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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第二十六話 願い事

 熾烈を極める綺羅と南視の戦闘は、常に校舎の外壁付近で繰り広げられていた。

 綺羅のスピードを活かすには、遮蔽物の少ない開けた中庭や校庭が適している。逆に、接近戦を得手とする南視は、狭い校舎内で戦うのが向いている。

 お互いに得意な地形を押し付け合った結果、戦場は自ずとその境界線である校舎の外壁付近に落ち着く。


「伐空!」


 校舎内の教室から南視が放った、無数の飛翔する斬撃。

 圧倒的な射程を以て放たれた斬撃達は、校舎の一角をバラバラに切り落とす。

 崩落した教室。数多の瓦礫となって崩れ落ちる教室の中で、綺羅は瓦礫の一つを蹴り出し、南視へとぶつける。

 軽く剣を薙いで防御した南視に対し、綺羅は一気に接近。

 右手で綺羅の右手首を掴み、一時的に剣の動きを制限した。

 剣を封じた南視に対して、鳩尾への掌底を叩き込もうとした綺羅。光速躯体での超高速を誇る彼女に先んじて、南視は綺羅の顔面に左手の手刀を叩き込んだ。


(手刀!? 何今の!? 普通にほっぺ切れてるし!)


 南視が咄嗟に放ったのは、普段は手刀による剣技の再現。

 技として確立されてすらいない、南視が抜群のセンスに任せてアドリブで繰り出した一閃である。

 そんな無茶苦茶な技ながらも、綺羅の頬に浅い裂傷を刻み、校舎の外へと弾き出すには十分だった。

 綺羅は落下していく瓦礫を足場に、上へ上へと跳躍し、学校の屋上にまで跳び上がる。

 屋上のフェンスを背にして立ち、頬の傷から流れる血を拭った。


(さっきから治癒魔術の効きが悪くなってる。もう時間が無いんだ。いつネトゥリエムの魔力が尽きてもおかしくない)


 屋上に逃げた綺羅を追うように、南視も瓦礫を蹴って跳ぶ。

 フェンスの外とはいえ、屋上に着地した綺羅とは違い、南視は屋上を一望できるほどの上空にまで跳び上がった。


(さっきの手刀で感覚は掴みました。今の私なら左手でも剣を振れる。鈍った右手のペースに慣れた彼女なら、左に持ち替えて切り刻める)


 空中に舞った南視。

 夜空に浮かぶ三日月を背に剣を構える少女は、本来利き手ではない左の掌で、剣の柄を握っていた。

 月光の眩しさに、綺羅は目を細める。


(次で決めるしかない。自壊覚悟で加速する。心臓刺した北神も治るって言ってたんだ。多分、私も何とかなる)


 確かな策を以て殺し屋を待ち受ける剣士に対し、綺羅は自殺じみた特攻以外の勝機を見出せない。

 それでも、彼女は輝いた。

 その身が地上からは見えない七等星だとしても、今だけは一番星になれると信じて。

 綺羅の身体が光を宿す。光と化して、コンマ一秒後の超疾走への覚悟を決める。

 そんな彼女の背中から聞こえた、声。


「三日月先輩!」


 屋上まで校舎の階段で駆け上がって来た北神が、三日月南視を呼ぶ声だった。

 屋上への扉を勢いよく開けて、屋上の広場へと躍り出た北神。

 ノルニルと共に現れた北神は、一枚の絵画を抱えていた。


(ノルニルの精神魔術は視覚を媒介にする。だから、ほとんど目が見えない先輩には効果が薄い)


 ノルニルの精神魔術は、視覚を発動のトリガーとして用いる。

 最も分かりやすいのは、ノルニル自身と目を合わせること。

 どんな形であれ、精霊ノルニルの精神魔術には、見ることが発動の条件として組み込まれる。

 弱視の南視相手には、ほとんど効果が得られないはずの魔術だ。


(それでも、一つだけある。俺が先輩に見せる手段!)


