episode 09
海がハルを拾ってきた事で、海の狭い家は、少々、混沌とし始めた。
カイは既に高校生くらいの大きさになっていたので、そもそもまるで小屋のような狭い家では、大人と、そしてほぼ大人一人でも狭かったのです。
そこへ小学生くらいの子供が一人、加わり。
おまけに昼間は更にラルフが通ってきていたため…狭い…むさくるしい…。
そこで、海は言いました。
「カイ…あなた、そろそろお家へ帰っても良いんじゃない?
もう魔力も十分でしょ?実は帰れるでしょ???」
「…やだ…。」
「…やだじゃなくてね…狭いのよ、この家…。
狭いでしょ?どう見ても狭いでしょ???
そこの飼育員さんも、そろそろ主様に帰ってきて欲しいですよね???」
立っていたラルフにも言ってみました。
「そうですね…私と致しましては、いい加減で邸へお帰り頂きたいです…。」
「そうでしょ!そうでしょ!帰ってきて欲しいですよね?!
ラルフさんも、こんな所に通うのも、もう嫌ですよね?!」
「何でだよ!俺まだ元に戻ってないけど?それにこの数年間、俺の面倒、見てくれたじゃん!
俺のこと嫌いになったの?!あんなに可愛がってくれたじゃん!」
カイは子供みたいに駄々をこね、そして飛び出していきました。
それを見たラルフが、ため息をつきながら、海に言いました。
「主様は、何だかんだ言いながら、あなたの事が気に入っているんですよ…。」
「イヤイヤ!餌扱いしているじゃ無いですか?!私、好かれている意識、無いですけど?
それ、ラルフさんの欲目とか勘違いって可能性もあるんじゃ無いですか???」
「待って!待って!待って!俺は海に一目惚れしたよ!だから餌ではなくて、嫁にって言ったよ?!」
焦ったように、ハルも言い始めた。
ハルとしては、何としても海が欲しいわけである。
「サンチェス様のは、魔族にありがちな、強さこそ正義!的で、海の魔力が強いから、手元に欲しいだけでは?」
「あ~そう言われちゃうと、私もハルが何で私のこと好きか、分からない。
ハルは天使みたいで、凄く可愛いよ。
でも私のことを好きって言うのは分からない…。」
「何で?何が分からないの?」
「強いから好きなんだったら、私より強い人が現れたら、私のことは好きではなくなるって事でしょ。
それ、私のことが好きなわけではなくて、“強さ”というものが好きなだけでしょ。
私は強くありたいとは思っていないから、あなたの価値観とは相容れないよ。」
「…。じゃあ俺の嫁にはなってくれないの?」
「少なくとも今の気持ちはなりたいとは思わない。ごめんね。」
暫く、カイの戻らない部屋で、ラルフとハルと話したが、何も話はまとまらなかった。
「ねぇ〜一旦、解散しようか…。
カイもハルも、私を一人の人間として見ているわけではないし、カイとハルの問題に私は関係ないし、このままでは単なる混沌だから。
皆、それぞれに一度、冷静になって考えようよ。」
そう言って帰ってもらった。
海は再び一人になりました。
「さて…また一人だ…仕事しよ…。」
海は少し早い晩ごはんを作ることにしました。
悩んで、イタリアのコトレッタもどきを目指すことに。
先ずはパンをパン粉にすべく、その為に乾燥させてあったパンを、包丁で細かく切りました…おろし金は無いので。
更にそれをかなり細かい粉状にするために、手で揉み込んで崩し続けました。
次に牛肉をトンカツ用くらいに切り、包丁の背で叩いて、半分くらいの厚さになるまで伸ばしました。
塩コショウをして、溶き卵と小麦粉とパン粉を付けるのは普通にトンカツと同じ。
フライパンに多めの油を入れて、コトレッタを投入!
海が前世でイタリア人の友達から、イタリアの家庭…少なくとも彼女の実家では、日本のように、沢山の油に食材を水没ならぬ、油没させて揚げ物を作らないと教わりました。
半分浸かるくらいの油で、途中でひっくり返して揚げるそうです。
この世界では、油は貴重なので、海もそのスタイルを取りました。
こんがりきつね色に揚がったのを、試食してみました。
「うん!我ながら美味しい!」
独り言は、寂しく部屋に響き、更に小さなため息も続きました。
「うん!元に戻っただけだ!うん!頑張ろう!」
その頃、ハルは城へ帰り、妹と顔を突き合わせていました。
「お兄様、カイゼル様に再度、挑んだのでは無かったのですか?結果は?」
「挑もうとしたけど…今だと勝てない…。」
「何を弱気な!可愛い妹が弄ばれて、悔しく無いのですか?!」
「あいつ、もう少しで元通りという位に、魔力が戻って成長していた…。」
「何ですって?!どういう事ですか?!」
ハルは、カイゼルが魔力の強い人間に拾われて養われていた事。
その人間の魔力を得て、かなりのスピードで元の力を取り戻しつつあったことを話した。
「ではお兄様、その人間を奪取してきましょう!
