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「よし!」
と、俺の正面から男子高校生らしき集団が歩いている。
紺色のブレザーに、袖に白い線が入っているあの制服は……確かラサールン高校の制服だったはず。
ラサールン高校は阿外羽町にあった学校という記憶があるので、おそらくここは阿外羽町近辺に間違いない。巫女の家は千億町だから、そこまで遠い場所までは来ていなかったということか。
だけど、目的の人物がどこにいるのかが問題なんだから、そんなことはあまり関係はないわけだ。
ふむ。俺が一度は行っていて、これから行く必要のない場所ね……。
そんな場所は沢山あるような気もするし、あまり無いような気もする。とりあえずふと思いついたのは学校かな。
学校なら一度は行ったことあるし、これからは行かない場所だもんな。
これはもしかして、もう当てちゃったんじゃねえの?
でも、小中高のどれだろう……。距離で言えば高校が一番近いし、ひとまずはそこに行ってみるか。
俺の通っていた高校は越知武礼高校で、この阿外羽町の隣町である、円駕町にある。
徒歩で行ける距離だとは思うけど、どっちに行けばいいのかが分からないな。仕方ない……恥ずかしいけど人に訊いた方が早いか。
「あの」
「すいません急いでるんで」
勇気を出して通勤中の女性に声をかけてみたが、俺は喋る間も与えられず、女性は足早に去って行ってしまった。
いきなり見知らぬ男に声をかけられたら、さすがに女性は警戒してしまうか……。
ならば、男狙いだ。
「あの、ちょっとお訊きしたいんですが、円駕町にはど──」
「……」
少しハゲかけた中年サラリーマンに声をかけてみたが、今度はあからさまに不快な表情を見せ、逃げるように去って行った。
まあ、決して品の良い格好をしているとは言えないので、あのおっさんの気持ちが分からないこともないが、せめて何かを言って欲しい。
「はぁ……」
いつの間にか冷たい国になったもんだな。何がクールジャパンだ。クール過ぎんだろ。
「あのぅ……」
「ん?」
肩を落としていた俺のもとに、先ほど目に付いたラサールン高校の男子生徒たちが歩み寄ってきた。
「もしかして、道に迷ってたりとかしてませんか?」
「え」
ホ、ホットジャパァァァァァァン!
思わぬ声かけに叫びたくなるが、それは心の中だけに抑える。
「そ、そうなんだよ! 円駕町にはどっちの方に行けばいいのかなってさ」
「あー円駕町ですか。それならこっちの道を真っ直ぐ行って、交差点の右に曲がった先をずーっと進むと行けますよ」
男子高校生は丁寧に道を教えてくれ、あどけない笑顔を見せた。
「ありがとう。助かったよ」
「いえ。『貧困層』の人間にも優しくしてやれと父に言われているもので、上流階級の人間としては当然の事をしたまでですよ」
「……え」
あれ、何を言っちゃってるんですかこの男の子?
怖いよ怖いよ。
「では、失礼します」
男子高校生は一礼をし、妙な笑みを浮かべる友達と共に歩いて行った。
「……」
ラサールン高校は超エリート学校で有名だったな。基本的に富裕層しか入れない学校だとも聞いたことがある。
きっとそう親に教わって育ったから、あの子に悪気は無かったのかもしれないけど、あの年齢であんな考え方をしていたら将来が心配だ──って、他人の心配をしている場合かよ。
なんだかとても切ない気分になってしまったが、円駕町までの行き方は分かった。
まだ時間はあるといえど、無駄には出来ないから急いで行くとしよう。
「ふー」
しかし、ジャージだけじゃ厳しい寒さだぜ。こりゃあ本当に早くしないと体力が持たないかもしれない。
ただでさえ最近は部屋の中でダラダラするしか無かったし、体力はかなり低下しているはずだ。
それに、腹も減った。
寝て起きてすぐに連れてこられたから空腹だし、髪も寝癖がついたままで最悪の状態と言える。
使えない携帯電話や財布は布団の下に置いたままだし、今の俺はただ爆弾を抱えて街を徘徊する変な男である。
こりゃあ下手すると、また職務質問をされかねない。
簡単に説明が出来る事件に巻き込まれてるならまだしも、あらゆる理解不能を抱えたままの俺がこの状況を上手く他人に説明できる自信はない。
お願いだから、警察官なんかと出くわしませんように……。
「あ! 君はこの間の!?」
「……っ。ぇぇええええ!?」
願いも虚しく、自転車に乗った警察官が目の前に現れた。しかもこの前花村と一緒いた時に声をかけられた不倫警察官だ。
しかし、すごいタイミングで現れたな。
「君、どうしてこの前は逃げたりしたんだ。何か警察に会うとマズいことをしたのか?」
怒っている様子はなく、柔らかい口調で話をかけてきた。しかしその対応が逆に怖く、俺は周囲を警戒する。
「え、あ、いやその……あの時は急いでいたんで……その……」
言い訳をしようと話ながら考えてみたが、納得させられそうなことは考えられず……俺は決断する。
「さらば!」
「ええ!?」
色々と説明するのが面倒だということもあるが、個人的にこの警察官とは話したくない理由があるため、俺は温存すべき体力を使用しながら必死に逃亡を始める。
「ちょっと、本当に何か逃げるようなことしてるの!」
警察官は自転車に乗って追ってくる。何か叫んでいるのは分かっていたが、それを聞き取る余裕は俺にはない。
相手は自転車なので、まともに逃げていては勝ち目はないってことで、俺は右へ左へと道を変えながら走り、自転車が通りにくい場所を選びながら逃げ回った。