第二十四話 二つの川
僕は久しぶりに東の故郷へ帰る。
二度目の生涯で生まれ育った下町だ。西の都へ発ってからほとんど帰らなかった街だ。足場を固めるのに忙しくて、会社を回すのに忙しくて帰らなかった。忙しさにかまけて帰らずにいるうちに、長い歳月が過ぎた。列車を降りて街を歩くと覚えのある景色がところどころ変わっている。原っぱだった場所に建物が建っている。町中華の店はもうない。子供の頃の街が少しずつ別の街になっている。それでも川は流れている。子供の頃と同じ浅い川が。
街を歩くと胸の奥が疼く。
ここで僕は生まれ育った。二度目の生涯の最初の記憶がこの街にある。五つのとき町中華で「これではない」と泣いた店も、この街のどこかにあった。今はもうない。原っぱで遊びを作った空き地も、もうない。時が街を作り変えた。僕がいない間に街は勝手に歳を取った。当たり前だ。僕が西で歳を取った分だけ故郷も歳を取った。僕は故郷を置き去りにして自分の夢を追った。故郷は僕を待ってはくれなかった。街は変わり、人は去り、親は逝った。帰らなかった歳月の重さが、変わり果てた街の景色になって僕に返ってくる。
実家に父も母ももういない。
僕が西で忙しくしている間に、二人は相次いで逝った。父が先だった。計算機に未来があるとは思えんと言って僕を送り出した父。それでも仕送りを削って僕を支えてくれた父。あの一杯を作れずに逝った僕を、二度目の生涯では見守ってくれた父。その父の葬式にすら僕は間に合わなかった。仕事に追われて、報せを受けて駆けつけたときにはもう終わっていた。母のときもそうだった。僕は二人の最期に間に合わなかった。忙しさが僕から多くのものを忘れさせ、そして奪った。
僕は忙しさを言い訳にしていた。
足場を固めねばならない。会社を回さねばならない。作りたいものがある。だから帰れない。そう自分に言い聞かせて、帰らなかった。けれど本当は帰れたはずだ。数日の暇なら作れたはずだ。作らなかっただけだ。僕は前を向くことに夢中で、後ろを振り返らなかった。故郷も、親も、弟も、後ろに置いていった。忘却が僕を前へ進ませた。その忘却が、親の最期を僕から奪った。前を向く力と、大事なものを忘れる力は、同じ一つの力だったのだ。僕はその力で夢を掴み、その同じ力で親を失った。
二人を看取ったのは健だ。
弟の健が故郷に残って二人の老いを支えた。父の枕元にいたのも母の枕元にいたのも健だ。僕が西で遊びを作っている間、健は故郷で親を看取っていた。僕が縁を繋ぐ物語を作っている間、健は現実の親子の縁を守っていた。僕は墓に参る。父と母の墓に手を合わせる。すまなかった、と胸の中で詫びる。父さん、母さん。僕は遠くで自分の夢ばかり追っていた。あなたたちのそばにいなかった。健に全部を背負わせた。詫びても詫びきれない。
墓は健が守っていた。
きれいに掃除されている。花が供えられている。僕が一度も参らなかった墓を健がずっと守っていた。僕は墓石に刻まれた父と母の名を見る。父の名を見ると、あの不器用な字の手紙が甦る。無理をするな。体を壊すな。就職おめでとう。あのとき計算機に未来があるとは思えんと言ってすまなかった。父の手紙はいつも短くて、余白に不器用な誇りが滲んでいた。その父はもういない。僕が一杯を作れずに逝ったことも、二度目の生涯で遊びを世に出したことも、父はもう聞けない。僕は墓の前で長いこと手を合わせる。父さん僕は今あの一杯を作ろうとしています。あなたが送り出してくれた道の別の夢を。見ていてください。
健の家を訪ねる。
健は運送の仕事を続けている。小さな会社を構えて、荷を運んでいる。訪ねると健が出てくる。歳を取った。僕も歳を取ったが、健も取った。日に焼けた顔。太い腕。荷を運び続けた体だ。健は僕を見て一瞬驚く。それから、ぶっきらぼうに言う。兄貴か。珍しいな。上がれよ。僕は上がる。久しぶりの弟の家だ。
家の中には健の暮らしがある。
質素な家だ。派手なものは何もない。壁に運送会社の暦が掛かっている。健の家族の写真がある。健は所帯を持っていた。子もいるらしい。僕はそのことすら詳しく知らなかった。弟がいつ結婚したのかも、子が何人いるのかもよく知らない。それだけ僕たちは離れていた。健が茶を淹れてくれる。武骨な手で淹れる茶だ。僕はそれを啜る。弟の家で弟の淹れた茶を啜る。当たり前のようで、当たり前でない時間だ。何十年もなかった時間だ。