 月夜に舞う南視に向けて、北神は一枚の絵を掲げる。

 それは、数か月前に北神が描いた絵画。

 南視が記憶喪失に陥ったその日に、徹夜で描き上げた洗導絵画(アートファタール)

 北神が唯一、見た者へ影響を与えるために描いた絵。意識して洗導絵画(アートファタール)として描いたもの。

 タイトルは『追憶』。北神の絵によって記憶を失った南視に、記憶を取り戻してもらうために北神が描いた絵。

 見た者が過去を追憶するような、配置、構図、色遣い。

 それは、思い出してもらうための絵画だった。


(前は、怖くて見せられなかった。俺の絵が人を傷付けるのが怖かった。先輩から記憶以上の何かを奪うのが怖かった。でも、今は――――)


 北神がこの絵を南視に見せることはなかった。

 北神が意識的に調整したとはいえ、洗導絵画(アートファタール)であることに変わりは無い。

 見た者にどんな影響が出るかは、実際に見せてみるまで分からない。

 この絵を見せることで、南視に出る影響は未知数だった。記憶を取り戻すのか、それとも、さらに何かを失うのか。

 後者を恐れた北神は、南視に絵を見せなかった。南視に忘却されることを選び、彼女の認識から消えることを受容した。

 『追憶』だけ処分せずに部室に保管していたのは、彼の未練の結晶である。


(おれ)を見てくれ! 先輩!」


 夜の屋上で叫ぶ北神。その側では、ノルニルが北神が掲げた絵に手を添えている。

 空中で剣を構えていた南視の視界に、北神の絵が映り込む。

 彼の描いた願いが、世界が、限りなく白に近い空色の瞳に、はっきりと映し出された。


「やっと、こっちを見たわな。ミナミ」


 北神の絵に突き刺さった南視の視線。

 その瞳を起点として、ノルニルの精神魔術が起動する。

 ノルニルが南視にかけた精神魔術は、裁架との戦闘で使用したものと同種。

 ノルニルが扱える精神魔術の中でも、最上級の精神混濁。被術者のトラウマを無意識の中から引っ張り出し、それを基にした悪夢で精神を揺さぶるというもの。

 南視は歴戦の剣士。精神魔術に対して、脳を魔力で守りプロテクトする術も持っている。

 しかし、ノルニルの精神魔術は世界規模で見ても一級品。加えて、北神の洗導絵画(アートファタール)は魔力を用いない現象のため、魔力によるプロテクトも意味を為さない。

 北神の絵とノルニルの魔術。

 少年と精霊が放った二種類の精神干渉は――――


「……望人君?」


 一瞬だけ、無敵の剣士をただの女子高生に引き戻した。

 北神の絵がもたらした結果か。それとも、ノルニルの精神魔術によって過去の記憶を刺激されたが故の産物か。

 どちらにせよ、南視の脳内で巻き起こった記憶の奔流は、暖かい激流となって押し寄せる。

 一年間の青い春。北神と過ごした穏やかな時間の記憶は、無秩序に溢れ返り、南視の脳をキャパシティオーバーに追い込む。

 それは、剣士(みなみ)の知らない記憶。

 かつての少女(みなみ)が知っていたこと。

 溢れ出す日常の記憶は、一瞬だけ、南視から戦いを忘れさせた。


「光速躯体……っ! 完全開放(フルスロットル)!」


 その一瞬、南視が見せた隙は、彼女とは思えないほど莫大だった。

 綺羅は地面を蹴り、南視の真上まで跳躍。真下で呆然とする南視に、蹴りの照準を合わせた。


(さっきの声……北神、来てるんだ。北神(きみ)がいる。北神(きみ)が見てる。それじゃあ――――)


 まるで、夜空に輝く一等星。

 今だけは誰よりも強い光を以て、綺羅の躰は星と化す。

 尾を引く軌道は彗星のように、描いた道筋は星座のように、叩き込む一撃は隕石のように。

 風にたなびくプラチナブロンド。その最中に覗くスカイブルー。夜空を駆ける色彩が、綺羅星の如く輝いた。


「勝たなきゃね」


 光速に達した身体と精神。

 振り下ろした蹴りは南視を捉え、遥か地表に叩き落とす。

 地面に叩きつけられた南視は意識を失い、仰向けになったまま動かない。その左手からは、剣が零れ落ちていた。

 同時、力を使い果たした綺羅も、屋上の地面へと落下していく。

 途切れそうな意識と、茫漠とした視界。何も見えず、聞こえなくなった世界で、浮遊感だけが体を包んでいる。

 そんな、茫漠とした感覚の中――――


「綺羅!」


 名前を呼ぶ声がした。

 誰かに抱き止められたような感触がして、浮遊感は消え去っていた。


(北神……)


 温かい。温かい何かに包まれて、体は眠りに落ちていく。

 瞼が落ちて、意識が落ちる。微睡みの中に消えていく精神が、最後に頭に思い浮かべたのは――――


(褒めて、くれるかな……)


 ずっと、彼女が抱いていた願い。

 当たり前だけれど特別な、七鉈綺羅の願い事だった。

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