アドレナリンピック
6月下旬の会議。
「皆、番組が来月最初の放送から60分に拡大される事が決まったから」
大石さんは嬉しそうな顔。
「この番組、スタートも急だったし放送時間延長も急ですねえ」
「ストレートニュースがなくなって、ステブレレス(ステーションブレイクレス。番組との間にCMを挟まない)になるから時間が余るんだって。次の番組を延長させようかって編成局長は思ってたみたいだけど、うちの番組をお願いします! って、局長に懇願したの」
大石さんの顔は綻びっぱなし。その分ホンを書くのは作家なんですよ……。たったの10分だけだけど。
「10分拡大するからには、12、4%台には行こうではないか! 皆!!」
「今の時点で11、2%台と安定はしてるんですよ。現状維持で行った方が……」
「オレもそう思うんっすよね」
ナリ君も頷きながら同調。
「何言ってるの2人共! 時間も延長されるし局長にも絶対数字を上げてみせますから! って言ちゃったんだよ。何としてでも10%台半ばくらいには上げなきゃ。スタッフがそんな消極的でどうするの!」
「済みません……」
ナリ君とユニゾンで謝るしかない。しかし大石さんのバイタリティは何処から来るのやら……。
只、「無理だ」が直感。番組も定着しては来たけど、高ネオも雑誌のインタビューで「週末のお休み前に一笑いを」と答えているから。10%台前半が丁度良いと個人では思うのだけど。
「さあ、60分になる1回目となる企画は何が良いかなあ?」
大石さんは幾つか案が挙がっているホワイトボードを見て言う。
「それなら『アドレナリンピック』、せっかく採用されたんですから詰めて行きましょうよ!」
ナギジュンの声は自信を感じる。
「アドレナリンっていったって、常時血液検査とかするの無理じゃね?」
「うーん。そうよねえ……」
下平と大石さんはプロデューサーとして指摘する。
「アドレナリンを測定しるっていうのは銘打ってるだけで、血圧や心拍数を測定して興奮状態の度合いを見るんです」
ナギジュンの自信は揺るがない。ホワイトボードにはなかった企画。どうやら彼女はこの日までに自分なりに企画を具現化していたようだ。
人間変われば変わるもの。志望動機が不純でも、彼女なりに努力するようになって。先輩としては正直嬉しい。
「絶対に企画を通したいんだな」
「そりゃそうだよ。何週間も掛けて考案したんだからさ」
この不敵な笑み。放送作家としての自覚が芽生えて来たようだ。本当に成長には安心する。が……。
「心拍数や血圧を測定するんなら行けるんじゃないっすかね。機械を取付けるだけっすから」
ナリ君も面白いと判断したのだ。真顔で後輩の背中を押す。
「まあ、それだけなら行けるし面白いとは思うんだけど、問題は予算よねえ」
「そこなんですよねえ」
大石、下平両プロデューサーは「カネ」の問題と戦う。
後輩が後輩の背中を押したのだから、オレも直属の先輩として……。
「12、3パーの数字を取りたいんでしょう。なら初回は進行役をアナウンサーにして、レギュラー5人でやってみたらどうですか。それに、10分拡大されて制作費も少し上がったんじゃないですか?」
少々挑発的に打診してみる。
「そうね。面白いと思ったら多少費用が嵩んでもまずは実行してみなくちゃね。確かに制作費も少しは上がったし」
「大石さん、マジで言ってます?」
下平はまだ「カネ」に拘っている。
「私はマジだよ。大マジ。だってナギジュンちゃんがせっかく考案してくれてここまで肉付けしてるんだから」
流石は大石さん。こうと決めたら決然とした態度で前進して行く人。
「……そうですか。大石さんが良いって言うんなら、あたしは何も言いません」
下平は根負け。心中でお手上げのポーズをしているのが見て取れる。
「問題はどのシチュエーションにするかですね」
「時代劇なんかどうですか? 最近あんまり観ないから面白そうですけど」
「貴子ちゃん、時代劇は衣装とかカツラで余計予算が掛かるって。あたしはそこを気にしてるんだよ」
下平は眉間に皺を寄せる。
「あんた達作家のギャラを減らしたら出来ると思うけどね」
「下平、そんな酷な……」
「だってそうしなきゃ仕方なくね?」
「私は別に良いですよ。面白くなるんなら」
「お貴さん、あんたは富裕だから良いだろうけど」
「富裕」は百パー皮肉。
「別に本格的にしなくても良いと思うんですよね。カツラはコントで使うようなやつでも良いと思うし」
「でも小道具や衣装はどうするんだよ」
真鍋ディレクターの少しにやついた指摘に、
「それはケースバイケースで」
お貴さんの答えは正直理解に苦しむ。正に「ふぁー」としたご解答……。
「カツラは時代劇で衣装は現代劇って、面白い以前におかしくね?」
そら来た、下平のツッコミ。
「じゃあ、制作費を工面する為に作家とディレクターの報酬も一割カットだな」
「えっ!? 何でオレ達も?」
「どうしてよ!? ユースケ君」
真鍋、枦山ディレクターは立上って反論。
「だってディレクターもロケハンとか企画に携わるだろ」
こうなりゃ巻き添えだ。
「解ったよ。良ーく解ったから。だったらタレントは事務所の兼合もあるから難しいにしても、私達スタッフの報酬は全員一割カットにしよう!」
「大石さん本気で言ってるんですか!?」
「そんな殺生な!」
「あーあ。ブランドのバッグ、良いやつ見付けたのに買えない」
下平、真鍋、枦山は各々の本音を吐露。真鍋君に至っては泣き真似。泣きたいのはオレも一緒だよ、お貴さん以外は。
それはさて置き、60分第1回目の企画は『アドレナリンピック』で挑戦するのはレギュラー5人、時代劇で行く事は決まった。
シチュエーションは水戸黄門、町娘、代官と決まって行き、茶屋の娘が半裸、戸を開けると女風呂、タンスを開けると炭酸ガス噴射など、仕掛けも決まり企画は煮詰まって行った。
14時から会議が始まって終わったのは6時間後。拘束時間が長いのはこの業界の常だが、今日はいつにも増して疲れた。それに引き換え、
「ギャラが一割カットされるのは痛いけど、企画ってああやって肉付けされて行くんだね。また勉強になった。それにありがとうユースケ君。ギャラカットって発言がなかったら実現しなかったかもしれない」
破顔するナギジュン。自分の企画が通されたのだから尚更。新人、増してや実家暮らし。実家が富裕な人は良いもんだ。
「でもスタッフの給料もカットしなきゃいけないなんて、制作費ってそんなに安いんだ」
「深夜番組はもっと逼迫してるけど、プライム帯もな。例外な時間帯はない。酷い場合じゃ制作プロダクションが身銭を切って制作する事もあるよ。今は何処のキー局もそんな時世」
「えっ! そんなに苦しい台所事情なの!?」
目を見開き、やっと解ったかという顔。
放送局はどのチャンネルでも金を持っているという考えは、お門違い。お貴さんとナギジュンには響かない事情だな。




