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epilogue あなたとともに

 窓から差し込む西日が、床に金の模様を描く。

 マリエルは、その中でひとり、じっと待っていた。

 木々を渡る穏やかな風も、彼女の心をなでてくれることはない。


 オルヴァンがエリオットを呼び出したと聞いた。

 何を話すのかはわからない。

 ただひとつだけわかるのは、あの日のように彼が傷つくかもしれないということだった。

 待つしかできないことが、もどかしくてたまらない。

 けれど、あの日とは違う。いまはもう、彼の気持ちを知っている。

 だから……もし、そうなら、そのときは。

 マリエルは深く息をして、背筋を伸ばす。


 足音が聞こえる。

 思わず顔を上げた。

 窓から見える、小道を駆けてくるその姿。


 彼の手にある鞘の金の装飾が、陽を受けてきらめいた。それを見たマリエルの胸が、ひときわ高く音を立てる。

 そして、すべてわかった。

 オルヴァンが、まだ誰にも渡せぬと言っていた、あの剣――それをいま彼が持っている、その意味が。


 マリエルは走り出す。

 言葉も、涙も、なにも追いつかない。

 ただ、彼のもとへと。


 ようやく届いた、その胸の前。

 マリエルは迷うことなく、飛び込んだ。

 何も言わずに。

 ただ、彼の温もりを確かめるように。

 しっかりと抱き止めてくれる、彼の腕を感じて。


「エリオット……」

 遅れて追いついた言葉は、やはり彼の名前。

 ふたりはそのまま、しばらく抱きしめ合う。


「……伯爵として、エルヴェリスへ行くよう命じられました」

 マリエルの耳元へと、エリオットの静かな声が落ちてくる。

「そして……殿下の護衛騎士の任も解かれました」

 その声にあるのは、許されたはずの想いへの、かすかなためらい。

「ですが……私は、これからもあなたのそばにありたいと願っています」

 ふたりの距離は、これ以上ないくらいに近い。それでも、マリエルを抱きしめる腕には、さらに力が込められる。

「どのような立場であれ、変わらずに」

 言葉はそこで途切れる。エリオットはまぶたを伏せた。言葉にしてしまえば戻れない――そんな思いをにじませて。


「……殿下。どうか、私とともに来てくださいませんか」

 小さな声だった。

 それは、意志を秘めながらも、どこか怯えているようにも聞こえて。

 抱きしめた腕をほどいて、エリオットを見上げる。

 彼の瞳が揺れた。

 風がふたりのあいだをすり抜けていく。

 ほんのわずかな距離が、こんなにも心細い。

 もう、離れていたくない。

 そう願わずにはいられないほどに。


 わかっている。

 言葉にするまでに、彼がどれほど迷ったか。

 王女という立場の自分を、彼がどれほど遠い存在だと思っていたのか。

 きっと、それはあのときの自分と同じ。

 彼を遠ざけようとしたあの日と重なる想い。

 でも、もう決めたのだから。


 マリエルは、彼の瞳から目を離さずに言う。

「マリエル・オブ・アヴァランデ、エルヴェリス伯爵夫人……とてもすてきな響き。ね、そう思わない?」

 微笑む彼女を、エリオットはただ言葉もなく見つめる。

「大切にしてね。この名前を、わたしを。そして……あなた自身を」


 エリオットは、そっとマリエルの手を取った。

「誓います。あなたも、あなたの名前も、誰よりも大切にすることを……」


 その細い指に、祈るように唇を重ねる。

 まるで、これから共に生きていく未来を胸に刻むかのように。


「……そして、あなたとともに誰よりも幸せになることを」


 金色の光は、辺りをまばゆく染めていく。

 ふたりを包む静寂のなかに、新しい日々の鼓動が確かに息づいていた。

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