するかもしれない。
しかしその淡い期待は、無慈悲に打ち砕かれた。
「は? おうせ……おんせんいん? なに? 温泉行きたいの? あ、じゃあこれから俺たちと四人で温泉行こっか♪」
「え――」
「お! いーじゃんそれ、賛成~!」
「せっかくだし高ぇ宿、取ろうぜ! カラD、ガチで再生数回りまくって稼いでるもんな! その温泉旅行も撮影して、経費でいっちゃう!?」
(あ……)
だめだ。
皇泉院の名を出しても……まるで、効果がない。
それに……この場を切り抜けるためとはいえ。
自分が皇泉院を、名乗るだなんて。
おこがましいにも――ほどがあるのかもしれない。
その時ふと……とある言葉が、脳裏をよぎった。
〝虎葉様は皇泉院の名を冠する方でございます〟
「――――――――」
……皇泉院だと、言ってくれた。
槇嶋様。
そして――お義兄様も。
その言葉を否定することなく、蕎麦団子を注文した。
注文して、くれた。
紛いものだとは言わずに。
それは……
認めてくれた、ということではないのか。
端っこも端っこの存在だとしても、虎葉も〝皇泉院〟だと。
だとすれば……もしこんな自分をお義兄様が目にしたら。
あの人は、どう思うだろう。
ほんのわずかであっても――認めてくださったのかも、しれないのに。
虎葉は、顔を上げた。
「お、どうしたの~? 覚悟、決めちゃったみたいな顔して……あ、温泉ガチで行く? いいよ~お泊まりけって~♪ じゃあそろそろ、名前教えてよ」
「――ぃ――す」
「は? なに?」
声が小さい。
もっと……大きく、話さないと。
皇泉院として。
せめて、恥じないように。
当然、お義兄様のようには振る舞えないけれど。
せめてあの人を――
がっかりだけは、させないように。
たとえお義兄様が見ていなくとも。
振る舞おう――毅然と。
あの人に届いたかもしれない……私のこの勇気を、振り絞って。
「お願いします」
背筋をのばして姿勢を正したあと、虎葉は深く一礼した。
そして――はっきりした声で、言った。
「返して、ください」
一瞬、時が止まったような間があった。
しかし次の瞬間、茶髪の男が大仰に騒ぎ出した。
「う――うおぉぉおおおおっ!? すっげぇ!? なに、この子!? 俺の周りにはマジいないタイプだわ! キャラ作ってるんじゃなければ……ガチの掘り出しもんかも!? ぜってぇ今日、モノにする!」
「つーかきみ、一人で来てんの? 一緒に来てるおねーさんとかいない? 姉妹ならぜってぇ美人でしょ? いたら紹介してよ~? おれたち、あのカラDご一行だよ~?」
頭を下げたまま虎葉は、小刻みに震えていた。
けれど――もう一度、言う。
「大切な、ものなんです。返して――ください」
もしここで情けなく泣き喚いてしまったら。
それはもう、皇泉院ではない。
だから――
「わかったわかった! じゃあ返してやるからさ~、とりあえずおれらの車の方――」
「――ってぇな」
(……え)
虎葉は、目を見開く。
(この声……)
顔を、上げる。
そこには、タレ目の男と虎葉の間に立つ――見覚えのある、背中姿。
「……お義兄、様」
皇泉院絢人の姿が、あった。
タレ目の男が痛みに耐える顔で自分の右肩をおさえ、絢人に喰ってかかる。
「い、痛ぇって……そっちからぶつかってき――」
「あ?」
「うっ……」
タレ目の男が気圧された反応をし、青ざめた顔で絢人を見上げる。
虎葉の位置から絢人の表情は見えない。
けれどその声は。
この軽イ沢に来て――初めて聞く、とても冷たいものだった。
聞いた者の大半が、きっと震え上がるような。
なのに――どうしてだろう。
どうして私は……。
こんなにも、温かい気持ちで……
泣いて、いるのだろうか。
「で、テメェら極まった雑魚どもが……」
民を見おろす皇帝然として、皇泉院絢人が問うた。
「オレの連れに、なんか用か?」




