ぼくの大好きな悪帝
オリジナル恋愛アニメ――『エスケェプ、リミックス』
通称『えすぷり』
泉アヤトは最初、姉のアヤネから勧められて『えすぷり』を見はじめた。
訂正――半ば、強引に鑑賞させられた。
が、シーズン1が終わる頃には……
ドハマりしていた。
見事に、ハマった。
姉以上に。
アヤトがはじめて『えすぷり』に触れた時、本編はもうシーズン3(三期)の終了間近だった。
月額の動画配信サイトで、最新配信回まで一気見した。
大学が夏休みだったのも幸いした。
寝食を忘れ、見入った。
というか、最新話まで見たあとシーズン1からまたもう一周した。
で、時が経ちシーズン4が放送(配信)開始。
物語はどんどん動いていく。
毎話放送されるたび、アヤトは興奮の嵐に包まれまくっていた。
〝ああもう『えすぷり』がないと、生きていけない!〟
姉はそんなアヤトを見て、
〝まさかあんたの方がここまでハマるとはねぇ……あたしも『えすぷり』は好きだけど、あんたと違ってブルーレイ買うとこまではいかないわ〟
そう、アヤトは貯金を崩してブルーレイを揃えた。
そこらで配信されまくってるのに、である。
なんというか――所有したくなったのだ。
ブルーレイを。
いや、これが俗にいう〝お布施〟という感覚なのか。
もちろんグッズも追った。
これがなんというか……とにかく、楽しいのである。
人生に熱が灯った、というか。
〝あんたの取り柄は、異常なくらい人がイイってくらいしかないね〟
姉からもそう太鼓判を押されている人生。
周囲からもよく似たことを言われる。
自分が人から褒められる点なんて、そのくらいしかない。
確かに――自分にこれといった取り柄は他にない。
俗に言う”イイ人”だったおかげで損したことも数知れず(姉談)。
ともあれ、そんなこんなでシーズン4の最終話が迫ってきていた。
同時にその頃、ネット上で囁かれはじめた噂……
〝リークによると、どうやら次がファイナルシーズンらしい〟
しかし情報元は明らかにはされていない。
でも、ガセではない可能性だって残されている。
(そっか……もし次がファイナルシーズンだったら、その放送後はもう新しい皇泉院絢人には会えなくなるのか……)
皇泉院絢人。
作中で悪役側に置かれているキャラである。
傍若無人。
唯我独尊。
最悪――最凶。
彼を表現するには、色んな言い回しがある。
そしてその中で最も代表的な呼称はやはり、これであろう。
〝悪帝〟
作中のメイン舞台――白鐘学園(正式には〝学園〟のあとに〝第一〟がつく)。
異世界ファンタジーではなく、現代を模した世界が舞台。
この白鐘学園には〝五帝〟と呼ばれる生徒たちが存在する。
善帝
冷帝
暴帝
壊帝
そして――悪帝。
わかりやすく言うと作中で目立つハイスペックキャラ五名。
レギュラー~準レギュラー的ポジションのキャラたち。
その五帝の一人が悪帝こと、皇泉院絢人なのである。
皇泉院絢人は超でかいグループ企業を創業した旧家の御曹司。
そして、権力とかむっちゃ持ってる家柄のドラ息子キャラでもある。
で、この絢人君は――ほんと〝悪い〟。
悪いのだが……。
意外とディープなファンが、いたりもして。
超絶イケメンだが、超絶コワモテ。
凶悪オーラがイケメン力を覆い、弱めてしまっている。
そしてとにかく、自分勝手。
欲望に素直とも言う。
よくわからない理由で暴力を振るったりするし。
基本、冷たい(ってか冷酷だ)し。
絢人に仕えてる執事も途轍もなく冷たくて怖いし。
家の権力も(もみ消しとかに)平気で使いまくるし。
というか、義妹を除くと皇泉院の人々はみんな〝悪い〟感じなのである。
ファンの間では、皇泉院は〝悪の巣窟〟とまで言われる始末……。
――とまあ、そんなわけで。
作中、何かとこの男が主人公たちの障害となったりする。
ただアヤトは――実を言うと、この皇泉院絢人のファンだった。
まず名前が同じ”あやと”なのですごく親近感がある。
苗字だって同じ”泉”の字が入っている。
こんな程度のことだが、すごく親近感を覚えたのだ。
そして何より――うらやましかった。
そう、羨望だ。
自分は所詮”イイ人”以上の評価はされない人間。
