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君を描いて、七等星  作者: 讀茸


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第十六話 キメラヒューム

 死の定義とは何だろうか。

 脈拍の停止、眼球の白濁、脳機能の終焉、肉体の分解、魂の乖離。

 何を以て生命活動の終わりを定義するかは、結局の所、人々の認識の問題でしかないのかもしれない。

 故に、七鉈綺羅の認識を下に、現在時刻を次のように表現する。

 北神望人の死後十五分。

 ()()は北神宅を訪れた。

 チャイムも押さずに玄関を開け、土足のまま廊下を踏破し、ノックもせずにリビングに続く扉を開けた。


「こんばんは」


 唐突にリビングへと現れたそれに、ノルニルと綺羅は驚きの表情を浮かべた。

 しかし、二人の驚きは異なる思考経路から生まれたものだ。

 ノルニルは七鉈蛇風(それ)の到来に一瞬驚きはしたものの、綺羅が北神望人の殺害を終えた今、七鉈家の人間が死体処理などの用事などで訪れることに納得していた。

 綺羅はただ純粋に驚愕していた。


「誰……?」


 目の前に、全く知らない人物が現れたことに対して、シンプルな驚きを示す。

 綺羅の言葉に、ノルニルは目の色を変える。

 七鉈家という異常な環境であれば、家族の名前を知らないということもあるだろう。

 それでも、光速躯体という自傷ありきの刻印術式を持つ綺羅が、七鉈家における治癒魔術の使い手である蛇風と面識が無いというのは信じ難い話だった。

 ノルニルは目の前の男への認識を、七鉈家のヒーラーから正体不明の何者かへと切り替える。

 視線を通して精神混濁の魔術を仕掛けようと動いたノルニルに、男は飄々とした声音で呼びかけた。


「やめときなよ、精霊擬き。疲れてるだろ? 僕だって喧嘩しに来たわけじゃない」


 蛇のような瞳孔に見下ろされ、ノルニルは行使しかけた魔術を中断する。

 本来、北神との契約状態を保つためには継続的な休眠が必須であるノルニル。

 ここ二日、無理を押して顕現し続けた代償に加え、契約者である北神自身の死亡。

 戦闘用の魔術をまともに使えるほどの余力は残っていなかった。


「お前、何者だわな?」


 ノルニルは鋭い視線で問いかける。

 しかし、睨まれた男な表情は、心の内を読ませない不敵な笑み。

 ビビッドな緑色の髪。化粧をしているかのように白い肌。道化師じみた風体も相まって、綺羅は男の不気味さに眩暈を覚えた。


「俺はネトゥリエム。未だ現存する人型合成獣、キメラヒュームだ。お前達と交渉しに来た」


 口調と一人称の変化は、彼が仮面を外した何よりの証明。

 七鉈蛇風という人間への擬態を取りやめ、ネトゥリエムという怪物が表出した瞬間だった。


「キメラヒュームの製造は、何百年も前から禁術指定されてるはずだわな」

「ああ、だから追われてる。そのあたりも話そうと思ってたんだ。とりあえず、聞いてくれよ」


 口調を変えた蛇風――――ネトゥリエムだが、その飄々とした態度には変化が無い。

 のらりくらりと本質を躱すような性質は、七鉈蛇風にもネトゥリエムにも共通する事柄であるらしい。


「廊下の北神、俺ならまだ蘇生してやれる」


 バタン! と音を立てて綺羅が立ち上がった。

 椅子を後方に蹴飛ばし、両手で机を強く叩き、勢いよく立ち上がった彼女は、凄まじい眼力でネトゥリエムを凝視する。

 あまりに過剰な反応を見せた綺羅に、リビングは束の間の静寂に包まれる。

 綺羅が震える声音で口火を切るまでの数秒、張り詰めた糸のような静けさが満ちていた。


「それは、本当……?」


 声音は一見弱々しく、けれど鋭いナイフのような危うさを纏って。

 綺羅が絞り出した言の葉には、隠しようのない彼女の切望が滲んでいた。


「ああ、本当だよ。再生に関しては一家言あるんでね。ここに来る時、もう治癒魔術をかけといた。ただ、治癒魔術はいつでもどこでも、俺の一存で中断できる。五分後も少年の治療が続いてるかどうかは、お前の受け答え次第だ」


 圧力のあるネトゥリエムの言葉に、綺羅は静かに唾を飲む。

 交渉術という観点で言えば、綺羅は完全に悪手を打った。

 これだけ北神の蘇生に食いついてしまえば、ネトゥリエムはいくらでも強気に出られる。

 だが、綺羅には関係の無い話だろう。

 北神の蘇生に対してどんな交換条件を出されようとも、彼女は――――


「俺の要求は二つ。俺が海外へ高飛びするまでの護衛。それと蘇生した北神に一枚絵を描いてもらう」


 彼女はきっと条件を呑むだろう。

 だが、それだけは、綺羅にとっても二つ返事できるものではなかった。


「護衛の方は分かった。でも……絵を描くかどうかは、北神が決めることだから」


 北神は自分の絵によって両親を失った。

 それでもまだ絵を描き続ける自分は、殺されても良い存在だと言った。

 絵を描くという行為は、北神にとって大きな意味を持つ。

 それが北神の命と引き換えであっても、易々と首を縦に振るわけにはいかなかった。


「確かにそうだな。絵の件は北神自身と交渉しよう」


 意外にも、ネトゥリエムはあっさりと綺羅の論を受け入れた。

 あまりに物分かりの良い態度に、綺羅はキョトンとした。


「どうした? ウーパールーパーのような顔をして」

「あ、いや。なんか、思ったより話が分かるっていうか、常識的って言うか……」


 キメラヒュームだなんて、歴史書の中でしか見ないような存在だ。

 そんな規格外の存在が、あっさりと自身の論を受け入れたのは、綺羅としては少し衝撃だった。


「俺は常識的だし話も分かるよ。キメラヒュームの製造が禁術とは言っても、当然、俺自身は俺の製造に関わってない。人権ガン無視の人体実験で俺を作ったやつは、何百年も前に死んでる。潔白の身とは言わないが、殺し屋のお前とそう変わる立場でもない。実際、北神の護衛を七鉈家に依頼するまでは、ここまでしつこく追い回されることもなかった」

