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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat1 タイムリープ

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五話目 追い付く未来

 続けて、わたしは三射目を放つ。


 そして――最後の一本。


 矢は迷いなく飛び、二本とも的の中心へと吸い込まれた。

 

 胸の奥で、何かが静かに確信へと変わる。

 時間の流れに触れた気がした。

 

 ほんの僅かでも、確かに変わり始めている。

 わたしは弓を下ろし、小さく息を吐いた。

 踵を返して後ろの人と交代し、そのまま帰り支度を始めた。

 

「なんだ明穂、もう帰るのか? 調子上がってきたのに。」

 

 先輩に呼び止められ、わたしは振り向いて笑顔で頷いた。

 

「昨日、階段から落ちちゃって。まだあちこち痛いんです……それに、このあと“用事”があるんです。」

 

 部室に戻ると、わたしはすぐスマホを取り出した。

 結依へメッセージを送る。

 

 ――教室で待ってる。忘れ物しちゃって。

 

 小さな嘘。

 昨日、待ち合わせたのは校門の近く。

 だから今日は変える。

 

 ほんの少しでいい。

 未来に、ひびを入れるように。

 その小さな亀裂を、わたしは確実に広げていく。

 歪みはやがて、大きな流れを変える。

 

 そう信じて――わたしは返信を待った。


 ――了解。ちょうど一区切りついたところ。

 じゃあ教室で待ってるね。

 

 結依からの返信を確認すると、わたしは小さく息を吐いた。

 焦らないように指先を止めてから、短く返す。

 

 ――ありがとう。着替えたら行くね。

 

 スマホをしまい、道着を整える。

 畳んだそれをロッカーへ押し込み、扉を閉めた音がやけに乾いて聞こえた。

 バッグを肩に掛け、わたしは廊下へ出た。


★☆

 

 教室の扉を開けると、結依はすでに席についていて、こちらに気づくと軽く手を上げた。

 

「ごめん、お待たせ。」

 

「全然。それで、忘れ物って?」

 

 わたしは机の中を覗き込むふりをしてから、思い出したように声を上げる。

 

「あー、これこれ。ノート置きっぱなしだったんだよね。ちょっと勉強しようかなって思ってさぁ。」

 

 取り出したノートを、そのままバッグに滑り込ませる。

 

「へぇー、明穂が勉強ねぇ。珍しいじゃん」

 

 結依がくすっと笑う。

 

「なによ、たまにはするってば。」

 

 わたしは頬を膨らませ不満げに言い返しながらバッグを持ち直した。

 

「じゃ、そろそろ行こっか。」

 

 できるだけ自然な調子でそう言って、わたしは教室の出口へ向かう。

 結依も立ち上がり、並んで歩き出す。

 

 放課後の廊下は、思ったより静かだった。

 わたしは足音を聞きながら、さりげなくバッグの位置を整える。

 

 ――いよいよだ。

 

 そんな考えを胸の奥に押し込みながら、結依と一緒に教室を後にした。


★☆


 このあと結依とは、駅前のデパートへ行く予定になっている。

 少なくとも――ここでは、何も起こらないはずだ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、胸の奥に残る緊張を押し込め、結依との買い物を楽しむことにした。

 

 最初に向かったのは洋服屋。

 ここも、結依と何度か来たことのある店だ。

 

 可愛い服、お洒落な服。

 

 正直、わたしの趣味とは少し違う。

 けれど結依が楽しそうに服を手に取って説明してくれるのを聞いていると、自分も少しだけ“普通の女の子”に近づけたような気がして、悪くない時間だった。

 

「明穂もちゃんとお洒落すればいいのに。顔だって綺麗だし、背も高いし、絶対モテるよ。」

 

 ――昨日と同じ言葉。

 昨日のわたしは、ここで笑ってごまかして終わった。

 

 でも今日は違う。

 

「へぇ、そうかな。じゃあこのスカートとかどう? 似合うかな?」

 

