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『Q こんにちは。突然ですが、僕は今ある女に監禁されています。しかし、監禁と言っても、ご飯は食べれますし、シャワーも浴びれますし、なぜだかキスもされました。
だけど鎖を繋がれたり、電流を流されたり、変なゲームの実験をさせられたりしています。体はボロボロです。
助けを呼ぶことも出来ません。電波を妨害する仕掛けが部屋にあるみたいで、誰かに連絡をすることもできません。
しかもその女は普通の女ではなく、某有名人と友達だったり、人造人間を作ってしまったり、身体能力が抜群でめちゃくちゃ強いです。銃も所持しています。
これから僕はどうすべきなのか、どうなってしまうのでしょうか?
似たような経験をした方がいるのらば、どうか助言をお願いします』
慣れないキーボードとにらめっこをしながら、二十分もかけたこの文章を投稿した。
「ふう。やっと終わった」
天を仰いで、一息を吐く。
「バルバルバルバルバルバルバル!!」
「なっ!? なんだお前、どうした?」
俺の横でカスタネットを激しく鳴らすように口を動かすミコリーヌ。壊れていないのであれば、とんでもない精神状態に陥っていることは間違いない。
「よ、よよ、よく見ればキキキキキキキキキ、キスをされたと書いてあるではないコフかかかかかかか!? 妄想でコフか、これは貴方の卑猥な妄想なんでコフ!?」
「あ」
これは俺のミスと認めざるを得ないな。巫女に異常な執着心を抱いているこいつに見せるような文章ではなかった。
ここはこいつが言っているように、俺の妄想ということにしておこう。
「も、妄想に決まってんだろ。巫女が俺にキスなんてするわけないじゃないか」
「グギギ。信用できまコフんね。ちなみに巫女の唇の感触はどんな感じでしたか?」
「そりゃあもう、今まで感じたことの無いような柔らか――って、今のは……?」
カマをかけられたと思い焦る俺だったが、横にいる黄色い物体は遠くの方を見ながら「ハアハア」していた。
どうやら巫女にキスをされている妄想で息を荒くし、俺にドン引きされていようがお構いなしでハアハアしているようだ。
俺は今この瞬間、巫女がどうしてこいつに厳しい態度を取っているのか、その根底にある原因を垣間見た気がする。
もしもミコリーヌが鰻子のようなリアル人間ボディを手に入れてしまったならば、同人誌的な展開が繰り広げられていたかもしれない。
「ん? これって……」
ふとパソコンのモニターに目をやると、さっそく質問の返答が投稿されていた。
「なになに……」
『A 釣り乙』
何て酷い返答だ。
乙なのはお前の冷たい性格だ馬鹿野郎!
「はぁ……」
携帯では人並みにネットを利用していたので、その意味は分かっているけども、いざ自分に返されると腹が立つな――でも、よくよく考えてみればこの質問を信じろと言う方がおかしいのか。
いくら文章を打つことに夢中になっていたにせよ、こりゃあ着々と頭の中にある常識が麻痺していってるという証拠だろう。
分かっていても防げない、巫女が俺に及ぼす非常識の数々。その侵食力は計り知れない。
と、そんなことを考えている間にまた新しい返答が投稿されたようだ。
『A 通報しますた』
「なにぃぃぃぃぃ!?」
ふざけた投稿に思わずモニターを両手で掴んだ。
「なあちょっ、おい! なんか通報されたんですけど!?」
慌ててミコリーヌに目を向けると、俺とは相反して冷静な言葉を返してきた。
「あー。ネット上では挨拶みたいなものでコフ」
「ネット上では挨拶で他人を通報すんの!? 恐ろしすぎだろ!」
たまにこんな書き込みを見たことはあったけども、まさか自分が通報されるなんてのは思ってなかった。
……いや、待てよ。通報しますたということは、警察に通報したということでいいんだよな?
ネット犯罪はサイバーなんちゃらに通報してくださいとかいうCMを見たことがあるし。
てことはだ――俺にとっては必ずしも悪いことではないのかもしれない。
「まあ大抵は通報なんてされていませんから、気に留めるだけ無駄でコフ」
通報されてないんかい。
「おいおいマジか。悪ふざけにも程があんだろ」
「ネットなんてそんなものでコフ。私は年がら年中そんな世界で過ごしていますが、この程度なんてカワイイものでコフ。人間の書き込みというのは万国共通醜いもので、ある意味では仮想世界に相応しく、虚言や虚栄が蔓延っていますよ」
「へー。なんかお前の生きていた世界って、そう考えると大変そうだな」
デスクで腕を置いてほお杖を着き、上半身をミコリーヌに向けた。
「まあ色んな意味で広く深い世界ですから、まだまだ全てを知っているわけではありませんが……それでも、やはりこの世界と比べるまでもない世界でコフ」
表情にこそ変化は無いが、少し下がった声のトーンで感情の変化を読み取る。