13
「うぅぅ……ぅぅ……」
血だらけで倒れている男子学生がうめき声を上げる。気絶から目を覚ましたようだ。
「あ……うわわわ! ひゃあぁ! 血、血だぁぁあ! うわぁぁ!」
自分の頭が流血していることに気が付いた男子学生は悲鳴を上げたのち、京香の姿を見てさらに身を震わせる。
「あれぇ? もう目を覚ましたんですかぁ? せっかく金也さんとお話をしていると言うのに、目障りで……耳障りですねぇ」
京香は腰が抜けたように倒れたままの男子学生にゆっくりと歩み寄る。
そして躊躇いなく、「ごぼっ!」
京香はドカドカと、表情一つ変えずに男子学生の腹を何度も蹴る。
「お、おい! やめろって!」
嘘みたいな目の前の光景に驚きつつ、俺は咄嗟に京香の腕を引っ張って暴力を止めた。
「何やってんだよ! 本当に死んじゃうって!」
「いやあだって私、弱い男が大嫌いなんですよぉ。あ、もちろん、精神的な意味の方ですよ。こういう奴を見ると殺したくなっちゃうんです」
冗談には聞こえず、背筋が凍りつく。
「殺すって……」
まさか巫女が言ってたのって、本気の警告だったのか?
いや……まさか……ね。
「ああもうヤですぅ。冗談に決まっているじゃないですか。本当に殺すわけありませんよ、せいぜい半殺しですぅ」
「……」
血だらけの人間を足で踏みつけながら言う様はとても巫女とダブる。ただ、この子は巫女よりも性格がねじ曲がっているような気がしてならない。
なんか嫌な胸騒ぎがしてきたぞ。
「ふう……しょうがないですね。じゃあ今日はこのくらいで見逃してあげますよ。でも、また私の視界に入ってきたら、問答無用で四肢へし折りますからねぇ。分かりましたかぁ?」
その優しげな笑顔にそぐわない京香の言葉に、腹を押さえて地面にうずくまる男子学生はただ頷くしかできない。
「では、病院にでも連れて行ってあげてください。後処理は任せます」
「はい」
黒いスーツの男は男子学生を抱えて公園から出ると、外にとまっていた黒い高級車に乗り込んだ。
「まさか、どこかの海に捨てるとか……」
去りゆく車を目で追いながらそう呟いた。
「そんなことはしませんよぉ。それじゃ海が汚れちゃうじゃないですか。隠すなら巨大シュレッダーでミンチにします。むふふ」
「むふふじゃねえよ!?」
おいおいおい、この子めちゃくちゃヤバいぞ。人間をミンチにする想像で笑いが出るなんて相当なサイコパスだよ。花村が言っていたエグいってこういうことだったのか。
……。
「おっしゃぁぁぁあ!! ようやく見つけたぞゴラァァア!!」
「ん!?」
京香の言葉にドン引きで静まり返っていたところ、三度俺の前にフランスパンが現れた。
「うわぁ……」
やはりまだ俺を追ってきていたようだ。まるで長年捕まえられない怪盗を追う刑事のような執着心だな。まだ互いに名前も知らないっていうのに、ご苦労なこって。心なしか自慢のリーゼントも萎れてんじゃねえかよ。
「──って、姐さんじゃねえかぁあ!?」
金属バットを引きずりながら、よれよれの足で歩み寄ってきた白い特攻服は京香を見て愕然とした。
「え、知り合いなの?」
すぐさま京香に訊く。
「いいえ。あんなゴミのような奴は知りません」
立てた手を横に振って否定した。
「ちょっと姐さん、何言ってんだよ! 俺は姐さんがこいつの邪魔をしろって言ったからここまで頑張ってきたってのに、そんな言い方は酷いじゃねえか!!」
否定した京香にキレる白い特攻服。俺としては色々と聞き逃せないような言葉が入っていた。
「邪魔って……じゃあ巫女じゃなくて、君がこいつらを……?」
俺がそう訊くと、京香は肩の力を抜くように深い息を吐いた。
「……あーあ。全部ペラペラと話してしまって、どうしてくれるのかなぁ? ねえ太華。私はバラすなと言ってたはずでしょう?」
京香は声のトーンを落とし、おもむろに白い特攻服こと、太華とやらのそばにじりじりと歩み寄る。
「だ、だけど姐さん。俺はめっちゃ頑張ってんだぜ! 見て分かるだろ! 『大文字』の馬鹿が暴走してなけりゃ、ちゃんとこいつの邪魔が出来てたんだ!」
「全部話は聞いてんだよ太華。金也さんを集団リンチしようとしたとか──この金属バットで殴ろうとしたわけだ?」
京香は太華の持つ金属バットを奪い取り、鑑定士のようにそれをまじまじと眺める。
「そうだよ。ぶちのめして動かねえようにするのが、一番良い足止めになると思ったんだ!」
「お前、本当に馬鹿だな」
「え?」
バギッ!
「ウギァァ!!」
突然京香は思い切り太華の頭を金属バットで殴打した。倒れた太華は見る見る額から血を流し、痛みに悶えて苦痛の表情を浮かべる。
「うぉーい!? 何やってんだよぉお!? お前本当に頭おかしいんじゃねえのか!?」
もはや怒りさえ覚える京香のためらい無き暴挙に、俺は思わず怒鳴ってしまう。
だが、
「身内事なんて、ちょっと黙っててもらえませんかね?」
「はいすいませんでした」
情が一ミクロもこもっていない京香の目を見た俺は、口を閉じてその場で地蔵になる。
「ねえ、金也さんに何かあったらどうするんですかぁ? 骨を折る程度ならまだしも、馬鹿が集まって集団リンチとか普通に考えて死んじゃうでしょ。私は邪魔をしろと言っただけなんだよ太華ぁ」
京香は倒れた太華の腹に金属バットを押し付ける。
「ぅぅ……ごめん……なさい……」
痛みで泣いているのか、鼻声で太華は京香に謝った。
「……もう、しょうがないなぁ太華はぁ。今度からは気を付けるんだよぉ」
京香は太華の頭の横にしゃがみ、ハンカチでそっとと傷口を塞いだ。