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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat4 残さなくていいもの

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三話目 残された文字

「今日はありがとう。

 まだ少し残ってるけど、あとは何とかなりそうだから、今日はここまでにしましょ。」

 

 日が傾き始めた頃、わたしたちの作業は終わりを迎えた。

 

「はい、これ。少ないけどバイト代。」

 

 陽子ちゃんが封筒を一人ずつ手渡してくれる。

 

「いいよ陽子ちゃん、そういうつもりじゃないから。」

 

 口ではそう言いながら、内心はちゃっかり嬉しかった。

 

「いいから、受け取って。本当に助かったわ。」

 

 そう言われてしまえば断る理由もなく、わたしはありがたく封筒を受け取った。

   

 家に帰ると、がらんとしたリビングが出迎えてくれた。

 わたしはぽつんと椅子に腰を下ろして、ひとつ溜め息をついた。

 

 今頃みんなは大阪のホテルで、リッチな夕食を楽しんでいるんだろうな。

 ユニバにも行きたかったし、本場のたこ焼きも……。


 行きたかったな……でも、今はそれどころじゃない。

 

 それに、今夜のわたしにはこれがある。

『宅配寿司』という名の、ささやかな贅沢が。

 

 陽子ちゃんの手伝いに行くと聞いて、そんなわたしのために、「ご飯代」と言って渡してくれた母さんから貰ったお金。


 それを今宵は惜しみなく使うの。

 一人で。

 

 一人で……

 ――は~ぁ

 

 結依が「泊まりに行こうか?」と言ってくれていたのに、「大丈夫よ、子供じゃないんだから一人で留守番くらいできるわよ」なんて強がってしまった。

 

 あれは間違いだった。

 

 いつも賑やかな家が、しんと静まり返っている。その静けさが妙に落ち着かない。

 暗い廊下の奥に、何かいるような気がする。

 家が小さく鳴るたびに、肩がびくっとすくむ。

 

「大丈夫、大丈夫。いつもの家よ。」

 

 自分に言い聞かせながら、わたしは陽子ちゃんから貰った本をそっと開いた。


 本は、思っていた以上に傷んでいた。

 

 雨で波打っているだけでなく、ページが張り付いている箇所もあって、破けないようにそっと剥がすのにも気を使う。

 

 お寿司をひとつ摘まみながら、わたしはふっと息を吐いた。

 

 ――予知の映像。二番目に流れたあの場面。

 

 おそらく、病室だ。

 カーテンで仕切られた、清潔感のある白い空間。頑丈そうなベッド。誠一さんの書斎にあんな家具はなかったから、間違いない。

 

 そのベッドの上で、誠一さんはスタンドライトを灯しながら、何かを書いていた。楽しそうに、少し笑いながら。

 

 手紙なのか、日記なのか。それはわからない。

 

 ――でも。

 

 最初に流れた映像から、ずっと頭の片隅に引っかかっていることがある。

 

 この本の中に、何か残しているんじゃないか。

 

 じゃなきゃ。

 

 こんなヨレヨレの本の映像なんて、わざわざ見せないわよね。

 

 確信とまでは言えないけれど、核心に近い何かが、じわじわとわたしの中に広がっていた。

 

 でも……なんだろう。

 誠一さん、いったいこの本に何を残したんだろう。

 

 考えがうまくまとまらなくて、わたしはお寿司をもうひとつ、口の中に放り込んだ。


 ――そもそもこの本、どんなお話なんだろう。

 

 わたしは表紙に視線を落とした。

 

 オスカー・ワイルド著 『幸福な王子』

 

 記憶をたどったところで、出てくるはずもない。


 わたしは小説をほとんど読まないし、読むとしたら漫画くらいだ。それに海外の作品となれば、なおさら。

 

 すぐに諦めて、スマホを開いた。

 

 いつものAIの画面を立ち上げて、指を走らせる。

 

 ――オスカー・ワイルド『幸福な王子』の内容を教えて?

