出会いは最悪……でも雨降って地固まれば、最愛の人!
半年前、いきなりスラム街での仕事を押し付けられた私は仕事場に近い場所に住む場所を探していた。
そして偶然、ルームシェアを探していたベティと出会った。
2LDKの狭いアパルトマン。
初めは誰かと一緒に生活するのが嫌だった。
偽っていることを誰にも知られたくなかったのだ。
でも他に現場に近い、いい物件がなくて、仕方なく一緒に住むことにした。
聞けばベティは夜の仕事でほとんど家にいないことが分かった。
すれ違い生活なら大丈夫だろうと、彼女との関わりを断っていた。
初めは、関わりもないのにベティに反感ばっかり持っていた。
なんていうか、私もバベルの塔の住民にかなり毒されていたんだと思う。
こんな街のバールの店長なんてきっとまともな人はやってない、とか。
男のくせに女っておかしい、とか。
むしろ彼女が本当の男だったら、一緒に住むなんてありえなかったんだけどさ。
というか、私はベティですって言われたものだから、部屋の契約をした時点では正真正銘の女だと思ってた。
それが一緒に住みだして1ヶ月後のこと。
誰もいないと思って入ったバスルームで、初めて彼女のフルヌードを見た。
私は、あまりのことに絶句した。
目が離せなくて、震える手でベティの下半身を指さした。
今思えば、花も恥じらう乙女にあるまじき変態行為だ。
「なにそれ!」
混乱に混乱を重ねて、思わずそう叫んだ。
だが私に反して、ベティは至って冷静だ。
「ナニ、よ」
いやいや、ベティさん。そんな回答が欲しかった訳じゃなく………。
目を見開いて(私の名誉の為に言っておくと、この時点ではもうベティはタオルで大事なところを隠してたし、私はその前にちゃんと視線を違う所に向けていた)、もう目が落ちそうになっている私はフリーズして、そこから動けない。
硬直した私に、ベティは盛大なため息をついた。
「別に好きでつけてる訳じゃないわ」
そのどこか諦めたような、寂しげな瞳は今でも忘れられない。
出来るならもう一度、あの時に戻ってやり直したい、と私は思っている。
そんな彼女も彼女で、鼻持ちならない女と一緒に生活することを快く思っていなかったらしい。
面と向かって、プライドだけ高い高慢な女は嫌いだ、と言われた。
いがみ合って、反目しあって、私の素がばれて、そこからは急速に仲良くなった。
きっとベティは一人でもやっていけるだろうが、私はベティがいないと生きていけない。
「ホント……ベティの、ばかぁぁ」
「誰が馬鹿よ、寝言で人を馬鹿にするなんていい度胸じゃない。エリオルノのくせに」
ぎゅむっと鼻をつねられ、私は慌てて飛び起きた。
どうやらいつの間にかソファで眠っていたらしい。
勢いよく開いた視線の先には、見慣れた碧の瞳があった。
どこか心配げに私を見ろしている。
「私、寝てたの?」
「そうみたいね。珍しいじゃない。化粧も落とさずにいるなんて」
普段の私は家に帰れば、すぐさま服を着替え、化粧を落とし、素の自分に戻る。
寝起きで回らない頭を振り、私はソファに座る。
化粧も落とさず、着替えもせずにこの家にいるなんて、初めてかもしれない。
そんな私にベティは肩を竦めてみせた。
そのままダイニングに向かった。
冷蔵庫もどきの貯蔵庫からミルクを取り出す。
王都の随一の繁華街ルミドンならばもっと冷えている冷蔵庫も、ここではお情け程度の力しか発揮できない。
「あんたも飲む?早く飲まなきゃ腐るわ」
「ええ、もらうわ」
ベティからちょっとだけ冷えたミルクを貰い、一気に飲み干す。
ちょっとだけ喉に絡みつくミルクも、乾いた喉にはなんとも言えない爽快感をもたらす。
そんな私を見て、ベティは幼い妹でも見つめるかのように苦笑した。
自分のカップを持て、私の向かいに腰を下ろす。
無駄のないエレガントな仕草で足を組むと、切れ長の瞳を私に向けてくる。
アンニュイな表情は標準装備だ。
「どうしたの?いやに疲れてるじゃない」
まるで今日一日の私の行動を全て見てきたかのような確信を持って、ベティが口を開いた。
彼女は優しい。
そして誰よりも人の心に敏感なのだ。
こうやって私が話しだすきっかけをくれる。
けして根ほり葉ほり聞こうとしない。
そんな彼女だから私は、自分の全てを曝け出せるのだ。
「も~、聞いてくれる?今日はいつも以上に最悪でさ~、もう早くベティに話したくて堪らなくて………」
ベティに甘えるように、自分の感情を曝け出す。
今日の出来事について順を追って説明しようとした時、ふと気になった。
何故ベティがいるのだろう。
店はどうしたのだろ。
それとも私はベティの帰宅時間までリビングで寝こけていたのだろうか。
「そういえば、今、何時?」
私は首を傾げてベティを見つめる。
ベティは呆れたようにため息を吐いた。
「時間の感覚も分からないほど、爆睡してたのね。女の子がはしたない。今は十時よ」
ベティは顎でしゃくるように、チェストの上の時計を示した。
アンティークなそれはベティのお気に入りだ。
その時計の針は、丸い円の中に鏡文字のレ点を描いていた。
そうか、十時か。
帰ったのが七時過ぎだったから、かれこれ3時間も寝ていた訳か。
ん?十時?
私は眉を寄せた。
「十時って、なんでベティが家にいるの?お店は?」
何が何だか分からなくて、私はアホ面でベティを見つめた。
ベティの店は閉店が深夜の2時。
帰宅はいつも午前様なのだ。
ん?もしかして朝の十時のことだろうか。
だけど部屋の明かりは煌々としていて、外は暗い。
「商売上がったりで閉めてきたわ。それにこのままだと帰れなくなること請け合いだし。雨風がましな内に帰っておこうと……」
「雨風?」
私はポカンと聞き返した。
ベティの言わんとしていることが分からない。
そんな私をベティが、実に残念な子を見つめるように目を眇めてくる。
「呆れた。あんた、まったく気付かなかったの?こんなにも激しく豪雨が降ってるのに……」