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悪帝の楽園  作者: 篠崎芳
10/22

悪帝の決意



 新幹線の席には、三人並んで座った。


 窓際が絢人。

 真ん中が虎葉。

 通路側が玲雄奈。


 指定席とはいえ3席横並びなら基本、席の交換は自由。

 席はなんとなく流れで決まった。

 ただお手洗いに行く時、窓際が最も移動しにくい。

 なので、絢人は自分を窓際にしたのもある。

 他の二人が気軽に行けるように、である。

 それと多分――玲雄奈が虎葉の心情を察した。

 絢人の隣に座りたいのだろうな、と。

 玲雄奈は自然な言い方で虎葉に真ん中の席を促した。

 虎葉は、若干戸惑いながらもお礼を言って座った。


「…………」


 冷酷執事とは、一体……。


 絢人は窓際の小物を置く狭いスペース(と認識している)ところに軽く肘を預け、寄りかかり気味に座っていた。


(これ……グレードの高い車両だったらスペースが広いから、もっと皇帝っぽくカッコ良く座れたのかな……? この長い脚をもっと、どっしり組んだりとか……)


 などと思いつつ、視線を滑らせて隣の虎葉を見る。

 こうして隣の席で見ると、本当に綺麗な顔をしている。

 小顔で、頭の形も良い。

 それに、肌がきめ細かすぎる。

 多分――何も塗っていない。

 なのにまったく毛穴が目立たないなんてことが、ありうるのだろうか?

 やはりこれは美男美女の多数登場する『えすぷり』ならではなのだろうか?


(まあそれを言ったら、凶悪な雰囲気が強すぎてそっちが目立ってるだけで……絢人も恐ろしく美形なんだけどね……)


 その時、虎葉が不意にこちらを見た。

 しかし絢人と視線が合ってしまい、すぐに慌てて視線を膝に落とす。

 そして震える小声で、


「も、申し訳ございません……」


 そう謝罪を口にした。

 膝に両手を置いて縮こまる虎葉に視線を置いたまま、絢人は思う。


「…………」


 これはいかん、と。


(虎ちゃん、嫌がってるのとは違うけど……多分、ガチガチに緊張してる。到着までずっとあの状態だと、かわいそうだよなぁ……)


 一応、具合が悪い時は言ってね的なことは伝えたけれど。

 しかし――なんと声をかけたものか。

 さすがに、


〝到着するまで雑談トークで盛り上がろうぜ! まあなんていうか、話してるうちに着くっしょ!〟


 というわけにも、いかない。

 その時、


「虎葉様」


 そう声をかけたのは、玲雄奈。

 玲雄奈が自分に話しかけるとは想定してなかったのか。

 虎葉は反応が遅れた。


「――は、はいっ……な……何か……」

「こちらをお渡ししておきます」


 メインのでかい荷物は、席の上の荷物置きにのせてある。

 ただ、玲雄奈はそれと別にトートバッグを足もとに置いていた。

 彼はそこから取り出したものを、虎葉に差し出す。


「酔い止め薬と、それを飲むためのお水です」


 お水は、小さめのペットボトル。

 薬とペットボトルはサイズのちょうどいいビニール袋に入っていた。


「あ、あの……槇嶋様……」


 虎葉は遠慮がちに言いつつ、押しつけられるようにビニール袋を受け取る。

 玲雄奈は「それから――」と言い、


「よろしければ、こちらのスマートフォンと無線のイヤホンをお使いください。虎葉様の好みかはわかりませんが、ヒーリングミュージックやクラシックが聴けるようになっております。他にもいくつか、1年前~最近の流行の曲も入っております。ご到着まで時間もありますし、少しはお暇も潰せましょう。操作はこちらを」


 スマートフォンの下部に、小さなメモ紙が添えられている。


「あの……よろしいの、でしょうか? 私などに、そんな……」


 一瞬、虎葉が様子でもうかがうみたいに絢人を見る。

 絢人は、


「おい、玲雄奈」

「も、申し訳ございません。勝手な真似を――」

「よくやった」

「あ――」

「テメェの準備のよさ……さすがは、このオレの執事ってとこか」


 玲雄奈は言葉を噛み締める顔をしたあと、かすかに口もとを緩めた。


「そうおしゃっていただけて……ありがたく思います」

「…………」


(ナイスすぎるよ、玲雄奈さん……! ありがとう!)


 槇嶋様、と。

 虎葉が(狭い席の中で精一杯)玲雄奈に身体を向ける。

 次いで彼女は、丁寧に一礼した。


「ぁ、ありがとうございますっ……お心遣い、感謝いたしますっ……」



     ▽



 使わないと悪いと思ったのかもしれないけれど。

 今、虎葉は無線イヤホンを耳につけ、目を閉じて音楽を聴いている。

 緊張が完全に解けているとまでは言えない。

 が、口もとには薄らとだが笑みも浮かんでいる。


「…………」


 それにしても、と絢人は思う。


(はぁ……虎ちゃん、可愛いなぁ……)


 なんというか。

 あの皇泉院虎葉がこうして、絢人の隣で微笑んでいられる時間。

 原作を知る者としては、尊い時間と感じてしまう。

 まあ――


「――ぁっ……も、申し訳……ございませんっ……」


 たまに絢人の方を見てあせあせ照れる姿は、ご愛敬。

 と、玲雄奈が上着のポケットからスマートフォンを取り出した。

 彼はディスプレイに視線を落とし、


「絢人様、お電話が……通話はデッキまで出なくてはなりませんので、よろしいでしょうか?」

「……ああ」


 ん?

