あめにもまけず
チュンチュンっと軽やかな鳥の囀りがする。
あれ?私、どうしたの?
寝起きで働かない頭でぼんやりと考える。
辺りは褪せたように光が滲んでいて、天上の一部から眩い光が降り注ぐ。
ああ、そっか。
私、荒野の地下に落ちたんだった。
あの豪雨の中で眠りこけるなんて、私って、なんて豪胆。
ううん。きっと一人じゃこうはいかなかった。
こんなにも安心できたのは、この温かい体温のお陰かもしれない。
この温かさに包まれていたから、私は落ちつけたんだ。
最悪な場所で目覚めたのに、今までで一番晴れやかな目覚めに感じるの。
きっと、それは……。
ん?それは…………………。
「ああっ!」
私は慌てて体を起こした。
勢いあまって、その場に尻もちをつく。
色々思い出すと、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
そうだ。昨日、私に温もりをくれたのは、他でもないこの男。
私は熱を帯びた視線を向ける。
その先にあるのは、甘い甘いシュガーフェイス。
朝の眩い光に照らされ、太陽のような金髪が光って見える。
その下にある透き通った青の瞳は、いつも以上に柔らかい。
何かを慈しむように微笑むその顔はいつもより数倍、大人っぽくて……。
「やっと、起きた?」
「え、えっと………その………」
私はうろたえて、なかなか言葉が紡げない。
なのに、アンは堂々と私を見返して極上の笑みを浮かべてくる。
うわぁ、寝起きでそんな蕩けそうな笑顔を見せないでよ。
直視できないよ。
「クスクス、昨夜はありがとう。君の体温と可愛い寝顔をめいっぱい堪能できたよ」
アンはボケッとしてアンを見つめるしかできない私にそっと手を伸ばし、乱れた私の髪を一房取る。
そのままチュッと髪に唇を落とした。
……………。
ぅう…………………。
うぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
なんて絵になる光景!
なんで朝から全力でカッコいい訳!なんで起き抜けなのに、そんな爽やかなの?
まるで嵐が去った後の晴れやかな青空のような笑顔が私の心を抉る。
しかも、体温を堪能ってなんだ!
いや、確かに私もアンのあっかたさのお陰で落ちつけたんだけど、でもさ、もっと言い方ない訳?
もう、私の頭はパニックだ。
混乱して、それ以上に何も言えなくて、パクパクと口を動かすしかない。
そんな私に構わず、アンが軽やかな声を上げる。
「あっ!遠くからリーダーの声がする!お〜い!!リーダー!!!こっち、こっち!!」
一人身悶える私を取り残し、外に意識を向けたアンが大声に上げた。
その声に引かれるように、初めは小さく段々と大きく、ズンズン地面を踏みしめる音がした。
その後、べリッとビニールシートが剥がされ、見慣れた顔が覗きこんできた。
「アン?なんだって、こんなところに………って、監督も!!」
この痺れるような重低音はもちろんラズロさん。
その声は珍しく上擦っている。
私、ラズロさんの驚いた声、初めて聞いた。
そりゃ、驚くよね。
私は恥ずかしさのあまり、この地底にもう一つ穴を掘りたくなった。
でも掘るには遅すぎて、仕方なく俯いてアンの後ろに隠れる。
そんな私をちょっと振り向いて、アンがフッと笑みをこぼす。
「実は監督さ、昨夜の豪雨の所為で、この穴が壊れたら、今までの皆の努力が無駄になるって、息急き切ってここに駆け付けたんだ。それで、ビニールシートがかかっていることにホッとしたのも束の間、ビニールシートの間に、隙間がある。それをそのままにしたら、穴が水浸しになるかもしれない。そう思って手を伸ばして……そんでもって今に至る」
「それでお前は?」
「俺は通りすがりにおーちゃんを見かけただけ。じゃあ、この現場に入っていくからなんだろ〜って思って、後をついていってこの有様」
「なるほどな、すぐにロープを持ってくる。しかし、監督ももう少し、俺らを頼ってくれればいいのに………。一人で現場に行く前に一言言ってくれれば、昨日、アンがハリケーンが来るからってビニールシートを掛けたことを伝えたのに……」
ぶつぶつと独り言を言いながら、ラズロさんは頭を掻きながら穴から離れていった。
その言葉に、思わず目の前の眩い太陽に目をやる。
驚きで、一瞬、目が落ちるかと思った。
「何、その目。俺が提言したのがそんなに意外?」
ポカンとアンを見つめる私にアンは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
まさか彼がこの現場を守っていてくれたなんて………。
そう思うと、すごく胸が熱くなった。
ヤバい、泣きそうだ。
昨日とは違う感情が私の目尻を潤ませる。
「もう、そんな顔しないでよ。押し倒したくなるじゃない」
「ぴぃ!!」
私にすり寄って、アンが耳たぶを舐めるように囁く。
その瞬間、頭が沸騰して、何も言えなくった。
「な、なにを、なんの冗談?」
「冗談?ひどいな、それは言いがかりだ。昨日から言ってるじゃない。全部ホ・ン・キ!」
極上の微笑みが私に近づき、チュッと頬に口付けられた。
ドキンッ―――。
今までで一番胸が熱くなる。
「おーい!ロープを垂らすぞ!」
その言葉にアンは、ふっと吐息を漏らして私から顔を離した。
