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──最近、一人になるとよく昔のことを思い出していた。厳密には漠然とした思い出に浸っているだけだが、思い出そうとする度にタイムマシンに乗りたくて堪らなくなる。
義務教育時代の話だ。
親に甘えていた時代は、心の底から毎日が楽しかったと思う。どんな奴がクラスにいたとか、名前とか、色々なことが薄れていっているけど、楽しかったという記憶だけは漠然と残っているんだ。
高校時代もそれなりに楽しかったが……まあ、色々あって心の底から楽しむことはなかった。
二十歳になり、一応大人という枠組みの中に入ったのだが、俺の精神年齢は間違いなく子供のままである。
税金も払うし、よく理解しないまま年金も払うし、それなりの責任感もあるし、陰毛はもじゃもじゃだけど、俺の価値観や感性は中学生の頃からそう変わっていない気がする。
これは単純に俺の考えがそれこそ子供なのかもしれないけど、誰だって過去にあった楽しい記憶を懐かしく、あるいは恋しく思う時があるじゃないのかな。
逆に過去の自分は、根拠のない自信を持っていて、未来の自分が普通以上の生活をしているだろうと考えていたに違いない。
よもや合コンで女に騙されて監禁されることになるなんて、純粋無垢で無知な幼き俺は努々思わなかったはずだ。
ましてや、逃げるチャンスを得ながらも、それをみすみす逃して再びこの場所へ戻ってくるなんて未来を予測できていたのなら、俺は世界的な予言者になっていたことだろう。
「1620円になります」
望宝神社からタクシーに乗り、特に何事もなく俺と花村は巫女のマンションへと戻ってきた。
お金を支払い、タクシーを降り、溜め息を吐き、足取り重くマンションへと向かう。
その途中、「?」
ふと何かの気配を感じた俺は後ろを振り向いた。
「どうした、金也?」
気のせい……だったようだ。俺は首を横に振り、何でもなかったことを花村に伝える。
「そっか。じゃあさっさと上がって、声を出せるようにしてもらおう」
コクリ。
頷いて、マンションの玄関に向けて足を進ませた。
というか、今気付いたのだけど、マンションの駐車場に停まっていたはずの高級車の数々が見当たらない。巫女はこのマンションに自分しか住んでいないと言っていたので、もしかすると全て巫女の所有する車なのかとも思っていたのだが……一夜にして車が消えたとなると、色々と意味が分からないな。
何の為にあった車だったんだろう?
新たな疑問を抱えながらエントランスに入ると、中央にある機械を花村が操作し始めた。タッチパネルの画面に数字が並んでいたので、暗証番号でも押しているのだろう。
間もなく自動ドアは開き、奥へと進んでエレベーターに乗る。もちろん行き先は十二階にある巫女の部屋――のつもりだったのだけど。
「そういえば、巫女は研究室に居るんだったな。……あまり入りたくはないけど、夕方までに渡さなかったら逆ギレするだろうし、仕方ないか」
何やらぶつぶつと言いながら懸念しているみたいだが、個人的に巫女の研究室ってのは見てみたい。
鰻子を造ったような奴の研究室だから、きっと、ハイテクなメカがあちらこちらに転がっているんだろうな。
「ふう……金也、一応殴られるくらいの覚悟はしておけよ」
「!?」
十二階に着いてエレベーターから降りると、花村から理不尽な覚悟を強いられた。不安しかない気持ちを抱えたまま通路を歩き、巫女の部屋の一つ左側にある玄関扉の前で足を止めた。
ピンポーン。
花村がインターホンのベルを鳴らす――だが、しばらく待っても出てくる気配は無い。
「やっぱり出ないか。あいつ何かに集中してると周りをシャットアウトするタイプだからな」
などと呟き、花村は鍵のかかっていない玄関扉のドアノブを回し、俺を引き連れながら勝手に研究室の中へと入る。玄関から見える部屋の造りは巫女の部屋とさほど変わらない。
靴を脱ぎ、廊下を進んで奥へと向かう。
「!?」
何が驚いたって、それは部屋の汚さだ。
だだっ広いワンルームの部屋の感じも巫女の部屋と似ているが、足場が見当たらないほどに物が散乱している。
何かしらの機器、何かしらの部品、何かしらのコード、何かしらの素材、何かしらの工具、何かしらの容器などが散乱していて、部屋の中央には人が寝そべられるほどの大きな台が設置されていた。
奥の方には数台のパソコンが置かれた机などがあるが、思っていたよりも未来を感じるようなハイテク機器はなく、適当に散らばっているのはどれもこれもガラクタにしか見えない。
「ああ、寝てたのか」
肝心の巫女だが、部屋の奥にあるデスクに座って眠っているようだった。本当によく寝る女だな。
「起こしたらマズいし、隣の部屋で待っとくか」
何がマズいのか俺に説明する気はなさそうで、花村は後頭部掻きながら体を反転しようとした――その時、「待ちなさい」
目を向けると、巫女はデスクに頭をつけてうつ伏せになったまま、右手だけを上げて揺らしていた。
「悪い、起こしたか?」
花村が訊く。
「ううん、たった今目が覚めただけよ」
巫女は頭を上げ、椅子を回転させてこちらを向いた。
白衣を羽織っている為、足を組んで椅子に座っている姿が少し女医感があってセクシーに見える。
ただ、巫女の頬には赤く痕が付いていて、目は半開き状態である。寝起きの顔はどんな美人でも間抜けだな。
「で、何?」
寝ぼけた巫女が花村に訊く。
「何って、お前に頼まれてた御守りを買ってきたぞ」
花村は望宝神社の御守りを指で摘んで見せた。
「……ああ、そうだったわね。だったらこっちに持って来なさい」
呼び寄せるように、人差し指をクイクイと折り曲げる。
「駄目だ。先に金也の声を元に戻してやってくれよ」
「ふわぁ……生意気ね。でも、それはとても馬鹿な発言よ花村」
巫女はあくびをして微笑む。
「それはどういう意味だ?」
「簡単な話よ。別に金也は声を失ってなんかないわ」
は?
「失ってないって……いや、確かに変な薬を飲まして金也の声を出せないようにしただろ?」
すかさず花村が俺の気持ちを代弁してくれた。
「ふふ、私がしたのは暗示よ。確かに錠剤を飲ました後の数分間は話せなかったかもしれないけど、今はもう声を出せるはずだし」
頬杖をついて、ふざけたことを巫女が言う。暗示ごときで、本当に声が出なくなるわけがないだろう。
そう内心思ったのだが、花村が喋ってみろと言わんばかりの視線を送ってきたので、出ねえよと思いつつも声を出そうしてみた。
「あ」
出ました。