 あれ?

 今の目配せ……。

 もしかして……電話がかかってきたわけじゃない?


(デッキまで出て話したいことがある……そういう、ことかな……?)


 虎葉が一度立ち、席から通路に出る。


(席から立ち上がる仕草も、上品だけどちょこちょこしてて愛らしいなぁ……)


 絢人の心の声がまさかそんなだとは夢にも思っていまい虎葉を残し、二人はデッキまで出た。


「――で、なんか虎葉に聞かれたくねぇ話でも?」


 絢人らしく、面倒臭そうに言う。

 玲雄奈は、尊敬の念を強めて答えた。


「さすがは絢人様。電話の要件でないのは、お気づきでしたか」

「チッ……あんなもんは、誰にでもわかるだろうが。オレに電話なら、おまえまで付いてくる必要もねぇしな」


 ――嘘です、確信まではなかったです。


 ただ、とりあえず皇泉院絢人の〝らしさポイント〟は稼げたようだ。

 ガタゴト揺れる床の振動を感じながら、壁に寄りかかる絢人。

 鋭く、尋ねる。


「虎葉のことで何か、懸念でもあるか?」

「――出発前にも話しましたが……今回、わたしたちの移動に際して虎葉様をご同行させたことは、黒薔薇様の知るところになるかと思います」


 本来、虎葉が指定された時間はもっと遅かった。

 だからこのままだと虎葉は指定時間より早く到着することになる。

 つまり、この時点で黒薔薇の指示を無視していることになる。

 逆鱗に触れる可能性が高いかもしれない、というわけだ。

 絢人は出入り口のドアに嵌め込まれた窓から見える景色を眺め、


「……別に、隠す気もねぇがな」

「もちろん他でもない絢人様のご決定です。あのかたもそこまで強く咎めることはないでしょう。しかし……万が一がございます。虎葉様は、その……」

「厳正が、関係してるからか」

「はい」


(まあ黒薔薇さんからしたら、虎ちゃんは夫の浮気相手の娘だもんなぁ……でもなぁ……それって別に、虎ちゃん悪くないよね?)


 玲雄奈が続ける。


「ですので、もしかしたら絢人様でも今回は何かあるかもしれません。もしそうなりそうな場合は――このたびの虎葉様の一件、わたしがすべてを被ります」

「…………」

「そしてそうなった場合、できるだけその場でわたしに話を合わせていただければと……その共有を、事前にと――」


 クク、と。

 俯きがちに、絢人は嗤う。


「絢人、様?」

「つまらねぇ心配をしやがるんだなぁ。このオレの、執事ともあろう男が」

「あっ、申し訳――」


 顔を上げる絢人。

 壁に背を預けたまま、ポケットに両手を突っ込む。




「虎葉にもテメェにも……手も口も、出させやしねぇよ」




「絢人、様……」

「虎葉もテメェも、黒薔薇の所有物じゃねーだろ。どっちかと言やぁ、二人ともこのオレの所有物だ。そうだろ?」

「……はい」

「クク……つーかどいつもこいつもよ、黒薔薇にビビりすぎなんだよ。ま……オレ以外の連中から恐ろしい女だと思われるのも、わかると言えばわかるがな」


 そして、


(ぼくは――)


 知っている。


 だって――読み込んだのだから。


 設定資料集も。

 フェア限定の特典SS(ショートストーリー)も。

 駆けずり回って、特典のために関連本やグッズを買った。

 時にはプレミア価格であってもなんとか手を尽くし、入手した。


 特に、皇泉院絢人関係の特典ストーリーは。


 そのおかげか、



 ――つもりだ。



 あるいは――



 、自分は持っているかもしれない。



 これは――武器になるのではないか。



「だから……心配には及ばねーよ。ま……テメェの忠誠心を再確認できたのだけは、収穫だったか。裏切る心配がない腹心ってのは、貴重な存在だしな」


 海外のマフィアの話なんかで、聞いたことがある。

 できるだけ幹部を家族や親族で固める、なんて話を。

 絶対ではないが、その方が裏切る可能性が低くなる。

 シノギが大きくなってくると、裏切りも発生しやすい。


 ゆえに――信頼の置ける仲間ほど、貴重な存在はない。


 ……アヤトの場合は、その学びを得たのがマフィア映画からだったが。


 絢人の言葉を聞いた玲雄奈は、


〝自分は、何を馬鹿なことを……〟


 そんな自責的を帯びた微笑みを浮かべ、


「ありがたき、お言葉でございます……」

「チッ……戻るぞ」

「はい」


 自動ドアが開き、席の方へ向かう。


 ……そうだ。


(虎ちゃんも、玲雄奈さんも)



 今、おそらく自分は――原作以上にこの二人を、好きになっている。



 そして今の自分には、二人を守れるだけの力と立場がある――はずだ。


 自分の中にある皇泉院絢人らしさを崩すつもりはない。

 けれど……





(二人が傷ついたり悲しんだりするようなことを――させるつもりも、ない)



 




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