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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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19 みすぼらしい男


 現れたシリルは赤を基調とした少し古めかしいデザインの燕尾服を身にまとっていた。元の髪と同系色のウィッグをつけており、本来短い髪は女性のように長くなっていた。


 玄関に現れたエウフェミアを見て、シリルは目を見開く。赤髪の女性の正体がすぐに分からなかったのか、驚いたようにこちらを見つめた後、我に返ったように笑みを作る。


「今日の装いは一段と大変お美しいです。――もちろん、いつものエフィさんも素敵ですが」


 すっかり美しい青年の口から出る毒舌に慣れていたエウフェミアは久しぶりの賛辞の言葉に苦笑を返す。アーネストが口を開く。


「エリュトロス家風の仮装しろって指定しただろ。カツラはどうした」

「私が精霊庁の官吏であることをお忘れですか? 精霊貴族の方々の真似るなんて不敬なことはできませんよ」

「……それで? 被りモンはどうした?」


 シリルが懐から取り出したのは赤い仮面だった。顔の上半分を隠せるもので、装飾もなくシンプルなものだ。


 それを見て、アーネストがキレた。


「テメェ、俺が言ったこと忘れたのかよ! その(ツラ)を誤魔化せる仮装をしろっつっただろ! 髪色も変えねえ、顔も半分さらす! それで隠してるつもりか!!」


 その指摘にシリルは何も言い返さなかった。どこか気まずそうに視線を伏せる。


 怒ったアーネストは早足で来た道を戻っていき、応接間へと消えていく。そして、何かを手にすぐに戻ってきた。


「おら!」


 そう言って、彼がシリルに投げつけてきたのはアーネストの白い面だ。


「……なんですか、これは」

「――そっちの仮面を渡せ。交換だ」


 アーネストはシリルの返事を持たず、無理矢理赤い仮面を奪い取った。


 シリルは渡された面を両手で広げて見る。そして、嫌そうな表情を浮かべる。


「これをつけろと」

「服と合わないから嫌だ、なんて文句は聞かねえぞ。俺の指示を守らなかったアンタが悪い」


 確かにシリルの着る赤い服と黒い布のついた白い仮面は雰囲気が合わないだろう。


 精霊庁の官吏はその言葉にも反応を示さなかった。


「……確認ですが。最後に使ったあとに洗いましたか? あなたが使った仮面をそのままつけるのは本当に不快で仕方ないのですが」


 本当に不快そうに眉をしかめている彼に、アーネストは「新品だよ!」とキレ気味に叫んだ。




 ◆



(――やはり、お二人は仲良くできないのかしら)


 馬車の中でも喧嘩をしだしたらどうしよう。


 そんなことをエウフェミアは心配していたが、それは杞憂だった。仮面をつけ――アーネストは帽子もだが――馬車に乗り込んだ後、雰囲気はピリピリとしていたが、二人は何も言い合うこともしなかった。


 こうして皇宮に来るのは三度目だ。


 馬車は正門を通り抜け、皇宮の奥の方へと進む。そうして到着したのは荘厳な真っ白な建物だった。


 最初に馬車から降りたのはアーネストだ。その次にシリルが続き、エウフェミアは彼の手を借りて馬車を降りる。そして、周囲の光景に目を奪われる。


(――これが)


 迎賓館前には何台も馬車が止まり、次々に仮装した若者たちが降りてくる。その多くが赤、青、黄などの髪色をし、同系色の服を着ている。


 アーネスト曰く、そうした精霊貴族風の仮装が今の仮装舞踏会(マスカレード)での流行りなのだと言う。エウフェミアとシリルの仮装もいわゆるエリュトロス家風だ。


 本来、精霊貴族を真似た服装をするのは不敬な行為らしい。しかし、人々には精霊や精霊貴族たちに対して憧れや崇拝の気持ちがある。


 こうした自分が何者でもない場であれば、仮装をしても罰せられることはない。精霊の色を身にまとうことは、信仰心を表現する。そういう意味合いがあるらしい。


 そして、アーネストがエリュトロス家の赤を指定してきたのは火の大精霊(フォティア)への信仰が厚い人物に近づきやすいようにとの考えによるものだそうだ。火霊同盟の一員なら十中八九、エリュトロス家の仮装をしているだろうと彼は断言した。


 しかし、どう見ても、ここにいる人々の仮装は信仰心の表れには思えない。


 エウフェミアは以前、タビサに誘われ、精霊を崇める集会に参加したことがある。礼拝堂にいた参加者は皆、真剣な面持ちだった。その場の雰囲気も厳かなものであった。


 それなのに、迎賓館に集まった誰もが楽しげだ。


 それを見て、エウフェミアはアーネストの説明に続いた言葉を思い出す。


『まあ、それが表向きの理由だ。実際のところは知らねえがな。お貴族様の考えは俺程度じゃ分かんねえよ』


 それを聞いたとき。エウフェミアは彼が何を言いたいのかよく分からなかった。しかし、実際に仮装舞踏会(マスカレード)の空気を感じ、理解する。


(ここにいる人たちにとって、精霊貴族の仮装をすることは遊びの一つなんだわ)


 仮装をし、いつもの自分を捨てて、普段はできない精霊貴族になりきる。それは刺激を求める彼らにはとても楽しい遊びなのだろう。


 正直なところ、精霊術師であるエウフェミアにはその考えは受け入れがたい。しかし、周囲から見ればエリュトロス家の仮装をした自分自身も同じように映っていることだろう。そのことが少し悲しく思えた。