奥から健の子が顔を出す。
僕の甥だ。会うのは初めてだ。もう若者になっている。父親に似て体つきがしっかりしている。伯父さん、と甥が言う。テレビで会社の遊び見てます。すごいですね。僕は面映ゆくなる。血の繋がった若者に伯父さんと呼ばれるのは初めてだ。前の生涯で僕には甥も姪もいなかった。血の縁が細かった。二度目の生涯には、こんなところに血の縁が育っていた。僕の知らないところで、二川の家の川は枝分かれして、新しい流れを生んでいた。僕はその新しい流れを前にして、少し胸が温かくなる。
最初は言葉が続かない。
長く会っていなかった。手紙も途絶えがちだった。何を話せばいいかわからない。健も同じらしい。ぼそぼそと近況を交わす。会社はどうだ。ああ、まあ何とか。そっちの遊びの会社は大きくなったんだってな。ああ、おかげさまで。ぎこちない。夢を追った兄と地道に運んだ弟。二つの川はあまりに違う場所を流れてきた。同じ源から出たのに、もう他人のように遠い。
沈黙が続く。
気まずい沈黙だ。血を分けた兄弟なのに、何を話せばいいかわからない。前の生涯で僕は独りだった。兄弟という縁の温かさを知らなかった。二度目の生涯で健という弟を得た。得たのに、遠く離れて育て損ねた。木戸とは手紙で工房を育てた。澪とは日々を積んで縁を結んだ。けれど健とは何も育てなかった。血だけは繋がっているのに、心の糸は細るに任せた。その細った糸を今さら手繰り寄せようとしている。虫のいい話だ。鶏が欲しくなって初めて弟を訪ねる。僕はそんな自分を少し恥じる。恥じながらも手繰り寄せずにはいられない。
僕は父母のことを詫びる。
親のことすまなかった、と僕は言う。おまえに全部背負わせた、と。健はしばらく黙る。それから言う。いいよ。兄貴には兄貴の道があった。親父もお袋も兄貴が遠くで頑張ってるのを喜んでた。あいつは大したもんだっていつも言ってた。テレビで兄貴の会社の遊びが出ると嬉しそうに見てた。健はそう言う。その言葉が僕の胸を刺す。父も母も、遠くの僕を誇りに思っていた。そばにいなかった僕を。健はその誇りをそばで支えていた。
もっと帰ってやればよかった、と僕は言う。
健は首を振る。今さら言うなよ。過ぎたことだ。親父もお袋も、もう恨んじゃいない。恨むどころか誇ってた。ただ、と健は少し言い淀む。ただ、一度でいいから、兄貴と親父とお袋と四人で飯を食いたかったな。それだけは思う。健のその一言が僕の胸を深くえぐる。四人で飯を食う。ただそれだけの当たり前のことを僕は一度もしてやれなかった。夢を追うのに夢中で。人を夢中にさせる遊びを作るのに夢中で。いちばん近くの人を、夢中にさせるどころかそばにいてやれなかった。僕は言葉を失う。すまない、としか言えない。
僕は用件を切り出す。
実は頼みがあって来た、と僕は言う。健が怪訝な顔をする。遊びの会社の社長がこの運送屋に何の用だ、と。僕は正直に話す。ラーメンを作りたいのだ、と。ゲームとは別に、ずっと作りたい一杯があるのだ、と。そのために良い鶏が要る。新しくて質が良くて、部位が揃っていて切れずに毎日届く鶏が。それが手に入らなくて困っている。おまえの力を借りたい。物を確かに運んで届けるおまえの力を。
言いながら僕は頭を下げる。
夢を追った兄が、地道に運んだ弟に頭を下げる。かつて僕は健の仕事を心のどこかで軽く見ていたかもしれない。物を運ぶだけの仕事だと。夢のない仕事だと。若い僕はそう思っていたかもしれない。その僕が今その仕事に頭を下げている。おまえの力がなければ僕の夢は形にならない、と。頭を下げてみて僕は気づく。健の仕事は決して夢のない仕事ではない。物を確かに届けるというのは、世界を支える確かな仕事だ。誰かが確かに運ぶから世界が回る。僕の夢も健が運ばなければ絵に描いた餅だ。夢は地道に支えられて初めて形になる。
健はぽかんとする。
それからしばらくして、噴き出す。兄貴。天下のゲーム会社の社長がとうとうラーメン屋か。何を血迷ったんだ。健は笑う。けれどその笑いには棘がない。呆れと少しの懐かしさがある。昔からそうだったな、兄貴は。人が思いもしないことを始める。原っぱで変な遊びを作って、皆を巻き込んで。今度は鶏か。健は笑いながら、そう言う。僕も笑う。そうだ。昔からそうだ。まだない何かを追ってしまう。
