第三話 昼休み
第3話 昼休み
四時間目の終わりを告げるチャイムと、ひなたの「お昼ー!」がほとんど同時だった。
「ひなた、最後の五分ずっと時計見てたでしょ」
「見てないよ?」
「三回見てた」
理央に即座にばらされて、ひなたが口を尖らせる。
「だってお腹すいたんだもん」
美咲は笑いながら机を寄せた。凛が椅子ごとこちらを向き、奈々も弁当を持ってくる。六人で「いただきます」を言って、それぞれ蓋を開けた。
ひなたは迷わず唐揚げを一つ。薄い衣がさくっと割れて、醤油と生姜の香りが広がる。「んー、おいしい!」と頬を緩めた直後、二個目を真二へ差し出した。
「真二も食べる?」「いいの?」「いいよ」
そのまま渡すのかと思ったら、途中で止まる。
「……何くれる?」
「やっぱ交換なんだ」
ひなたは当然の顔で真二の弁当を覗き、卵焼きを見つけると「それ!」。大きさまで比べ始めたので、美咲まで「同じくらいじゃない?」と判定させられた。
「なんで私が決めるの?」
交換された卵焼きをひなたが頬張る。ふわっとした甘さが来たらしく、すぐに目が丸くなった。
「ん! 今日、甘いやつだ」
――今日?
美咲は箸を止めかけた。
まあ、幼なじみだし。家の卵焼きを食べたことくらいあるのかもしれない。
一方の真二も唐揚げを食べ、「うま。今日、生姜強め?」と首を傾げる。
「そう? 朝はもうちょい薄かった気がする」
美咲の箸が止まった。
「……朝?」
奈々も首を傾げる。「朝も唐揚げだったの?」
「違うよ。朝は卵焼き」
「花岡君の?」
「うん」
美咲は二人を見比べた。
「なんで朝から花岡の家で卵焼き食べてるの?」
「寝坊したから」
「寝坊したら花岡の家で朝ごはんになるの?」
「たまに」
真二まで普通に頷いた。
二人とも説明する気がない。
「今日も家出たら、こいつが隣から出てきてさ。パンくわえて」「くわえてない! 袋持ってた!」「あ、そうだった」「少女漫画みたいにしないで!」
「ちょっと惜しいね」と理央。「曲がり角も必要だろう」と凛まで加わる。
「凛、そこなんだ」
「曲がり角でぶつかるのだろう?」
奈々が少し考え、「でも二人って隣同士なんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ一緒に家から出てきちゃうから、曲がり角で会えないね」
「物語が始まらないね」と理央。
「もう幼なじみだから始まったあとじゃない?」
美咲が言うと、真二が笑った。「なんで俺たち、昼飯食べながら少女漫画として採点されてるの?」
「零点だって、真二!」
「ひなたも一緒に零点だからね?」
「私はパン持ってたよ!」
「そこ加点されるの?」
美咲は笑いながら肉巻きを一つ食べた。甘辛い肉の中で、アスパラがしゃきっと鳴る。
肉巻きを口に入れたところで、ひなたがまた真二の弁当を覗いているのに気づいた。
「もう一個」
「自分の卵焼きあるでしょ」
「味違うもん」
「朝も食べたでしょ」
「朝と昼は別」
「どういう理屈だよ」
――朝も食べて、昼も味の違いが分かる。
やっぱりこの二人、かなり近い。
「じゃあ私とも交換しよ」
美咲が弁当を寄せると、ひなたの目が肉巻きへ吸い寄せられた。
「それ!」
「何くれる?」
「ブロッコリー」
「やだ」
「なんで!?」
「私も入ってるもん」
ひなたが本気で残念そうな顔をしたので、美咲は笑った。結局、卵焼きと交換する。
ひなたが肉巻きを口に入れた途端、「んん!」と目を丸くした。甘辛い肉のあとからアスパラがしゃきっと鳴る。
「これ好き!」
「でしょ!」
思ったより嬉しい。
「昨日の夕飯の残りだけどね」
「作り方聞いてきて!」
「いいよ」
「やった!」
「あの、ひなたさん」
奈々がそっと呼んだ。
「唐揚げ、あと一個だよ」
「え?」
「最初、四個あったよね」と理央。「花岡君に一個、奈々ちゃんに一個」
「……なんか減るの早くない?」
「自分であげたんでしょ」
「でも増えたよ! 卵焼き二種類と肉巻き!」
「本人が嬉しいならいいんじゃない?」
「うん!」
ひなたは最後の唐揚げだけを弁当の端へ避難させた。
「これは最後に食べる」
「急に守りに入ったね」
そこへ凛が自分の唐揚げを一つ差し出す。
「ひなた。これを食べるか?」
「凛!」
ひなたの顔が一瞬で輝いた。
「好き!」
「唐揚げで告白した」と理央。
「違うよ、凛が好きなの!」
「余計に告白になってる」
美咲が笑う。