「おい。行くぞ」


 物思いにふけっていると、突然声をかけられる。


「は、はい」


 エウフェミアは慌てて歩き出したアーネストを追いかけようと歩き出す。シリルが「どうぞ」と差し出した腕を借りて階段を登る。


 入口で使用人と思われる男性たち――彼らも仮面をつけていた――に招待状を確認される。彼らは「どうぞお楽しみください」とエウフェミアたちを通してくれる。


(――よかった)


 特に怪しまれることもなかった。そのことに安堵する。


 迎賓館の廊下を進み、会場の大広間へと向かう。――それに気づいたのは、廊下を曲がったときだった。


「しつこいぞ!」


 大きな声にエウフェミアは驚いて足を止めた。腕を組んでいるシリルも、先を歩いていたアーネストも同様だ。エウフェミアは頭を傾げ、声のした方に視線を向ける。


 少し先の廊下。そこでプラシノス家(みどりいろ)の仮装をした男性が、しがみついてこようとする相手の手を振り払っているところだった。


「お前に融資は出来ん! そのことは既に手紙で伝えただろう。わざわざこんなところにまで出向いて――ここでは皆、普段の己を忘れて一時の夢を楽しむ。現実の、それも金の話なんてされては興ざめもいいところだ。お前に招待状を手配した奴のメンツを潰す前にさっさと帰るんだな」

「お、お待ちください!」


 引き止める声を無視し、緑髪の男は大広間の扉の向こうへと消えていく。


 騒ぎを遠くから見ていたのはエウフェミアたちだけではない。他にも数組、二人のやり取りを眺めていた男女がいた。


 しかし、彼らはその場に項垂れて座りこむもう一人の男を一瞥もせず、その横を通り過ぎていく。彼を気にかけるような人は誰もいなかった。


 それを見て、エウフェミアはシリルの腕を離し、残された男へと近づこうと一歩進む。


「やめておけ」


 しかし、すぐに目の前にそれを止めるように壁が立ちふさがる。――アーネストだ。


 黒髪の男は仮面越しにもわかるほど、苛立ちを滲ませていた。


「周りを見ろ。ああやって、相手をしないのが正解だ。さっさと行くぞ」


 元雇用主の言い分は間違ってないだろう。これから、エウフェミアはケント・リーヴィスを探さないといけない。別のことに首を突っ込んでいる余裕はない。しかし、彼の言葉に素直にエウフェミアは頷けなかった。


 エウフェミアはアーネストを真っすぐに見上げる。自分の意志の強さが伝わるように。


「ですが、放ってはおけません」


 そう力強く主張し、彼の横をすり抜けるように歩き出す。もう彼は止めなかった。


「大丈夫ですか?」


 座り込む男のすぐそばに近寄り、声をかける。こちらの呼び方に彼は顔をあげる。


 仮装舞踏会(マスカレード)の参加者である以上、彼も仮装をしていた。真っ白な仮面で顔全体を隠している。帝都ではそれほど珍しくない金色の髪の男だ。


「お気遣いありがとう、レディ」


 仮面に隠されてその表情は見えない。しかし、その声色はどこか安堵したようなものだった。


「手をお貸ししましょうか」

「いやいや。ご婦人にそんな真似はさせられない。声をかけてもらっただけで嬉しいよ」


 男はエウフェミアが差し出した手を遠慮するように制し、よろけながらも一人の力で立ち上がる。それから周囲をキョロキョロと見回す。


「すまない。ちょっと会わないといけない相手がいるんだ。先に失礼するよ」


 こちらに一礼し、男はそそくさと大広間のほうへと走って去っていった。


 エウフェミアはそれをぼんやりと見送る。その背中に声をかけてきたのはシリルだ。


「随分と場にそぐわない男でしたね」


 彼がそう言うのも仕方がないかもしれない。男の服はそれほどくたびれたものだった。とてもではないが、上流階級の服装とは思えなかった。


 しかし、招待状を持ち、知り合いもいる彼は紛れもなく貴族の一員なのだろう。もしかしたら、低い爵位の出なのかもしれない。


 エウフェミアはシリルの言葉に何も反応を返せなかった。男の消えた方を見つめたまま、考え込む。


「おい。さっさと行くぞ」


 思考を中断させたのはアーネストの声だ。返事を待たず歩き出そうとする彼を引き止める。


「会ちょ」

「ここでその呼び方をするな」


 呼び終える前に叱責が飛んできたが、アーネストは足を止めてくれた。エウフェミアは気を改め、疑問を口にする。


「今の方。どこかでお会いしたような気がするのですが――」


 その言葉にアーネストはちらりと大広間の方を見る。首をひねりつつ、怪訝な口調で答える。



「顔も見えなかったのにか?」

「……声に、聞き覚えがあるように思えました」

「俺は聞き覚えがねえな。気のせいだろ」


 アーネストは断言すると、今度こそ歩き出してしまう。エウフェミアは助けを求めてシリルを仰ぐが、彼も首を傾げる。


「私もあの方に心当たりはありません。精霊庁の人間ではないのは確かですね」

「…………そうですか」

 

 ハーシェル商会時代のことを知っているアーネストにも、精霊術師になってから一緒に行動しているシリルにも覚えがないと言われた以上、これは完全にエウフェミアの勘違いなのだろう。


 例外があるのなら。――そう考えてからすぐに否定する。


 ハーシェル商会で働く前。自身の夫だった男性は金色の髪をしていたが、あんな穏やかな話し方をする人ではなかった。


(会長のおっしゃるとおり。きっと気のせいね)


 エウフェミアはそう結論づけ、先程の男のことをそれ以上考えることをやめた。


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