その人間をお兄様が喰らえば、お兄様はカイゼル様よりも強くなるのでは?!」
「いや…食わない…あの娘を嫁にして、魔力を毎日得れば、ずっと強い魔力を得られると思ったんだ…。
だから嫁にと言ったけど、断られた…。」
「な!何ですって?!人間の分際で生意気な!許せませんわっ!」
「俺の何がダメだったんだろう…。魔力が強いから嫁にって、そんなにダメなのか?
お前だったら魔力が強いから嫁にって言われたら、どう思う?」
「私でしたら、それは最高の褒め言葉ですわよ!お兄様!」
「でもだったら他にもっと魔力が強い者が現れたら、好きでは無くなるのかと言われた…。」
「…そういうことになりますわね…。
あ~そういうことですのね…。
つまりは強ければ、誰だって良いのかと…。
私はカイゼル様が強いだけの理由で好きになったわけでは無く、あの凛々しいお姿にも惚れたのでしたわ!
まあ、相手にもされずに振られましたけど…。」
「そうか~…え?!今、何て言った?!カイゼルに相手にもされずに振られた?!
お前!散々弄ばれて捨てられたって言ってただろうが!あれは嘘だったのか?!」
「…そう言えばそんなことも言ったかもしれないですね…おほほほほ…。
お兄様のそういうところがダメなんですよ。
妹の言うことだと、よく確認もせずに信じて突っ走ってしまう…ホント!ダメですわよ!」
「俺は!お前が弄ばれたって言ったからカイゼルに戦いを挑んだんだろうが!!!」
サンチェスは盛大にため息をつき、再び口を開いた。
「それで…俺がダメだった所って…どういう事なんだ?」
「その小娘の魔力しか見ずに、小娘自身を見なかったということでしょう。
カイゼル様も、私を見てはくださらなかった…。
まあ私は強さは正義!ってのも理解できるので、私の魔力の強さを見てもらえれば、そこから私自身も見てもらえると考えていたのですが…。
それは私の方がカイゼル様を好きだったからであって、そもそも別に好きでは無い相手から、お前は強いから嫁にしてやるって言われたら、私の場合は『お前!何様のつもりだ!』となったでしょうね。
あ、私がカイゼル様に相手にしてもらえなかったばかりか、終いには疎まれたのって、そういうことだったのですね…。
お兄様のお陰で分かりましたわ!」
「では俺はもう、海に振り向いて貰えないのだろうか…。」
「お兄様はまだ嫌われてはいないわけですよね?
だったらまだ可能性は、あるのでは?
その前にお兄様は、その小娘に魔力が無かったら、小娘を嫁にとなさるのでしょうか?
そこまでお気に召しているのでしょうか?」
「分からない…。俺、もう一回、海の所へ行ってくる!」
サンチェスは、再び海の家へ向かって飛び出していった。
「海!頼みがある!俺は海に惹かれている!でもその理由が分からない!
分かるまで、もう暫くここに置いて欲しい!
…何か、美味そうなものを食べているな…。」
「ハルも食べる?」
ハルは海に、もう暫く置いて欲しいと頼むも、海の食べていたコトレッタが気になってしまった。
海が出してくれたコトレッタに齧り付いたハルは、目を見開いた。
「美味い!これ、美味いよ!海!!!」
「良かった!まだ食べるならあるから、おかわりしてね!」
「うん!ありがとう!…それで…お願いがあるんだけど…もう暫く、俺が君のことを理解するまで、そして君が少しでも俺のことが分かるまでで良いから、やっぱり俺をここに置いて欲しい…。」
「…いつまでかは分からないけど、暫くだけなら良いよ…でも我が儘は止めてね。」
やっぱり一人は寂しかった海は、ハルのしおらしい姿に、受け入れてしまいました。
ハルは満面の笑顔で「ありがとう」と言いました。
その頃、カイは、自分の邸へ戻っていた。
まだ完全に元の姿に戻れているわけでは無いが、既に高校生くらいにまで戻っているため、あと1年か2年もあれば、完全に元の姿へ戻れるだろう。
でも何かモヤモヤしていた。
不機嫌そうな主を見て、ため息をつきながら、ラルフが言った。
「はぁ…。 主様、このまま邸へお戻りになって、宜しいのですか?」
「お前だって戻ることを願っていただろ…。」
「それは勿論ですが、あの小娘…あれは手に入れる者次第では、こちらの脅威になりますよ。
今はまだ、その存在は、魔王サンチェス様にしか知られておりませんが。
主様と敵対するような魔族や、主様の座を狙う魔族が手に入れたら、危険なことになりますよ。」
「だから攫ってこいとでもいうのか?」
「言いたいのは山々ですね…。その“誰か”は、力尽くで攫う可能性もあるわけですから。」
「…。」
カイゼルは、どうして良いか分からず、黙ってしまった。
「少なくとも、配下の者を付けるかして、目は離さない方が宜しいのでは?」
「…。」
「もう一度、小娘に頼んで、あの小屋に置いて貰っては?その上でこの邸へ来てくれるように、説得するとか?」
カイゼルは、暫く俯いて黙っていた。
やがて何かを決意したように、顔を上げた。
「もう一度、海の家へ行ってくるわ…。」
そう言って、窓から飛び出していく後ろ姿を、ラルフは肩を竦めて見送った。