表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君を描いて、七等星 ~殺し屋少女が高校生天才画家の護衛をする話~  作者: 讀茸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/25

第十四話 最期

 部活帰りの午後、北神は自宅に戻った。

 少し寄り道をしたせいで遅くなってしまったが、まだ時計は七時半を回った頃。

 夕飯にはちょうど良い時間だ。今から料理をしたのではかなり遅くなってしまうだろうが、既に三人分のマックを購入済み。

 これは北神の持論だが、マックが嫌いな人類などいない。

 特に、人生の大半を殺し屋として生きてきた綺羅のような人にとっては、革命的なまでの美味であるはずだ。


(喜んでくれるかな)


 マックの紙袋を片手に、北神は玄関の扉を開ける。

 一歩、何気なく踏み入った。

 二歩、立ち止まって後ろ手に扉を閉めた。

 靴を脱いでから踏み出した三歩目、フローリングの木目に乗せた足。

 そして四歩、玄関を超えた北神が廊下を歩き始めた瞬間、廊下の奥の扉が開いた。

 北神が五歩目を踏み出すより早く、扉から飛び出した影が北神に襲いかかる。

 刹那の襲撃に北神は反応できない。あっという間に押し倒され、木製の床で仰向けになる。

 見上げれば、星のような碧眼と目が合った。


「綺羅……?」


 仰向けに倒れた北神。そこに馬乗りになった七鉈綺羅が、両手で握りしめた短刀を振り上げている。

 一秒後、彼女が刃を振り下ろすだけで北神は死ぬ、湾曲した短刀は寸分違わず、北神の喉元に突き刺さるだろう。

 その一秒後がいつまで経っても来ないのは、綺羅が葛藤している証拠だった。

 目には涙を浮かべて、歯を食い縛って、掌が破けそうなくらい強く短刀の柄を握りしめている。

 彼女が置かれた現状の全容と、彼女の抱えた葛藤の全てを、北神は読み取ったわけではない。

 ただ、何となく、少しだけ、綺羅の気持ちを想像した。

 一秒間、目を瞑って息を整える。

 そうして、一秒の間に整えた覚悟を告げるのだ。


「良いよ、殺して」


 受容。

 彼女の刃を受け入れることが、北神がほんの一秒の間に下した決断だった。


「おかしいとは思ってた。俺の絵は危険すぎるから。俺を生かそうって言うのは、とんでもない危険思想の持ち主だけ。――――綺羅は、そんな人じゃない」


 すらすらと口をついて出る言葉。

 清流のように流れる言の葉は、北神自身でも不思議なくらい、自然と口から零れ出た。

 ただ、そうであるのが当然のように。何も偽らない本心を、虚飾も誇張も無く話しているような。

 そんな、薄っぺらくて透明な感覚。


「綺羅、俺はね、ずっと絵を描いていたんだ。危険ならやめてしまえば良かったのに、ずっと描き続けていたんだよ。俺の絵は人を殺すと分かっていて、それでも描き続けたんだ」


 北神望人の絵は、どう足掻いても洗導絵画(アートファタール)になってしまう。

 北神の画力がある一定を超えた時点で、彼は悪魔の絵しか描けなくなった。

 それでも、描き続けた。

 そのせいで父は思考能力を失い、母は車に轢かれて死に、三日月南視(憧れの先輩)は記憶を喪った。

 大切なものをいくつも失ったにも関わらず、未だに未練がましく絵を描き続けている。

 そんな現世に残った呪いのような何かが、北神望人なのだから。


「だから殺して良いんだよ、綺羅」


 だから、こうして終わっても良いのだ。

 こんなにも綺麗な刃に刺されるならば、北神望人の最期には贅沢なくらいだ。

 そうして乾いた瞼を閉じる北神とは対照的に、綺羅は今にも泣き出しそうだった。

 けれど、その涙は零さずに、ただ握った短刀を振り下ろした。

 別れの言葉は無く、ただ無慈悲な刃だけを餞に、七鉈綺羅は少年の胸に短刀を突き刺した。

 とてもとても静かな、断末魔の悲鳴すら無い、北神望人の最期である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