笑いながら僕は少し救われる。
気まずかった再会の空気がその笑いで少しほぐれる。血を分けた兄弟だ。何十年離れていても、笑いのつぼは似ている。健が僕の突飛さを笑う。その笑い方が父に似ている。父も僕の突飛さを呆れながらどこか面白がっていた。行って確かめてこい。父はそう言って僕を送り出した。健の笑いの奥に父の面影がある。ああ、この男は確かに僕の弟だ。同じ父から生まれた弟だ。何十年の距離も、血の繋がりまでは薄めなかった。
健の目が変わる。
笑いが収まると、健は真顔になる。それで、本気なのか、と聞く。本気だ、と僕は言う。遊びと同じくらい本気だ。前の生涯から抱えてきた夢だ、とは言わない。言えない。ただ本気だとだけ言う。健は僕をじっと見る。長いこと見る。それから、ゆっくり頷く。わかった。兄貴が本気なら、俺も本気でやる。良い鶏を探してやる。確かに届けてやる。それが俺の仕事だ。
断られると思っていた。
長く放っておいた弟だ。親を看取らせた弟だ。今さら虫のいい頼みだ。断られても文句は言えない。ざまあみろと言われても仕方ない。ところが健は断らなかった。恨み言も言わなかった。ただ、兄貴が本気なら俺も本気でやる、とだけ言った。その一言に健の全部がある。過ぎたことを蒸し返さない。頼まれたら確かに応える。それが健という男だ。地道に運び続けてきた男の、地道な誠実さだ。僕は前の生涯でこういう誠実さに出会わなかった。出会う前に独りで果てた。二度目の生涯で、僕はとうとう弟のこの誠実さに出会う。血を分けた弟の、揺るがない確かさに。
僕は胸が熱くなる。
健は続ける。兄貴は昔から夢ばかり追ってた。俺はそういうのは苦手だ。夢なんてわからん。けど物を確かに運ぶことならわかる。それだけは誰にも負けん。良い鶏がどこにあるか、俺は知ってる。それをどう運べば鮮度が落ちないか俺は知ってる。切らさず届けることなら、俺の仕事だ。兄貴の夢は俺にはわからんが、兄貴の夢を運ぶことなら俺にできる。健はそう言う。ぶっきらぼうだが確かな言葉だ。
僕は気づく。
二つの川はずっと別々に流れてきた。僕は夢を追い健は地道に運んだ。違う人生だった。会えば話も合わなかった。けれど今その違いこそが二つの川を合わせる。僕の夢だけでは一杯はできない。健の地道な力だけでは一杯は生まれない。夢と地道。二つが合わさって初めて一杯ができる。違うからこそ合わさる。同じ川なら合わさる意味がない。違う川だからこそ、合わさって大きな流れになる。
僕は父がつけた名の意味を今になって思う。
二川。二つの川。父はなぜ僕たち兄弟をこの家に生んだのか。なぜ僕と健という、これほど違う二人が兄弟なのか。夢を追う兄と地道に運ぶ弟。まるで逆の二人だ。けれど今わかる。逆だからこそ、二人で一つなのだ。僕だけでは夢は形にならなかった。健だけでは夢は生まれなかった。二つの違う川が同じ家から流れ出てそれぞれの谷を巡ってとうとうまた合わさる。合わさって初めて一つの大きな流れになる。父はそれを見越して二川と名づけたわけではないだろう。けれど名は不思議と真実を宿す。二つの川は別々に流れるためではなく、いつか合わさるために二つに分かれていたのだ。
二川の家の二つの川がとうとう合わさる。
幼い頃、原っぱで僕が遊びを作れば健が真っ先に加わった。あのときも二つの川は一つに遊んでいた。それから僕たちは別々の谷へ分かれた。何十年も別々に流れた。親の死も、会わなかった歳月も、二つの川を隔てた。切れかけていた。けれど今、一杯を軸にもう一度合わさる。切れた物はまた繋がる。いちばん遠くに流れていた弟の川がとうとう僕の川と合わさる。
その夜、僕と健は久しぶりに酒を酌み交わす。
弟の家の卓を挟んで、兄弟二人で飲む。話が少しずつ弾んでくる。子供の頃の話になる。覚えてるか、兄貴が原っぱで作った変な遊び。あれは面白かった。皆が夢中になった。健がそう言う。僕は驚く。覚えていてくれたのか。あの原っぱの遊びを。忘れるもんか、と健は言う。あれが兄貴の原点だろ。あのころから兄貴は、人を夢中にさせる何かを作る奴だった。俺はそれを一番近くで見てた最初の客だ。健の言葉に僕は胸を打たれる。健は僕の最初の遊びの、最初の客だったのだ。二川の家の二つの川は、幼い原っぱの夕暮れに、一度確かに一つに遊んでいた。その記憶を健はずっと持っていた。僕が忘れかけていた記憶を。