 

 数秒後、答えが返ってきた。

 

 ――オスカー・ワイルドの名作『幸福な王子』は、自己犠牲と無償の愛をテーマにした、美しくも切ない物語です。

 

 画面をスクロールしながら、わたしは内容を読み進めた。

 

 生前、悲しみを知らずに生きた王子が、死後に像となって町を見渡すようになる。そこで初めて、貧困に苦しむ人々の姿を目の当たりにした王子は、胸を痛める。

 

 やがて、一羽のツバメが像の足元に舞い降りた。王子はそのツバメに頼み、自分の体に飾られた宝石や金箔を少しずつはがして、町中の人たちに届けさせていく。

 

 そしてツバメは息絶え、すべてを差し出した王子は溶鉱炉で溶かされた。

 

 それでも最後に、神様の計らいで、王子とツバメの魂は楽園で永遠に幸せに暮らした。

 

 切ないけど、ハッピーエンド……と言っていいのかな。そんなお話らしい。

 

「ふーん」

 

 自己犠牲。社会風刺。無償の愛。

 

 そんなテーマで書かれた物語だと、AIは締めくくっていた。

 

 短い説明文。でもそのなかで、ひとつだけ、わたしの目が止まった部分があった。

 

 王子が、両目のサファイアを抜き取られる場面。

 

 ――なんだか、誠一さんに似てる。

 

 自分の角膜を、陽子ちゃんに遺してくれた誠一さんと。

 思わず、胸が熱くなった。

 

 誠一さんはこの本を読んで、自分の死を悟って、角膜の提供を決めたのだろうか。それとも、もっと前から決めていたのか。


  亡くなってしまった彼に、もう確かめる術はないけど、誠一さんなら……きっと前かな。


「う〜ん」

 

 わたしは両腕を頭の上に伸ばして、大きく背伸びをした。

 

 しばらく作業を進めてはみたものの、なかなか思うように捗らない。

 

「本当にこの中に、何か書いてあるのかなぁ。」

 

 ちょっぴり自信がなくなってきた。

 

 誠一さんが何かを書いていたのは間違いない。でもそれが、この本に書かれていたかどうかは、あの映像だけじゃわからない。

 

 あくまでも、わたしの予測。最初の映像にこの本が映っていた、という――薄い氷みたいに頼りない推理に過ぎないのだ。

 

 もしかしたら、この本の近くにあった『何か』を示す暗示なのかもしれないし、挟まっているのかもしれない。

 

 なんて思いながら軽くパラパラとめくってみるが、当然何も出てこない。

 

「いつも思うんだけど、わたしの予知映像ってなんか中途半端なのよね。もっとはっきり見せてくれたらいいのに。」

 

 頭の後ろで手を組んで、誰にともなく文句を言ってみた。

 

 引っ越しの手伝いで、少し疲れているのかもしれない。首をぐるりと回して、両肩を軽く上下させる。

 

 それでも気を取り直して丁寧にページをめくり続けると、最後のページに、何かを見つけた。

 

 ボールペンで書いたような文字。でもインクが滲んで、ほとんど読めない。

 

「エイチ……ティー、ティー……ダブリュー……ダブリュー……あっ!これ、インターネットのURL、じゃない?」

 

 かろうじて判別できる部分を、なぞるように読み上げる。でも後半は完全に滲んでいて、これ以上はどう目を凝らしても判別がつかない。


 さらにその下、滲んではいるが読める文字がある。

 数字の羅列、そのあとに『to.youko』と書かれていた。

 

 なんだろう、これ。

 ……ただの落書き、じゃないよね。

 ……陽子ちゃんへ、ということ?


 走り書きだけど、そこだけは一文字ずつ、彫り込むように丁寧に書かれていた。

  

 おそらく、誠一さんが書いていたのはこれだと思う。

 でもわかるのは、それだけだ。

 

 インターネット……ね。

 

 しばらく考えてみるけれど、疲れた頭はうまく回らない。

 

「あーーぁ」

 

 大きなあくびがひとつ、漏れた。

 

「わたしじゃわからないなぁ。やっぱりこういうのは、彼女の出番よね。迷探偵の。」

 

 わたしはスマホを取り出して、迷わず電話をかけた。

 

「もしもし、結依? うん、うん……ちょっとお願いがあるんだけど。」

 

 明日会う約束を取り付けて、わたしはそっと本を閉じた。


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