 普段なら絶対に手に取らないスカートを腰に当て、わざとらしくポーズをとってみせる。

 結依は一瞬驚いたあと、ぱっと顔を輝かせて別のスカートを手に取った。

 

「明穂だったら、こっちの方が絶対似合うと思うよ。背高いし、脚きれいだし。」

 

「そっか、じゃあ試着してみようかな。」

 

 ――昨日とは違う行動。

 そして、ほんの少しだけ時間をかける。

 あの時、結依と別れた時間から、少しずつ未来をずらしていく。

 

 次に向かったのは化粧品売り場。

 普段のわたしはほとんど化粧をしない。面倒だし、朝は一分でも長く寝ていたい派だ。

 

 とはいえ、ズボラなわけではないのよ。

 肌の手入れくらいはそれなりにやっているつもりだ。

 

 ――そして、ここでも昨日とは違う行動を取る。

 

 わたしはリップ売り場の前で、興味ありげに足を止めてみせた。

 

「へぇー、珍しいじゃん。なに? コースケくんに言われたの? たまには化粧しろって。」

 

 いきなりコースケの名前を出されて、わたしは思わず顔が熱くなる。

 

「違うよ! なんでそこでコースケが出てくるのよ。別にわたし、あいつのことなんて何とも思ってないし。友達……いや違う、腐れ縁よ腐れ縁!」

 

 慌てて否定するわたしに、結依は「ふーん」と疑いの目を向けたあと、くすっと笑った。

 

「まあいいや。じゃあ私が明穂に似合うの選んであげるわ。」

 

 結依は数本のリップを手に取り、真剣に悩み始める。

 

 ――作戦通り。

 

 これで、もう少し時間を稼げる。

 

「ちょっとこっち向いて。」

 

 結依に顎をつかまれ、半ばおもちゃのように扱われながらも、わたしはこの時間をちゃんと楽しんでいた。

 

 結局、結依が選んだ一本を買うことになった。

 派手すぎない、桜の花びらみたいな淡いピンク。

 

 ――もちろん、昨日のわたしは買っていない。

 

 わたしは、少しずつ。確実に。

 昨日とは違う行動を重ねている。

 

 そして――

 

「私このあと、もう一件寄らなきゃいけない店あるんだ。明穂はどうする?」

 

 来た。

 

 ここが――結依にとっての分岐点。

 そして、わたしに取っても重要な分岐点。

 胸の奥が、強く脈打った。


「うん、付き合うよ。部活も早く切り上げちゃったし、家にいてもすることないしね。」

 

「することない? 勉強するんじゃなかったの?」

 

 結依の軽いツッコミに、心臓がドクンと跳ねる。

 けれど、わたしは何でもない顔で笑ってごまかした。

 

 そんなわたしを、結依は少し呆れたように見つめたあと、小さく笑う。

 

「ありがと。じゃ、行こ。」

 

 前を向いて歩き出す結依の背中を、すぐに追いかけた。

 

 ――昨日、元気だった結依の最後の姿。

 もう二度と失わない。

 必ず守る。

 静かに息を吸い込み、胸の奥で誓う。

 

 ここから先は、わたしも知らない未来だ。

 目的地へ向かう途中で襲われたのか。

 それとも、帰り道だったのか。

 

 ただ一つ確かなのは――

 結依が刺された場所は、この先にあるということだけ。

 

 緊張の糸が、身体中に張り巡らされていく。

 息を詰めたまま落ち着かず、視線があちこちに泳ぐ。

 

 すれ違う人も、街の喧騒も、どこか不穏に感じてしまう。

 少し物音がするだけで振り返り、無意識に周囲を確認していた。

 

「ねぇ、明穂。」

 

「わぁっ! えっ、なに?」

 

 急に声をかけられ、思わず声が裏返る。

 結依は驚いたわたしの顔を覗き込み、不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたの?少し変だよ。」

 

