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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat2 未来の味

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13/40

六話目 未来の匂い

「なにこれ……どういうこと?」

 

 映像が流れ込んできた。

 

 ――でも、違う。

 前と違う。

 

 いつもは断片的にいくつも流れてきた映像が、今回はひとつだけだった。

 

 コースケと結依が笑っている、あの映像。

 でも、それも少し違う。

 

 今度は――

 

 わたしもいる。

 三人で笑っている。

 まるで古いフィルムみたいに、映像がゆっくりコマ送りで流れていく。

 

 テーブルの上。

 皿の上に置かれた、ふわふわのケーキ。

 

 ……シフォン?

 

 誰かの家みたいな場所。

 お店じゃない。

 リビングのテーブル。

 三人でケーキを取り分けて――

 笑っている。

 

「……あれ?」

 

 これが、未来?

 これが――

 正解?

 

「明穂、次。」

 

 先輩の声で、はっと現実に引き戻された。

 

「あ、はい!」

 

 慌てて返事をする。

 でも頭の中はまだ混乱していた。

 

 ……わからない。

 どうしたらいいの?

 

 乱れたままの心で、わたしは足踏みを始めた。

 的の前に立つ。

 視線をまっすぐ据える。

 

 胴作り。

 いつもなら自然に整うはずの体の線が、今はどこか浮ついている。

 落ち着かない。

 

 弓構え。

 打起し。

 息を吸いながら、ゆっくり引き分ける。

 

 ――会。

 

 わたしは、ゆっくり息を吐いた。

 

 ……当たらない。

 

 こんな乱れた気持ちじゃ、当たるはずがない。

 そのときだった。

 

 頭の奥に、またあの映像が浮かぶ。

 

 三人で笑っている光景。

 テーブルの上のケーキ。

 

「……これでいいの?」

 

 小さく呟く。

 

「こんなことで……いいの?」

 

 迷いの中で、わたしは矢を放った。

 

 ――ヒュン。

 

 矢が空気を切り裂く。

 次の瞬間。

 

 パンッ。

 

 乾いた音が弓道場に響いた。

 

 矢は、まっすぐ――

 的の中央を射抜いていた。


「よし!」


 道場に声が響く。

 

「おっ! 明穂、当たったじゃん。」

 

 先輩の声が聞こえる。

 でも、わたしは、的じゃなく――

 別のことを考えていた。

 

 ……あれ?

 

 タイムリープが――

 

 起こらない。

 

 胸の奥が静かにざわつく。

 もう一度。

 残りの矢を放つ。

 

 でも――

 

 何も起こらない。

 世界は、そのままだった。

 わたしは唖然と立ち尽くす。

 でも同時に、どこかで確信していた。

 

 ――あれだ。

 

 さっきの映像。

 

 あれがきっと。

 

 わたしが行かなきゃいけない未来。

 

 そのために――

 わたしはやり直していたんだ。

 

 順番を先輩と交代すると、急いで部室へ向かった。

 

 ロッカーの前でスマホを取り出す。

 LINEを開く。

 そして、コースケの名前をタップした。

 少しだけ迷ってから、メッセージを打つ。

 

 そして――送信。

 

『コースケのシフォンが食べたい。』

 

 送信ボタンを押した瞬間。

 胸の奥が、少しだけ軽くなった気がした。


 ★☆


 少し時間が経って、その週の土曜日。

 わたしは結依と並んで歩いていた。

 

 両手には買い物袋。中身はもちろん、今日作るシフォンケーキの材料だ。

 袋の中で卵のパックや小麦粉がこすれ合って、ガサガサと小さな音を立てている。

 

 わたしたちは今、コースケの家へ向かっているところだった。

 

 結局あのあと、コースケがシフォンを作ってくれるという流れになったのだけれど――

 

『だったら、みんなで作ろうよ。』

 

 結依のその一言で、話はあっさり決まってしまった。

 

 場所はコースケの家。

 

 そして今に至る、というわけだ。

 

 ……正直、ちょっと気が重い。

 

 だってわたし、料理が苦手なんだもの。

 

 家の手伝いで料理を作ることはある。全然やらないわけじゃない。

 

 でも。

 

 わたしが作った料理を、家族はいつも無言で食べる。

 ただ黙って、もくもくと。

 

 ……いや、分かってるわよ。

 美味しくないんでしょ?

 自分でも失敗したなって思うわよ。。

 

 でもさ。

 

 せめて何か言ってくれてもいいじゃない。

 「次はこうしたらいい」とか、

 「もう少し塩が」とか。

 

 それなのに、ただ静かに食べられると――

 

 なんだか責められているみたいで、すごく気まずい。

 

「はぁ……」

 

 思わずため息がこぼれた。

 その隣で、結依はやけに楽しそうだ。

 

「明穂、どんなケーキにしようか?」

 

 振り向いた結依が、きらきらした顔で言う。

 

「抹茶も買ってあるしさ、チョコも入れちゃおうよ。二種類作るのも楽しそうじゃない?」

 

 すでに頭の中でケーキが完成しているらしく、結依は次々にアイデアを口にする。

 

「それでさぁ――」

 

 楽しそうに話し続ける結依を横目に、わたしは心の中でぼやいた。

 

 ――なんでこれが正解なんだろう。

 わたし、ちっとも楽しくないんだけど。

 

 あの日から、予知は見えなくなった。

 タイムリープも起きない。

 思い出せるのは、あのとき見た映像の断片だけ。

 

 コースケと結依。

 そして……わたし。

 三人で笑っている光景。

 

 本当に、あんなふうに笑えるの?

 これで良かったの?

