ハリケーン、来襲!
ベティの言葉に私はハタと気付いた。
バタバタと壁を叩く強い雨の音。
今まで気付かなかった方がおかしい。
それほどに激しい雨音が室内に響いていた。
そういえば、ニュースペーパーでハリケーンが近付いていると書いていた気がする。
そっか、そっか。ハリケーンの影響なのね、この豪雨は。
普段は外してばっかりの天気予報も、この大型ハリケーンの予報は外せなかったようだ。
「よかった~雨が降ったのが夜で……。夕方までに降ってきてたら家に帰れなかったよ」
私はホッと胸を撫で下ろした。
王宮周辺で私が寝泊まりできる場所はない。
前に住んでいたアパルトマンはすでに引き払っているし、泊めてくれるような友人もいない。
お金もほとんど持っていなかったから、ホテルも無理。
最悪、環境事業省の空いてる部屋か………。
間違っても祖母の家にはいけない。
厳格な祖母は、私が左遷されて王都の端で土木作業をしていることに今でも怒り心頭なのだ。
「よくないわよ~。ハリケーンの所為で、店は閑古鳥よ。まったく、細々と生活しているのに。その生活基盤を奪わないでほしいわ」
腹立たしげにベティがため息を吐いた。
「まぁまぁ、そんな日があってもいんじゃない?普段からベティは働き過ぎだもの」
宥めるように笑いかけると、ムスッとした顔をされた。
これは機嫌を悪くした顔じゃなくて、何か引っかかり覚えた時の彼女の顔。
半年の付き合いだが、それでも彼女の表情の意図するところが私にも分かってきた。
あまり表情豊かじゃないけど、でも言葉以上に彼女の表情は饒舌だ。
一見怒っているように見える顔が実は心配の表情であったり、不機嫌そうな顔がうろたえているだけなのだと分かった。
「あんたがそれを言う?いつも遅くまであの何もない更地に残ってさ。一応女の子なんだから、日が暮れる前に帰るように言っても全然、アタシの助言を聞き入れないんだから」
盛大にため息を吐かれた。
これがベティ以外なら失望されたと思うが、相手が彼女なら話は別だ。
これは心底心配してくれているから出る嘆息なのだ。
そうだと知っているから、ちょっと顔がにやける。
「なんか腹立つわね、その顔。それより早く話しなさいよ。どうせ、現場で何かあったんでしょ?エリオルノのくせに我慢してんじゃないわよ」
やっぱりベティには全部お見通しだ。
私は胸に巣食う負の感情を少しでも減らそうと口を開いた。
「実は今日現場で落盤事故が………」
言いかけて言葉を切った。
そうだ、今日、落盤事故があった。
その現場で、責任者であるはずの私は何もできなくて、事故の報告に行っても上司は無関心で……。
その全てが嫌で、でも何もできない自分がいて。
だから、すごく胸の奥がギスギスしてた。
「どしたのよ?」
固まった私に対して、ベティが怪訝な視線を向けてくる。
でもそんなこと構ってられない。
やっと動き出した頭が急速に動き出して、いろんな情報が頭の中を駆け巡る。
落盤事故。
近付くハリケーン。
バールを閉めなくてはならないほどの豪雨…………。
そこから導き出される答え。
「どうしよう。落盤事故!何の対処もしてない!」
感情のままに叫んだ。
その現実に気付くと、居ても立ってもいられない。
そうだ、あそこは落盤したままになっている。
あのまま豪雨が穴に降れば、せっかく掘り進めていた部分も全て土砂で埋まってしまうかもしれない。
あの現場は私の采配でなっている。
ハリケーンが近寄っていることをニュースペーパーで知りながら、その対処を取らずにきてしまった。
これは偏に、現場に目を向けていなかった私の責任。
せっかく皆が掘り進めていた現場なのに、落盤事故どころか雨風に晒されて崩れてしまったら、今までの皆の努力が水の泡だ。
「エリオルノ?」
きっと私は途方もなく情けない顔をしてるのだろう。
心配げにベティが私の顔を覗き込んでくる。
でも、その現実に気付いた私には、そんな優しさを感じる余裕もない。
私は勢いよく立ちあがった。
「私、現場に行かなくちゃ!」




