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「待てコラァ!!」
相手はバイクでは無いようだが、このままじゃ確実に捕まってしまう──と危惧したが、後ろを見てみると、白い特攻服はなかなか追い付いてこない。
威勢は良いが、あいつもここまで来た疲れが溜まっているようで、見るからに辛そうな表情で走っていた。
そんなに必死になってまで、どうして俺を追ってくるんだろう……。
あいつも巫女に脅かされてんのかな?
──って、あんな奴を同情している場合じゃない。とは言っても、こんな状態じゃ何も考えられない。
爆弾をつけられる、変なゲームが始まる、変な人間ばかりに出会う、腹が減る、変な奴に追われる──時間が経てば経つほど事態は悪化している。
これは俺の人生において最悪の状態だ。少しでも気を抜いたら、このまま歩道に倒れて眠れる自信がある。
「オラァ待てコラァカスボケェ!!」
とにかく、あいつを撒かない限りは何も進まないか。もはや足の速さ云々ではなく、持久力の勝負だからまだ希望はある。あんなフランスパン野郎に負けてたまるかよ!
──それからまた時間は無駄に流れる。
現在の時刻は『15:35』を回った。
自分の限界を超え、死に物狂いで足を動かし続けた俺は今、なんとスタート地点である阿外羽町に戻っていた。白い特攻服は異常にしつこく、無我夢中で逃げているといつの間にかこの場所にいたのだ。
「ハァ………………ハァ………………」
今は逃げている途中で見つけた公園の草陰に隠れて休んでいる。木に寄りかかって地面に座り込み、白い息をひたすら吐いては吸う。
白い特攻服は、気付いた時には後ろにおらず、今どこにいるのかは不明だ。多分この街のどこかにはいると思う。
「ハァ……ハァ……」
マジで時間が無くなってきたな。腕輪に表示されている時間がより一層早く刻まれていくようだ。
「ハァ……ハァ……さぶっ」
しばらく休んでいると、汗が冷えて寒くなってきた。時間帯的にもどんどん気温は下がってくるし、ジャージだけじゃ厳しいぜ。
バゴン!!
「!?」
突然草陰で休んでいた俺の耳に、近くで何かがぶつかったような大きな衝撃音がした。その音がそばにある公衆トイレからしたことはすぐに察知したが、俺は音の原因を確認しようとは思わず、しばらくその場に座ったままジッとする。
「あああ゛!!」
「え!?」
数秒後、今度は男の悲鳴が公衆トイレの中から響いてきた。大人しくしておけばよかったのだが、俺は本能的に体を無理に動かし、公衆トイレに向かう。
公衆トイレは洗面台と、男性用の小便器が二つ、その奥にスライド式の扉がある。
扉の中は洋式便器があるのだと思うが、『今あの中にいる人間は』きっと別の目的であの中にいるに違いない。
十中八九、さきほどの衝撃音はあの扉の中から聞こえてきた。普通に用を足しているだけじゃ絶対にあんな音は発生しない。
男の悲鳴+何かが激しくぶつかる音=リンチ。
瞬時に俺の脳内で答えが出た。きっと今あの扉の中では、とある男が、とある男達に集団暴行を受けているに違いない。
そう思った矢先、ガタン!
勢いよく、スライド式の扉が開いた。
「え……?」
「?」
俺は、一瞬自分の目を疑う。
扉から出てきたのは、学校の制服を着た一人の女の子だった。黒髪のショートヘアで、かなり可愛い顔をしている。
黒色のブレザーにスカート、白いシャツ、クリーム色のベスト、赤いリボン。この制服はこの近所にあるお嬢様学校『ビーナスン女学院高等学校』の制服に間違いない。
「あらららら、こんにちは」
女の子はにこりと俺に微笑みかけ挨拶をしてきたが、俺は苦笑いしか返せなかった。
だって、目の前に立つ女の子の拳には、ベッタリと生々しい血が付着しているのだから。
「あの、その手の血は……?」
体を硬直させながら、恐る恐る女の子に訊く。
「ああ、これですかぁ? 返り血です」
柔らかな口調で、サラッと恐ろしいことを言う。そして、再び奥の扉を開け、中から制服を着た男子学生を引きずり出した。
その男の子は頭から血を流していて、よく見ると──、
「あ!」
今朝俺に道を教えてくれたラサールン高校の男子学生だった。
「ちょちょちょっ! 救急車を呼ばないと!」
男子学生は見るからに重傷なので俺は狼狽する。
「ああ大丈夫ですよぉ。ちょっと便器の蓋で頭をカチ割っただけなんで、ほうっておいても治りますぅ」
女の子は呑気に洗面台で手を洗いながら言う。
「そもそも、そいつが急に私をナンパしてきたんですよぉ、ナンパ。身の程も知らない糞野郎なんで、そのくらい当然の報いなんです」
「そんなことで、ここまで……?」
「そんなことだなんて酷いですねぇお兄さん。女の子の誰もがナンパについて行く尻軽だと思ってるんですかぁ? 女の子の大半は、ナンパなんて迷惑だし、怖いものなんですよぉ」
女の子は手を洗い終わると、真っ黒なハンカチで手を拭きながら歩み寄って来る。
「ところで、まさかこんな場所でお兄さんに会うとは思いませんでしたよ。どうも、はじめまして」
そう言って握手を求めるように手を差し出してきた。
「私、八島京香って言います」
「八島……京香? え! えぇ!? 八島京香って、巫女の知り合いの?」
理解に及ぶまで多少の時間を要したが、目を見開いて驚愕する。