 

 そんなことをぼんやり考えているうちに、気づけば足が止まった。

 

 顔を上げる。

 

 目の前には、見慣れた一軒家。

 

「結依、ここ。」

 

 結依が振り返る。

 コースケの家だった。

 

 インターフォンを押すと、返事はなかった。

 その代わり、すぐに玄関のドアが開いた。

 

「おう、いらっしゃい。」

 

 現れたのは――エプロン姿のコースケだった。

 いつものラフな格好じゃない。首元には紐を結んだエプロン。なんだか妙に家庭的で、ちょっとだけ可愛い。

 

「準備できてるから。ほら、上がって上がって。」

 

 いつもの軽い口調で手招きされる。

 わたしと結依は顔を見合わせてから、靴を脱いで玄関に上がった。

 

「お邪魔しまーす。」

 

 結依はさっそくきょろきょろと周りを見回す。

 

「へぇ、きれいな家だね。コースケくん、今日は一人なの?」

 

 コースケを先頭に廊下を進みながら、結依が気軽に聞いた。

 

「母さんは仕事。妹の真琴は友達のとこ遊びに行くって言ってたから、夕方まで戻らないかな。」

 

「ふぅん」

 

 わたしはその会話を聞きながら、少しだけ懐かしい気分になった。

 

 コースケの家には、何度か来たことがある。

 コースケの家は母子家庭だ。

 

 お父さんは、コースケが小さいころに亡くなったらしい。

 そのあと、お父さんがやっていた店をお母さんが引き継いで――今ではいくつかの店を経営している、やり手の人だと聞いたことがある。

 

 リビングに通されると、わたしたちはさっそくエプロンをつけて作業を始めることになった。


「明穂は卵を割って、卵白と卵黄を分けて。」


「結依ちゃんは砂糖の分量計ってみんなの分、分けてくれる。」


 テキパキとコースケの指示が飛んでくる。

 

 コースケは料理が上手い。

 

 忙しいお母さんの代わりに、妹の面倒や家事をやっているからだ。

 見た目はチャラいくせに、意外としっかりしている。

 

 ……ちょっとだけ、悔しいけど。 

 

 わたしは卵係。

 

 卵黄と卵白を分ける、という簡単な役目だった。

 ……なのだけど。

 

「明穂、殻入ってる。」

 

 すぐにコースケからツッコミが入る。

 

「それと卵黄入れるなよ。卵黄入るとメレンゲうまく立たないからな。」

 

「……分かってるわよ。」

 

 わたしは、プクッとむくれた。

 ぶきっちょなわたしは、卵をうまく割れない。

 殻が入ったり、黄身が崩れたりするのは日常茶飯事だ。

 

 その横で。

 

 シャカシャカシャカ。

 

 軽快な音が響いていた。

 結依がホイッパーで卵黄を混ぜている。

 手際がいい。

 リズムよく、迷いなく動いている。

 

「結依ちゃん、上手じゃん。お菓子とか作るんだ。」

 

 コースケが感心したように言う。

 

「当たり前でしょ。」

 

 結依は得意げに笑った。

 

「女子のたしなみよ。」

 

 二人の会話は、やけに楽しそうだった。

 なんだかいい雰囲気。

 

 ……いや、別に変な意味じゃなくて。

 

 ただ。

 仲がいいっていうか。

 気が合ってるっていうか。

 わたしは卵を割りながら、むくれた顔で二人をちらっと見る。

 

 ……なんか。

 

 面白くない。

……わたしだけ浮いてるみたい。


 ある程度仕込みが終わると、皆それぞれ好きなアレンジを加え始めた。

 

 結依は抹茶の粉を取り出して、生地に混ぜている。どうやら抹茶シフォンを作るつもりらしい。

 

 コースケはアーモンドスライスの袋を開けていた。

 

「プレーンと、アーモンド入りのやつ作るか。」

 

 手際よくボウルを分けているあたり、さすが慣れている。

 

 そして、わたしは――

 

「……やっぱりチョコかな。」

 

 ココアパウダーとチョコチップを手に取りながら、コースケがさっき見せてくれた手順を思い出す。

 

 ボウルの中で生地を混ぜる。

 ……混ぜる。

 

「明穂、違う違う。」

 

 すぐにコースケの声が飛んできた。

 

「それだとメレンゲ潰れるから。もっと優しく。」

 

 わたしは手を止めた。

 

「え……」

 

「ちょっと貸してみろよ。」

 

 コースケがわたしの隣に立つ。

 さっとボウルを持つと、ゴムベラで生地をすくい上げるようにして、ゆっくりと混ぜていく。

 

「こう。底からすくって、返す感じ。」

 

 ふわっと。

 メレンゲが崩れないように、生地がまとまっていく。

 

「あともう一回メレンゲ入れるから。やってみろよ。」

 

「……う、うん」

 

 コースケに見られながら、わたしは同じようにゴムベラを動かす。

 

 底からすくって。

 返す。

 ゆっくり。

 

「うん、うん。そうそう!」

 

 すぐ隣でコースケが頷く。

 

「そっとな。……うん、上手。」

 

「ほんと?」

 

 思わず顔を上げる。

 

「おう」

 

 笑顔で頷かれて、わたしはちょっとだけ嬉しくなった。

 さっきまでのむくれた気分が、ほんの少し軽くなる。

 

 出来上がった生地を、型に流し込む。

 ふわっとした生地が、ゆっくりと広がっていく。

 

「よし、じゃあ焼くか。」

 

 コースケがオーブンを開けた。

 

「片付け終わったら、そこで座って待ってて」

 

 リビングのテーブルを指さす。

 

「お茶でも入れるから。」

 

 その言い方が、妙に自然で。

 

 なんだか――

 

 家庭的、っていうか。

 わたしは思わず、コースケの横顔をちらっと見る


 コースケが慣れた手つきでオーブンを閉める。

 

 ……なんか。


 いつものコースケと、少し違う気がした。


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