健は良い鶏を運びはじめる。
新しくて、質が良くて、部位の揃った鶏を。切れずに毎日。健の運ぶ鶏は確かだ。日によってばらつくこともない。いつも同じ良い鶏が届く。健の物流の川が僕の台所に確かな基底を運んでくる。良い基底が届いたことで僕の湯が変わる。澄んだ湯がいっそう澄む。濁った湯がいっそう濃くなる。基底が確かになれば派生も伸びる。連環が良い設計で伸びたように、一杯も良い鶏で伸びる。
初めて健の鶏で炊いた湯を飲んだとき、僕は思わず声を上げる。
違う。今までとまるで違う。同じ炊き方をしているのに、湯の澄み方が違う。旨みの深さが違う。良い鶏はこれほど違うのか。僕は自分の技が上がったのかと錯覚しかける。違う。技は同じだ。基底が変わったのだ。良い鶏という確かな基底が、同じ技をまるで別のものに見せる。僕は改めて思い知る。基底がすべてを決める。どれだけ技を磨いても、基底が貧しければそこまでだ。基底が良ければ、同じ技が何倍にも生きる。健が運んでくれた確かな基底が、僕の湯を一段も二段も引き上げる。ありがとう、健。僕は西の台所で、東の弟に心の中で礼を言う。
鶏の壁が崩れる。
あれほど手を焼いた壁だ。良い鶏が手に入らないという壁。その壁が健の力で崩れる。僕一人では越えられなかった壁を、弟の力で越える。作る手だけでは足りなかった。供給の手が加わって初めて越えられた。ゲームで木戸の体が要ったように、一杯には健の物流が要った。いくつもの手が揃って初めて本物ができる。その手がまた一つ揃った。
澪と木戸は健のことを喜んでくれる。
僕に弟がいたことも、兄弟が長く離れていたことも、二人は薄々知っていた。その弟が鶏を運んでくれることになったと話すと、澪は自分のことのように喜ぶ。よかったですね、と。ばらばらだったご家族がまた繋がって。木戸も頷く。おまえの作るものはいつも繋ぎ直しの話だが自分の縁も繋ぎ直したな、と。僕は照れくさくなる。そうかもしれない。連環で裂かれた国を繋ぎ直し、灯で暗がりの誰かに寄り添い、そして今自分の兄弟を繋ぎ直した。作るものと生きることがやはり同じ形をしている。繋ぎ直しながら僕は生きている。
けれど一杯はまだ完成しない。
良い鶏が届いてもまだ目指す味には届かない。澄んだ湯と濁った湯を溶かして全く別の先へ導くその深い派生の壁がまだ残っている。基底は確かになった。けれど基底から先の、最も深い派生の理屈が僕にはまだ掴めない。連環の逆算の壁と同じ壁だ。その壁を抜けるには深く掘る手が要る。鶏の壁は健が崩してくれた。派生の壁はまだ誰も崩していない。
僕は健に礼を言って故郷を発つ。
また来る、と僕は言う。今度は間を空けずに来る。健は頷く。ああ。鶏はちゃんと届ける。任せろ。僕は弟の確かな言葉を背に受けて故郷を発つ。二つの川はもう別々ではない。一杯を軸に合わさった。切れかけていた兄弟の縁が結び直された。列車の窓から子供の頃と同じ浅い川が見える。あの川は今も流れている。二川の家の川は、もう一度一つに合わさって流れはじめている。
縁というのは不思議なものだ。
いちばん遠くに流れていた弟の川が、実はいちばん深いところで僕を支えていた。夢を追う僕を地道な弟が支えていた。親を看取ることでも、鶏を運ぶことでも。僕が気づかないところで健はずっと僕の川の底を流れていた。切れたと思っていた縁は、切れてはいなかった。細く見えないところで繋がり続けていた。ならば遠山の縁もそうかもしれない。断られたと思っていた縁も切れてはいないのかもしれない。細く見えないところで、まだ繋がっているのかもしれない。手繰り寄せれば、手繰り寄せられるのかもしれない。健の川が合わさったように、遠山の川もいつか。
残る壁は一つだ。
派生の壁。理屈の壁。遠山の壁。鶏の壁が崩れた今残るのはその壁だけだ。あの深く掘る男さえ戻れば、一杯は完成に近づく。連環も十割に近づく。ゲームもラーメンも、同じ最後の壁を残している。同じ一人の男を待っている。僕は列車に揺られながら遠山を思う。あの男は今どこにいるのか。堅い道の崩れの底で、何をしているのか。会いたい。あの男に会いたい。二つの川は合わさった。次に合わさるべきは、遠山の川だ。




