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「ん? 長居するわけにはいかないって何でだよ。こっちならずっと巫女といられるじゃないか」
「私は貴方みたいに夢も目標もない、漠然と生きているような糞野郎ではなく、己の人生を懸けてでも全うしたい使命があるんです。自分の欲望を優先してまで、それを破棄するほど馬鹿ではありません」
大層なことを言っているとは思うのだが、その使命とやらによって生まれただろうストレスをぶつけられた俺にとっては、表情を曲げて苦笑いするしか出来なかった。
「ふーん。人生を懸けるほどの目的があるなんて羨ましい限りだよ。なんだ、世界で救う気ですか?」
冗談のつもりでそう訊いた。
「そんなところです」
否定しないのかよ。
「金也ー困ったんだよー」
「?」
またまた本題からかけ離れた内容の会話をミコリーヌとしていたところ、さきほど殺し屋が部屋にいるかどうかを確認する為に部屋を出て行った鰻子が帰ってきた。
頬に手を当てながら首を傾げ、誰が見ても困っている様子だと分かる。鰻子で無ければ演技臭くてイラッとする動作だが、鰻子がすれば鬼に金棒と言える動作だ。
さて、「どうした、殺し屋はいたのか?」
「ううん。鰻子の部屋にはいなかったんだよ。でも、エレベーターの前で倒れているんだよ」
困り顔でそう言う鰻子の言葉に耳を疑った。
「え……今も、現在進行形で?」
「うん。起こしてみようと足で蹴ったりしてみたんだけど、全然起きないんだよ」
「おいおい、救急車を呼んだ方がいいんじゃないのか?」
年齢的も脳梗塞とか、心臓発作とか起きても不思議じゃなさそうだし、高血圧っぽい顔してたし、直感的にマズい気がしてならなかった。
「……俺、近くの病院に知り合いの医者がいるからさ、そこに連れて行っ――」
「まあまあ、落ち着いて下さい神田金也。別に救急車なんて呼ぶ必要はありませんよ」
ミコリーヌは動揺して声のボリュームが大きくなる俺を落ち着かせようとする。
「おそらく巫女が仕掛けたトラップにでもかかったのでしょう。エレベーターのボタンには自動的に指紋認証する仕掛けがありまして、指紋登録されていない指紋がボタンに触れた瞬間に電流が流れるようになっています」
ああ……あれね。
「あれ、でもそうだとすると、どうやってこのマンションに入ったんだろ? まさか壁をよじ登ってきたわけじゃないよな」
「たぶん花村結城あたりがマンションに入る時にこっそりと付いて侵入してたのでしょうね。エントランスのセキュリティさえ突破すれば、仕掛けの無い階段で上がれますから。私も常に監視しているわけじゃありませんし」
「あんな恐ろしい罠を設置しているほど警戒心が強いくせに階段は仕掛けがねえのかよ」
「あれは本来『八島京香』の家にある地下金庫を守るためにと造ってあげた防犯エレベーターの試作機らしいですからね。特別巫女は何かを警戒していたわけではありません」
「そうなんだ」
まあ確かに、あいつは泥棒が来ても平然と返り討ちにしそうだしな。
……しかし、また八島京香という名前が出てきたが、一体どんな人なのか、さすがにちょっと気になってきた。
「さてと、やっぱり一応確認しておきましょうか。万が一という事もありますから」
ミコリーヌは俺に尻を向け、廊下の方へ向かって歩く。
「鰻子、外に出るから玄関扉開けて」
「わかったんだよ」
ちょこちょこ歩き、ミコリーヌは鰻子を連れて外へと出て行った。何事もなければいいんだけどな。
「……」
でもあれだな。よくよく考えてみると、俺的にエレベーターから流れた電気は気絶するほどの衝撃は無かったんだ。最悪、電気ショックのせいで心臓麻痺などを触発してしまったのかもしれない。
もしくは、あの電気ショックを耐えうるほどに電気耐性を俺は得てしまっていたのかもしれない。電気ショックは慣れるという漫画で見た説は……結局のところ本当だったのかもしれん。
複雑な気持ちだ。
と。
「……ようやく起きたのか?」
何となく視線を動かした先で、ベッドの上に座っている巫女を発見した。髪が所々にはねていて、目は未だにつむったままだ。
「うるさい」
これが寝起きのしゃがれた第一声だった。
「悪かったな。たった今殺し屋がエレベーターの罠に引っかかったようでさ。鰻子とミコリーヌが見に行ってる」
「……殺し屋?」
閉じていた目を開き、眉間をひねって俺を睨みつける。
そういえば、巫女にあの殺し屋がいるということを伝えられてなかったんだっけ?
「何よ殺し屋って? 私が寝ている間に何があったのよ。五文字で答えなさい」
「五文字無理」
落ち着きながらも強い口調で無慈悲な質問してきた巫女に若干怯んでいると、外に出ていたミコリーヌが部屋に戻ってきた。
だけど、鰻子はいなかった。
「あ、おはよう巫女。ちょうど良かった。言いづらいけど、ちょっと報告しなければいけないことがあるの……」
巫女が起きていることに気付くと、ミコリーヌはその場に座っていきなり話を切り出した。
「何よ?」
「えっと、その……」
自ら話を切り出しておきながら、なぜか言いづらそうな雰囲気を見せるミコリーヌ。まるで巫女に怒られるのを恐れているかのようだ。
「んー! しょ! んー! しょ!」
そこへ、歯を食いしばってうなるような鰻子の声が部屋の中へと届く。しばらくすると、気絶している殺し屋を引きずった鰻子が廊下から現れた。
「ふう……。疲れたんだよ」
殺し屋を床の上に寝転し、鰻子は一息。きっと本人は良かれと思って殺し屋を部屋の中に運んだのだろうが、おかげで部屋の中の空気は一変した。
ミコリーヌはあごのネジが外れたかのように、大口を開けて硬直している。もしかするとバッテリーが切れたのかと疑いたくなる程にだ。
巫女に至っては、おぞましくて直視しづらいほどの禍々しく黒いオーラを纏っている。
口で語らずとも、この世の憎しみや怒りを全て吸収してしまったかのような殺意を秘めた鋭い目が、床に転がっている殺し屋を睨みつけていた。




