土木の女!って、誰に誇れんのよ……
エリオルノ・バートリーといえば、ちょっとした有名人だ。
名家バートリー家の出身で、スキップして大学を幼くして卒業し、難関と呼ばれる中央省庁の官僚試験を一発で合格。
そんな誰もが羨む経歴を背負って、私は半年ほど前まであのバベルの塔の中で戦っていた。
そこは高いから偉い、と信じて疑わない人々がもっと高みに登ろうと知略を巡らし、欲と富にまみれている場所だった。
妬みややっかみに負けないように完璧な人間を演じる――それが一か月前までの私の姿だった。
それが……。
今私がいるのはバベルの塔を含む中央省庁のある王宮から離れた王都の片隅。
仕事にあぶれた下層の人が暮らすスラム街の一角。
街から離れたここは一面に荒れ果てた赤肌の土地が続いている。
所々地面に飲まれるように支えられている石柱は風化し、一度は繁栄を極めた文明の一部であるとは信じられないほどに荒廃していた。
忘れ去られた廃墟。
そんな悲しい言葉が浮かんでくる。
ここは、約千年前の古代遺跡だ。
かつて文明の中心地だったらしく、ここを中心として無数の地下通路と地下都市がこの王都に下に広がっていたらしい。
ただこれは文献上の話で、誰もその地下通路とやらを見たことはない。
まあ、千年も前に地下都市の建設などという土木技術があるのなら、今ここでちみちみと土を運んでいる私達は千年前の先祖にも劣る技術しかないと言わざるを得ない。
なので、あくまでも地下都市云々は伝説の話。
私達がここを整備しているのは、貧民層に仕事を与えんためのインフラ整備の一環だ。
どっかの誰かが自分の人気取りだか、そんなものの為に打ち出した方策なために、いまいち終着点が見えないために、はっきり言って無駄な作業でしかない。
ある程度片付ければ、遺跡を観光地として売り出したらしい。
だが、それがいつになるか………。
はぁっと大きくため息をついて、周りを見渡した。
荒廃した土地を黙々と行き来するのは筋肉隆々の男達。
薄汚れた作業着に身を包み、それぞれクワやシャベルを手にして作業している。
どこを見ても男、男、男。
しかも全員が程よく鍛えられていて、筋肉隆々。
それを健康的に真っ黒にし、玉のような汗を光らせている。
筋肉好きの肉食女子ならよだれ垂涎な光景だろう。
なんたって奴らは半分以上が上半身裸だし、それ以外は薄てなシャツしか着ていない。
もう筋肉ムキダシだ。
ノット筋肉な私は、筋肉飽満状態に吐きそうだ。
そんな肉体派な男達の中に混じる私は、見た目も中身も根っからの頭脳派。
ついでに運動音痴なインドアタイプである。
しかも、ついこの間まで土木作業のどの字も知らなかったのだから、人生って何があるか分からないよ、ホント。
それが今のこの状況はどうよ。
当たり前のようにダサい薄緑色の作業服に身を包み、足元はかったい安全靴でばっちりキメて、安全ヘルメットまで装着している。
なんというフル装備。
これぞ、土木の女!
上から下まで自分の恰好を見つめる。
ははっと乾いた笑みを浮かべ、私はがっくりと肩を落とした。
ホント、似合わないな。
この恰好で、ここで働くようになってはや半年。
そう、半年前、王宮で働く期待の新人官僚だった私は、都の片隅にある遺跡発掘現場の監督へと華麗な転身を遂げたのだ。
盗み見るように遠くに聳えるバベルの塔を見上げ、小さく息を吐いた。
半年前は息が詰まりそうなほど居づらかった場所だった。
なのに、今はあの塔に戻りたくて仕方ないなんて………。
私は救いようもない馬鹿だ。
あそこにいた頃、私の周りは敵ばかりだった。
本当の私は童顔で、たれ目で、薄顔で………。
しかも性格も地味で内気で引っ込み思案で、ビビりで、後ろ向き。
そんな自分が自分で嫌だった。
そんな素の自分じゃとてもじゃないけど、この世界で生き残っていけないと思った。
別の誰かを造らないと正面切って戦うことも出来ない。
考えたのが、自分に魔法をかけること。
生き残るためには頑丈な鎧が必要で、表情を読まれないようにきつく化粧をして、見下されないように高いヒールを履いて、高度な知識で武装をした。
初めは無我夢中だった。
なめられない自分を演じることは、思った以上に大変で思った以上に効果的だった。
誰もが私に一目を置いていた。
必死にもがいて、やっと居場所を見つけ、仕事にもやりがいを感じ始めていたところだった。
なのに運命は本当に意地悪で、サディストだ。
突如やってきて全てを変えてしまう。
そう。半年前のあの日。
運命は嘲笑いながら、私をあのバベルの塔から突き落とした。
高い塔から転げ落ちた私は今まで培ってきたキャリアも知識も及ばない荒野で、言葉も常識も通じない野蛮人を相手に生きなければならなくなったのだ。
話す言語は一緒でも、相手に聞く気がなければ通じないのと同じ。
安い賃金で過酷な労働をさせられている彼らにとって、あのバベルの塔から来た者は誰だって敵として映るらしい。
そのバベルの塔を離れてもう半年。
私はまだ、この現場の人達から嫌われたまま。
挨拶さえ交わさない。