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「へー。何となくしか分かんねえけど、別にミコリーヌが用無しになったわけではないんだな」
「当然でしょ。ただまあ、アンタが願った以上は叶えてやらざるを得ないわね。いいわよ、体を用意してあげる」
「え?」
渋った顔をしたからダメなのかと思ったが、巫女は俺の願いを受け入れるようだ。
「いや、その、冷静に考えたらお金とかめっちゃかかるかもしれないし、無理はしなくていいんだぜ」
端から今の話を聞いていれば願うことのなかった願いだ。出来ることならば訂正したい。
「大丈夫。お金は捨てるほどあるから」
貴様。
「あーそうかよ。まあ何だっていいさ」
どうせ俺が本当に願うことなんて叶いはしないんだからな。
「ふわぁ……はぁ。まずいわね。本格的に眠くなってきたわ」
大あくびをした巫女は、目を閉じたまま器用にカレーライスを食べる。
「そんなに眠いなら寝ちまえよ」
「アンタに言われなくても、これを食べたら爆睡してや……すー」
「!?」
巫女は突然糸が切れたようにうなだれて、ライスを掬おうとしたスプーンを持つ手も崩れるようにテーブルへ落ちた。
急な出来事に戸惑ったが、巫女の顔を見た限りでは寝てしまっただけっぽい。特に心配する必要は無さそうだ。
「すー……すー……」
「おーい……マジで寝たのか?」
囁くように声をかけてみるが、反応はなかった。
ほんの少しだけ口を開けて呼吸をしているし、本当に寝ているのだろうと思う。
しかし、こんな突発的に睡眠する人間なんて未だかつて見たことはない。鰻子の瞬間睡眠は巫女に似たのかもな。
「……」
どうしようか。
起こすべきか否かを考えると、巫女自身が睡眠の邪魔をするなと言っていたので迷う余地はない。
ただ、この状態のままにしておいたら後で文句を言われそうだ。ご飯も食べかけでもったいないし……仕方ねえな。
お人好しというよりは神経質なのかもしれない。
俺は飯を食べた後、巫女の残したカレーライスをキッチンへと運び、ラップをして冷蔵庫の中に入れた。
さらに風邪を引いては大変だと、自らが与えられた高級羽毛布団の中から高級毛布を巫女の体にかけてあげる。
さすがに体を移動することは色々な意味で難しいので、テーブルで顔をふせている状態のまま寝かせることにした。
「はあ……」
これら一連の行動をしながら、もちろん俺は自分自身に呆れていた。
巫女が化け物と言えるような容姿をしていたなら、俺はどこぞの昔話の如くこいつを退治していたことだろう。
だがどうだ、このカメラで撮りたくなるような可愛らしい寝顔は?
不規則な生活を送っている割には肌は綺麗で、拳銃を片手でぶっ放すくせに華奢な背中で女の子らしい。
……。
本当に情け無い話で、今毛布をかけた俺ってかっこいいなんて思っていたりするんだぜ。こんな状況下でも。
いくら非道なことをされたところで、俺の中ではあのたった一度のキスの方が印象に残っているわけだ。
問題なのは、それが分かっていても抗えないということである。巫女の魅力が半端ないのか、恋愛経験値の乏しい俺が愚かなのか――言うまでもなく、俺の頭がおかしいんだ。
「はあ……」
溜め息を吐きすぎて、呼吸困難になりそうだよ。
……やることもねえし、なんだかんだ疲れてるし、皿でも洗ったら俺も寝ようかな。
鰻子が顔を見せないのが少し気になるが、まあ明日になれば嫌でも会えるってなわけで、今日はもう寝よう。
俺は食器を洗うなどの雑用を自主的に行ったのち、部屋の電気を消して、布団の中に入る。
というか、今日巫女は花村を俺の友達にしようとしていたんだったよな。
結果的には中途半端なまま花村帰っちゃったし、俺としては、まだ友達と断定できる関係までは至らない。
正直なところ、花村の言ってたように、変に固執することもないんだろうけど、巫女の思惑通りに自分が動いていることが嫌なんだよな。
それが根底にあるから、俺はひねくれてしまってるんだ――って、人のせいかよ。
そもそも、つい最近までテレビで見ていた俳優を友達にするかどうかを悩んでいるとか、何勘違いしてんだって話だよな。
……ほんと、日が経つにつれて俺の持っていた価値観が崩壊している気がする。もう自分が何を考えたいのかがこんがらがってきた。
こりゃマズい。
巫女のアホさ加減は天才という頭脳が前提にあるからまだしも、俺が巫女の価値観に染まってしまえばただの危ない人間だ。
このまま漠然とここで過ごしていれば、将来本物の鎖に繋がれ兼ねない。
やはりもうちょっと危機感を持って、現状を打破する方法を考えないといけないな――なんて思いながらも、俺はそれ以前に睡魔を打破することが出来なかったっていう。
――だがその後、「ん……」俺は大した睡眠を取ることなく夜中に目を覚ましてしまう。
早く寝たせいか、ゲーム内での睡眠が原因かは定かじゃない。
「んー!」
体を起こして背伸びをする。
なんだか朝起きる時よりも目覚めがいいな。二度寝を全くしたいとは思わない。
「……?」
ふとテーブルの方に目を向けたが、巫女の姿が無い。かと言って、ベッドにも巫女はいない。
どこ行ったんだろ?
辺りを見回してみる、するとベランダに立っている巫女をすぐに発見した。単に夜景でも眺めてんのかと思ったが、よく見ると何か話しているようだ。
この階では携帯電話は使えないはず……独り言か?
「!?」
おっと、第六感で俺の視線でも感じ取ったのか、振り向いた巫女と目が合う。
「起きてたの。いくら私が可愛いからって気味が悪いわよ、暗闇でジッと見られるのは」
窓を開け、ベランダから部屋に戻る。
「たった今起きたんだよ。で、何やってたんだ?」
「アンタには関係ないことよ」
素っ気ない態度で返された。
「可愛くねえ奴だな。嘘でもいいから、せめて俺と始めて会った時みたいに猫でも被ってくれよ」
「……私が可愛くないとか、アンタ視力死んでんの? それともまだ疲れが取れていないのかしら」
目を据わらせて、不機嫌そうに言う。
「もう十分取れてるよ。気分が良いほどに頭も冴えてるし、この感じじゃ明日の夜までは寝れないな」
「あっそ、だったら私が眠らせてあげるわよ」
「は?」
きょとんとする俺の横をサッと通り過ぎ、巫女はキッチンの中へ。
「おい……ふざけんなよ」
巫女はフライパンを手に持ち、ニコニコと微笑みながら近付いて来る。
俺の予想ではおたまでぶん殴られる程度かと思ったんだけど、五段階くらいレベルの高い物を装備しやがった。
「待て、落ち着け。それで人の頭を殴ると死んじゃうぞ。いくら俺の頭が石頭でもな、限度ってもんがある!」
俺は必死に非暴力を訴える。当たり前である。
「心配しなくていいわよ。ちゃんと殺さずに失神させてあげるから」と、フライパンを振りかざす。
「それでハイそうですかってなるわけねえだろ!」
これがこの日のラストツッコミだった。
ゴン!
チーン。