そこまで・・・
元号が「平成」から「令和」へと改元された数日後、別番組の打合せとロケハンを終えてナギジュンと共に歩道を歩いていた。するとどちらかのスマートフォンが着信音を鳴らす。一瞬自分のかと思ったがナギジュンだ。
「メールだな」それは良いのだが、気なるのは彼女の表情。笑みは浮かべていないが何処か「しめた!」というような目。オレは看過しなかったぞ。
「ユースケ君、今日は私電車で事務所に帰るから、車は良いや」
「そう」
やっぱり何かあるな。
ナギジュンは駅の方へ向かって行く。もう教育係ではないが、あの目は何かあると確信し、彼女を尾行する事にした。
六本木から東京メトロ日比谷線に乗車し、恵比寿に向かっている。事務所とは方向が違う。友達と会う約束なのか、それともオレが予測した通りあらぬ事を画策しているのか。
恵比寿からは山手線内回りに乗り五反田で下車した。五反田駅構内で1人の男性と落合っている。
あの男性、見た事あるぞ……。
「待ちました?」
「いいや。オレも5分前くらいに着いたばっかりだから。念の為に確認するけど、淳子ちゃん、ほんとに良いのこんな事して?」
「良いんです。これで仕事が貰えるんなら。私、ガツガツ行きたいですから! 今のままじゃガツガツどころかカツカツですもん」
「そうなんだ。新人放送作家も大変だよね」
そう言うと男性は笑った。
これでほんとに仕事が貰えるんだろうか? 迷うとこだけど、今の私にはこの企図しかない。
俵慎太郎と一緒に五反田のホテル街に入った。俵はキャップを被っただけでサングラスもマスクもしていない。私も当然帽子も被ってなければマスクもせず、お互い堂々と歩いている。
「ここにしよっか?」
「そうですね」
あるラブホに入ろうとした刹那……。
「うちの社員とこんな所で打合せでもするんですか?」
「ユースケ君、どうしてここに!?」
「何か様子がおかしいと思って付けて来たら、ラブホに直行かい」
ユースケ君はニット帽にUVカットの黒縁の眼鏡、マスクとこっちの方が変装している。
「……貴方は誰ですか?」
俵慎太郎の声は明らかに狼狽している。
「申し遅れました。僕は奈木野と同じ事務所の中山です」
名刺入れから一枚抜き取り男性に差出した。
「貴方も……放送作家……」
「貴方は、4月に公開したネット映画がヒットした俵慎太郎監督ですよね?」
「ええ、まあ……」
「7月期の深夜ドラマの監督にも決まってるそうで。そんな方が脚本には程遠い若手の放送作家に何の用があるんですか!?」
声のボリュームを上げてやった。
「僕ら……付き合ってるんですよ、実は」
俵監督……目を泳がせちゃって。見え透いた嘘を。
「ナギジュン、本当に俵監督と交際してるのか?」
「……」
彼女は頷くだけ。
「本当に信じて良いんだな!?」
ナギジュンにも顔は無機質で、でも目には力を込めて声のトーンを上げてやった。
「……ごめん。嘘……」
「だと解ってたよ」
大きな溜息をお見舞いしてあげた。
「俵監督、彼女と肉体関係を持ってどうするつもりだったんですか。うちの社員を蔑ろにして、見縊らないでください!!」
俵慎太郎監督の目を見据え、眼光鋭く更に声のトーンを上げてやった。
「いや、別に見縊ってはないですけど……」
「肉体関係を持つんならもっとメリットのある女性とどうぞ」
「はあ……淳子ちゃんごめん。オレ仕事が入ってるの思い出したわ」
俵慎太郎監督は狼狽したまま脱兎の勢いで去って行った。
「ナギジュン、どうして枕までしようと思った?」
「私はガツガツ行ってジャンジャン仕事を貰いたいの! ユースケ君みたいな放送作家は「女に尻叩かれ作家」じゃん」
グサッ!!……。
「……触れるし者よ、全てを打砕くジャックナイフ……」
心中の声が出てしまう。
「オレはオレでもっと成長しなきゃいけないけどな。でもな、枕までして仕事を得ている作家は、何れ飽きられて衰滅するぞ。ドラマ原作賞、書いてるのか?」
「教えてくれた通り書いてる」
「だったら今はそれに集中しろよ。後空き時間があれば、好きな競馬の知識をディープな部分まで掘り下げてみろ。そうやって得意ジャンルや独特のセンスを地道に磨いて行った方が、絶対得策だぞ」
彼女の目を見据えて真剣に言った。外連味でも皮肉でも何でもない。それが放送作家が生き抜く術なのだ。
「……ユースケ君、ここまで来たんだから1回どう?」
ナギジュンの甘えた目。
「今までの話を聞いとったんかい!!」
真剣に説いた自分がバカらしくなって来た。
「聞いてたけど、私、脱いでも凄いんだよ」
「得意げに言う事か! 昔CMでそんな台詞あったな、そういえば。三従兄妹と肉体関係を持つ暇なんかねえし、近親相姦だろ! ほら、事務所に戻るぞ」
ナギジュンの手を取ってホテルから離れた。そんなにガツガツ行きたいんなら、こっちにも考えがある。