「ううん、な、なんでもないよ。

 そ、それより……結依、これからどこ行くの?」

 

「ほら、画材屋さん。部活で使う筆、買い替えようと思って。」

 

「ああ……」

 

 行き先が分かり、胸の奥が少しだけ緩む。

 

 結依は美術部に所属している。

 絵のことはよく分からないわたしでも、彼女の作品がすごいのは分かる。去年だってコンクールで入賞していた。

 

 これから向かう画材屋も、何度か一緒に来たことがある店。

 

 ――そして。

 結依が刺された場所は、その少し先だ。


 頭の奥で、何かがかちりと噛み合った

 方角的に考えれば、おそらく襲われたのは帰り道。

 そう推測できるだけで、ほんの少しだけ呼吸が楽になる。

 

 それでも安心なんてできない。

 わたしは小さく息を吐いた。

 

 ――ここで、最後の一手を打つ。

 単純だけど、確実に結依を守る方法。

 

「ねぇ結依。」

 

「なに?」

 

「画材屋寄ったあとさ、わたしの用事にも付き合ってよ。」

 

「用事?」

 

「たこ焼き。ちょっとお腹空いちゃって。

 いつもの店、付き合ってよ。」

 

 そう。

 わたしたちは、あの場所には行かない。

 結依を、あの場所へ近づけさえしなければいい。

 必死に考えた、わたしなりの最善の答えだった。

 

「別にいいけど……」

 

 少しだけ怪しむような視線。

 それでも了承はもらえた。

 わたしはお腹をさすりながら、できるだけ自然に笑う。

 

「エヘヘ、ありがと。」

 

 胸の奥で、鼓動がまだ早い。


 結依と画材屋に入り、彼女が筆を選んでいるあいだも、ずっと思考を巡らせていた。


 昨日、結依と別れた場所からここまで来るあいだ――あの予知の光景は、まだ見えていない。

 

 確証なんてない。

 それでも、きっとこれで合っているはずだ。

 あとは早くここを離れて、結依を無事に家まで送り届けるだけ。

 

 途中から帰り道は反対方向になるけれど、理由なんていくらでも作れる。

 

 ――あと少し。

 あと少しで、未来に勝てる。

 

「明穂、お待たせ。」

 

 振り向くと、筆をバッグにしまった結依が、いつもの笑顔を向けていた。

 

「うん」

 

 わたしは小さく頷く。

 声が震えないようにするだけで精一杯だった。

 店を出ると、わたしはほんの少し先の裏路地へ足を向ける。

 

「あれ? お店って向こうじゃなかった?」

 

「そうだけど……こっちから行った方が近道だから。」

 

 小さな嘘を重ねる。

 どちらの道でも大差はない。

 目的はただ一つ。

 ――あの場所へ近づかないこと。

 

「ねぇ明穂……」

 

「うん?」

 

「何か隠してない?」

 

 突然の言葉に、心臓が跳ね上がる。

 

「隠してないよ。どうしたの、いきなり。」

 

 自分でも分かるほど、声が上ずっていた。

 

「なんかさ今日の明穂、いつもの明穂と違う気がして。

 ごめん、ごめん、気にしないで。」

 

「……」

 

 結依の鋭い質問に言葉が出ない。

 頬のあたりが引きつるのを感じた。

 道の中ほどまで来る。

 

 ――でも、あと半分。

 

 わたしはそっと後ろを振り返る。

 人影はある。でも、怪しい様子はない。

 前を見る。

 

 ――あと少し。

 この路地を抜けさえすれば。

 その瞬間。

 風が、ふっと止んだ気がした。

 

 音が遠のく。

 

 胸の奥に、冷たいものが落ちる。

 

 そして――背後から鋭い悲鳴が響いた。

 わたしたちは同時に振り向く。

 

 現実が、静かに形を変えていく。

 逃げ切れたと思った未来が、

 すぐ後ろまで、追いついていた。

 



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