人畜無害。
平々凡々。
脇役人生。
どころか”イイ人”のせいで、たくさん損もしているらしい(姉談)。
他にもある。
性格的に、言いたいことを言えないことが多い。
行動したいと思っても、行動できないことが多い。
だけど――皇泉院絢人は違う。
自分の思うまま。
言いたいことを言うし、やりたいことをやる。
実行、してみせる。
〝一度くらい、あんな風に生きてみたいなぁ〟
だから皇泉院絢人は、泉アヤトの憧れ。
(まあ……もうちょっと絢人に優しさがほしいなと思う時も多々、あるにはあるんだけど……)
ともあれ、
(……ファイナルシーズン、かぁ)
ベッドに寝そべり天井を見つめ、しみじみする。
(そういや……結局、ラスボスは誰なんだろ……)
この『えすぷり』には一つ、物語を引っぱる大きな謎が存在する。
〝ラスボスは誰か?〟
これが物語最大の謎として制作側から提示されている。
オリジナルアニメなので元となる原作はない。
だからどこを探してもラスボスが誰かは、わからない。
原案や脚本は謎の創作集団〝花園会〟が担当。
彼らは表への露出がびっくりするほどない。
インタビュー記事はたくさんあるが、今まで誰も顔出しをしていない。
年齢や性別も非公開。
この大情報化時代に、である。
関係者にも箝口令が敷かれているという噂だ。
このミステリアスさが逆にウケている、という説もあるが――
(う~ん、ラスボス……ラスボスかぁ)
候補は一応たくさん登場している。
当然、皇泉院絢人も候補の一人。
(絢人なら、それはそれで嬉しいような……でも、複雑なような……)
▽
そんなこんなで時が流れ――
シーズン4最終話の放送日が、近づいてきた。
というか、気づけば今日放送なのである。
時が経つのは早い。
年を取るとそれがもっと早くなるぞ、とは父親談。
さて、
「ねえさん、おはよ」
「あーおはよー」
「……いよいよ、今日だね」
「……なんかあったっけ、今日?」
「ちょっと! 今日は『えすぷり』シーズン4最終話の、放送日!」
「あーそっか。やっぱ一応は気になるしねー。さすがにあたしも見るかなー。ま、どうせ録画すんでしょ? あとでそれ見して」
「いやいや、ファンならリアルタイムで見ようよ!?」
「ほんとファンの鏡みたいなやつに育ったな、貴様」
そうして――その日の夜。
今日は土曜。
明日は休み。
ぱーふぇくと。
夜更かし、バッチコイ。
(あーもう、土曜放送に感謝します。どこに感謝の祈りを捧げればいいでしょうか? 神ですか? 製作委員会の方々ですか? 制作会社さま? テレビ局? 花園会? 全国のファンの皆さま? それとも、海外ファンの皆さま? とにかく、感謝します……うぅ……)
まだ放送も、はじまってないのに。
感動のあまり泣けてきた。
まだ放送も、はじまってないのに。
感謝で人は泣ける。
また一つ、アヤトは賢くなった気がした。
(あぁ……けど、なんかちょっと眠くなってきた……一日中興奮してたせいかも。この眠気のまま、記念すべきシーズン4最終話の視聴は……忍びないなぁ……ていうか、それは耐えがたい。今日の『えすぷり』は、ちゃんと冴えた頭で見たい……)
仮眠。
仮眠だ。
仮眠を取ろう。
仮眠しか、ない。
「スマホと置き時計で、目覚ましアラームを二段構えにセットしてっと……よし。部屋の電気は――点けとくか。深い眠りによる爆睡だけは、なんとしても避けねば……」
独り言を口にしつつ、ベッドに寝そべる。
ボフッ!
(……はぁ、ドキドキする。シーズン4の最終話……ついに、くるんだ。しかも放送後に、次のシーズンがどうなるかの発表もあるだろうし……噂の真相も、そこで判明するはず。あぁ、ドキドキする……ドキドキするけど……眠い……なんでこんなに眠いんだってくらい……ね、眠い……ていうか、もはや永眠するんかい!って……くらい、の……勢い、で……、――ね、……眠、い―――――、……)
こうして泉アヤトは、眠りについた。
そして――
明らかに部屋のLED照明とは違う謎の光が室内に広がっていくのを、この時、自分が気づいていたかどうか――泉アヤトが、思い出すことはなかった。