「じゃあ凛、何がいい?」
凛はひなたの弁当を見て、少し考えた。
「では、ブロッコリーを」
「いいの!?」
「なぜ驚く?」
「私が断ったから」
「私は入っていない」
「なるほど……」
美咲まで納得した。
ブロッコリーは凛の弁当へ移った。
「よかったね、ブロッコリー。行き先見つかったよ」
理央が言う。
「私のブロッコリーを捨て犬みたいに言わないで!」
凛はそのブロッコリーを食べ、「……普通においしい」と頷いた。
「褒め方!」
「ブロッコリーをどう褒めればいいんだ?」
真剣に聞かれて、美咲も考える。
「…………分かんない」
「美咲も分かんないんじゃん」
真二が笑った。
そのあと、ひなたは理央のかぼちゃにも目をつけた。柔らかく煮えた一切れをもらって口に入れると、さっきまで騒いでいたのに「……おいし」と急に声が小さくなる。
「気に入った? もう一個あげる」
「理央ー!」
「抱きつかないでね」
両腕を開きかけたひなたが止まった。
「まだ何もしてない!」
「腕開いてるけど」
「……喜びの表現」
「もう扱い分かってるじゃん」と美咲が笑う。
「食べ物あげるとだいたい喜ぶから」と真二。
「犬みたいに言わないで!」
「さっきブロッコリーを捨て犬みたいに扱ってたの誰だっけ?」
「……あれはブロッコリーだから」
「ブロッコリーに謝りなよ」
また笑いが重なった。
美咲は肉巻きを食べながら、なんとなく二人を見ていた。
「ひなた、次それ食べるでしょ」
真二が言う。
「え?」
「卵焼き」
ひなたの箸は、ちょうど卵焼きへ向かっている。
「なんで分かったの?」
「だいたいその辺で食べるじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
少しすると、今度はひなたが真二の弁当を見た。
「それ、最後のほうまで残すよね」
「おひたし? まあ、そうかも」
美咲は黙って肉巻きを噛んだ。
朝ごはんを一緒に食べる。卵焼きの味を知っている。食べる順番まで分かる。
もう、ほとんど何でも知っているんじゃないだろうか。
そんなところで凛が聞いた。
「好きなものは最後に食べるのか?」
「私は最初と最後!」
「二個必要だな」
「そう!」
凛が普通に納得している。
「俺は好きなの最後かな」
真二が何気なく言った。
「卵焼きでしょ」
ひなたが即答する。
「今日はね。唐揚げある日は唐揚げ」
「え?」
ひなたの声が変わった。
「そうなの?」
「うん」
「いつから?」
「中学くらい?」
「……知らなかった」
美咲は思わず二人を見た。
「ひなたでも知らないことあるんだ」
「あるよ」
ひなたは普通に頷いた。
「いっぱいあるよ。ずっと一緒にいるからって、なんでも知ってるわけじゃないし」
「俺もひなたの知らないこと普通にあるよ」
「じゃあ、私が今一番好きなアイスは?」
「チョコのやつ」
「どれ?」
「いっぱいあるよ」
「ほら!」
美咲は吹き出した。
「じゃあ今日、買って帰れば?」
ひなたの顔がぱっと明るくなる。
「それいい! 真二、当てて!」
「俺も行くこと決まってる?」
「外したら私にアイスおごりね」
「なんで!?」
「当てたら?」と奈々。
「私が真二におごる!」
「それなら公平だね」
「いや、俺まだ参加するって――」
美咲はなんだか面白くなってきた。
「私も行こうかな」
「行こう!」
「私も見たい。花岡君が外すところ」と理央。
「では私も行こう」と凛。
「じゃあ、私も」と奈々。
真二が五人を見回した。
「俺、逃げ道ないよね?」
「あるよ」
ひなたが笑顔で言う。
「当てればいい!」
「逃げ道じゃないんだよ」
美咲は笑いながら弁当の蓋を閉じた。
「あ」
真二の声に顔を上げる。
ひなたが自分の弁当箱の隅を見つめていた。
ブロッコリーが一つ残っている。
ひなたはしばらくそれを見て、それから、そっと凛を見た。
「もう交換しないぞ」
「まだ何も言ってない!」
美咲は耐えられず吹き出した。
「凛まで分かるようになってる」
「そんなに!?」
奈々も笑い、理央は口元を押さえ、真二は完全に声を出していた。
「もう!」
ひなたも最後には笑いながら、ブロッコリーを口へ放り込む。
「……おいしいよ?」
「最初から誰もまずいって言ってないから」
午後の予鈴まで、あと五分。
放課後は、六人でアイス。
真二には悪いけど、できれば外してほしい。
そのほうが面白そうだ。