「え? 北神の護衛依頼したのってネトゥリエムなの?」


 まさかの新事実に綺羅は驚きの声を上げる。


「ああ、北神には元々絵を描いてもらう予定だった。諸事情あってそれがバレてな。お前達人間からすれば、キメラヒュームだなんて得体の知れない者が洗導絵画(アートファタール)を手にするのは恐ろしいだろう。だから、北神が抹殺される前に、七鉈家に依頼を出した。俺の方にも刺客が来たのは予想外だったが」


 期せずして、ネトゥリエムの到来によって北神を取り巻く状況の全容が見えてきた。

 まず、ネトゥリエムが北神に絵を描いてもらうために動き始める。

 それを察知した三日月家等の人類勢力は、キメラヒュームに洗導絵画(アートファタール)が渡ることを恐れ、北神を抹殺するべく三日月裁架を刺客として送る。

 これを防ぐため、ネトゥリエムは七鉈家に北神護衛の依頼を出し、派遣された綺羅が北神の護衛に就いた。


「なるほど。七鉈らしいやり方だわな。どうせ、七鉈の上層部はネトゥリエムが三日月家の刺客に殺されると踏んでたわな。それで護衛依頼の報酬だけ取ってやろうと、北神の所に綺羅を送ったわな」


 ノルニルの推測した通り、七鉈家が北神の護衛依頼を請けたのは、三日月家から送られる刺客がネトゥリエムを殺すだろうと予期してのこと。

 大本のネトゥリエムが死ぬのなら、北神が生きていようと危機的な事態は起こらない。

 ならば、北神の護衛依頼を請け、報酬だけでも受け取ってやろうという魂胆だ。

 だが、意外にもネトゥリエムが生き残ってしまったため、仕方なく綺羅に北神抹殺の命を下したというわけだ。


「それも無理は無い。アレは強すぎる。サーガハルトの一級騎士を思わせる剣技だった。おかげで予定を大分狂わされた……というか壊されたな。俺が本来やりたかったことは、もうほとんどできそうにない」


 サーガハルト王国と言えば、歴史上最も大陸統一に近付いたとされる軍事国家だ。

 王立騎士団と呼ばれる軍隊が非常に強力だったことが有名で、歴史オタクの間では人気の分野だ。

 特に王立騎士団の中でも最高戦力に位置する一級騎士は、現代でも英雄的な人気を誇っており、最近はゲームや漫画でキャラクターのモデルになっていたりもする。

 そんな大軍事国家を引き合いに出される時点で、ネトゥリエムを襲った刺客が如何に規格外か知れるというものだ。


「そいつから逃げるんだよね? 早く行った方が良くない? 海外に行くってことは、飛行機とか?」

「いや、北神が通う高校に転移門を用意している。屋上の倉庫裏だ。転移先は小さな島国。この国からはそうそう追えない位置にある。大人しくしていれば、再び刺客を送り込まれることもないだろう」


 その話は、綺羅にとっても好都合だった。

 北神を蘇生させる以上、綺羅は七鉈家からの命令を無視することになる。

 そんなことをして、七鉈家が許してくれるはずもない。必ず命令違反を犯した綺羅を殺すための刺客が送られてくる。

 だが、ネトゥリエムが用意した逃亡先の島国まで逃げれば、七鉈家も追跡は諦めるだろう。

 小さな島国で北神と二人で暮らす。

 それは、どんなに幸せな夢だろう。


「学校なら、ここから十分もしないわな。パッパと言ってサクッと逃げるわな」


 ノルニルの言う通り、北神宅は高校の徒歩十分圏内に位置している。

 急げば五分かそこらで着く距離だ。ネトゥリエムと北神に差し向けられる刺客のことを考えても、すぐに向かって逃げてしまうのが一番良い。

 刺客と会敵する前に、高校の転移門から海外へと逃亡。そんなハッピーエンドが、綺羅の脳裏によぎった瞬間――――


 ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴った。

 空気が張り詰める。誰もが口を噤み、呼吸を止める。

 息の詰まるような静寂の中、チャイムの音だけが反響する。

 今、玄関の前に立っている人物は何者か。リビングの三人の意識は、たったそれだけに傾けられる。


『宅配でーす。荷物お届けに上がりましたー』


 インターホン越しに聞こえる少女の声。

 その声を聞いてネトゥリエムとノルニルは確信した。


「北神は俺が回収していく」


 玄関の前に立っている者の正体。

 それは、ここにいる者を殺すために送られた剣士であると。


「全員逃げろ」


 三者が一斉に走り出す。

 服の袖から出した細い触手で北神を拾い上げるネトゥリエム。窓を蹴破って外に飛び出す綺羅。その後に続くノルニル。

 三者が走り出したのとほぼ同時、放たれた斬撃によって北神宅は真っ二つに切断された。

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