私は熱せられた頬に手をやりながら、アンから視線を避けるように上を見上げた。
私の頭上に広がるのは、どこまでも澄んだ青空。
眩い太陽の光は神聖で、ちっぽけな私の悩みなんて簡単に吹き飛ばす。
めいいっぱい吸い込んだ朝の空気は、こんな荒野であるにも関わらずに透き通っていて気持ち良かった。
私達はラズロさんと他数名のお陰で、やっと穴倉から這い出ることができた。
聞けば、ラズロさんも雨の所為でこの穴がどうなったか気になって、仕事もないのに駆け付けたらしい。
その事実が私の胸を熱くする。
「あの、ありがとうございました」
私は初めて、真っ直ぐにラズロさんを見つめ、本心を語った。
「ん、いや、そんなことはない」
いつも通りに簡潔で愛想のない返答。
でもいつもと違って聞こえるのは、きっと気の所為じゃない。
何故か、そわそわして視線を彷徨わせるラズロさんが可愛く見えた。
「ラズロさん、私………」
そう言いかけた瞬間、私の体が急に宙を浮いた。
「ふひぃへぇぇぇ?」
情けない叫び声が飛びだす。
いきなりのことにラズロさんも驚きを隠せないらしい。
気が付くと、私は力強い腕に抱かれていた。
そう、これは俗にいうお姫様ダッコとかいうやつだ。
こんなの、生まれてこの方体験したことない。
「リーダー!俺はこのまま、おーちゃんを送ります。一晩中雨に打たれてたから、風邪引いちゃうかもしれない」
「え?あ、ああ、そうだな」
呆れ返ったラズロさんへの返事もそこそに、アンは街に向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっとおろして!」
慣れない体験に全力でテンパル私。
なんとか、この甘い男の罠から抜け出そうともがく。
でもそこは、この不届き者の方が一枚上手だ。
私の耳元に、意地悪で甘い声が優しく囁いた。
「おーちゃん、ツケマ取れ掛けている」
な、なんですとぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉ!
それは困る!
いくらラズロさんの本音が聞けたからって、この素顔を晒す気にはなれない。
確かに、昨日からずっと豪雨に晒されてきたし、途中でニュースペーパーの魔の手に阻まれた。 もう化粧らしい化粧なんて残っていないかも。
そんな当たり前の現実に気付くと、私は真っ青になった。
もうお姫様ダッコがどうとか、言ってられない。
私は真っ青になって、自分の顔を覆った。
その顔に自分の顔を寄せて、アンが楽しそうに囁く。
「今度はホント!今のところ、おーちゃんの素顔は俺だけのものだからね」
チュッと今度はまぶたにキスされた。
そんなこと言われて、そんなことされたら、もう腰砕けだよ。
抵抗する気力すら湧かない。
呆れるラズロさんの視線が痛い。
きっと彼にはこの事態の一部だって分かっていないのだから………。
でも、今日はどうかこのままで。
いろいろありすぎて、まだ自分の中で整理できないんだ。
それにいきなり、素顔で接するなんてできないよ。
まだまだ、ビシビシツケマで目力アップの完璧鎧メイクじゃなきゃ対等に話すこともできないよ。
でも、いつか……。
私のコトを少しでも分かってくれているっと知ったから………。
だから、ゆっくりでいいから、私が素のままでも表に出れる勇気を手にいれよう。
私は胸に湧いた小さな夢にドキドキしていた。
思わずはにかむように吐息を漏らすと、アンが不思議そうに見下ろしてきた。
「どしたの?おーちゃん」
「ふふ、教えてあげない」
私は笑った。
久振りに笑った所為で、ちょっと頬が引きつるのはご愛嬌よね?
アンがなんか変な顔で見つめてくるけど、今は気分がいいから不問に処してやろう。
ああ……私ってホント、バカだな。
どんなに激しい雨が降っても、その後には眩い青空が待っている。
ずっと止まない雨の中にいると思っていたのは、私だけだったんだ。
ホントはずっと、皆が大きな傘を差し出してくれていた。
それに気付けなかったのは、偏に私が自分の感情に凝り固まっていたから。
そう気付くと、現実はこんなにも柔らかく私を包む。
うん、そうだよね。
毎日は同じじゃない。
雨の日もあれば、風の日もある。
灼熱の日も。極寒の日も。悲しい日も。やるせない日も。
でも、どんな時も自分のペースで歩いていくしかない。
私はそっと視線を晴れ渡った空に向けた。
遥か遠くに、今日も隆々と立つバベルの塔がある。
でも今日はいつもより小さい気がした。
そう、とるに足りないほど小さく……。
威厳ある国家の象徴は青い空に飲まれ、どこか霞んでいた。
そうだね。
見え方も私次第。
だから、ない物ねだりは今日で終わり。
私はここで自分に任されたことをこなしてくだけなんだ。
そう、雨にも負けず。風にも負けず。
人の優しさをちゃんと分かれるように。
泣きそうな時もあるだろう。
でも、私はもう立ち止まらない。
だって、私のことを思ってくれる人がいるって気付いたから。
大好きな人の優しさに応えられる、そんな人に私はなりたい。
読んでくださって、ありがとうございました!走って書いてしまったので、よく分からない所が多々あったと思いますが、最後まで目を通して下さって、感無量です。私も雨にも風にも、時々負けるかもしれませんが、負けずに頑張る所存であります。




