第二十七話 剣士の追憶
あの夜から、一週間。
北神望人達は、キメラヒュームが用意した転移門により逃亡。未だ行方は掴めず、このまま雲隠れされたら追えないだろうと、三日月家は結論付けていた。
姉さんと交戦した僕は大怪我を負い、入院生活を余儀なくされていた。
待機命令をガン無視して姉さんとの戦闘に乱入。七鉈綺羅及び北神望人の逃亡を手助けした僕は、三日月家にからすればとんだ裏切り者。
戦闘員としての資格剝奪は免れない。これが七鉈家だったら、間違いなく海に沈められるレベルのやらかしだ。もしかすると、三日月家の刺客が僕を消しにくるかもしれない。
なんて、益体も無いことを考えながら、僕は病院のベッドに横たわっていた。
「……何考えてんだ、僕は」
病院の窓から外の景色を眺め、僕は意味の無い独り言を零す。
そう、意味が無い。
戦闘員としての資格剝奪も、三日月家の刺客を心配することも、今の僕にとって意味の無い出来事だ。
曲りなりにも、姉さんの剣技を正面から受けたのだ。僕の心肺機能は既におしゃか。戦闘は愚か、激しい運動すら制限される日々が続くだろう。
戦闘員としての資格を剥奪されずとも、剣士としての僕は死んでいる。
そして、僕に三日月家の刺客が送られることもない。
僕が戦闘に乱入したことを、姉さんは上層部に報告していないのだ。
どういう話になっているかは知らないが、今の所、僕にお咎めは無い。
「何、考えてるんだろうな。姉さん……」
あの夜以降、姉さんは少し変わった。
相も変わらずの無表情で、機械のような冷たさは抜けないけれど、ほんの少しだけ柔らかくなった気がする。
僕がダウンした後の戦闘で、洗導絵画を直視したらしい。
その影響か、記憶を失う前の姉さんらしい一面が、少しだけ垣間見えるようになっている。
記憶が完全に戻ったわけではない。あくまで断片的な追憶を体験しただけ。
依然、姉さんの記憶は大部分が失われたままで、彼女は過去の無い剣士として生きている。
別に、僕のことを思い出してくれたわけじゃない。
ただ、それでも――――
「名前、呼んでくれるかな」
少しだけ現実味を帯びた願いを口に出してみる。
すると、病室のドアが静かにノックされた。
するりと開く白いドア。静かな足取りで病室に入って来たのは、淡い瞳の少女。
「お見舞いに来ました。裁架」
それは、思ったより早く叶った願い。
私服姿の三日月南視が、僕の目には映っていた。
「……姉さん」
名前、覚えてくれたんだ。
しかも、お見舞いにまで来てくれるなんて。
もしかしたら、僕のことを思い出してくれたのかな。
ヤバい。何話したら良いんだろう。今までまともに喋る機会が無かったから、いざ話すってなると、話題が見つからな――――
「……あれから、色々思い出したんです。断片的な、記憶の欠片みたいな。全部思い出せたわけじゃなくて、一つ一つバラバラでまとまりが無くて。でも、私の記憶だって、何故だか確信できる、何か」
僕が横たわっているベッド。
そのすぐ横の丸椅子に腰かけた姉さんは、覚束ない口調で語り出した。
「その中に、貴方もいました」
ああ、なんて奇跡だろう。
もう一生届くことはないと思っていた何かに、指先が触れたような気がする。
「聞かせてくれませんか? 私のこと、貴方のこと……彼らのこと」
これから、どれだけ姉さんの記憶が戻るか分からない。
順調に取り戻していくのかもしれないし、これ以上記憶の回復は起こらないかもしれない。
未来はどうなるか分からない。
けれど、分からないなりに、進むべき道筋は決まった。
夜の闇を手探りで進むような道のりだけれど、行くべき方向は月の光が照らしてくれる。
「うん、分かった。少し、長くなるけどね」
さて、どこから話そうか。
僕達姉妹の物語。どこで生まれて、どういう風に生きてきたのか。
どんな人間と出会って、どんな人達と時を過ごしたのか。
話せば長くなる。きっと、一晩では語り尽くせない。一生かかっても終わるかどうか。
でも、大丈夫。
姉さんに付く悪い虫も今は海外だ。誰の邪魔も入らない。
姉妹二人、いつまでだって話していられる。
そして、長い物語を超えた先で、僕達はお互いの存在を確かめられるはずだから。




