17 侯爵からの情報
今までエウフェミアはいくつかの貴族の屋敷を訪れたことがある。
生まれ育ったガラノス邸と先日訪れたキトゥリノ邸。しかし、この二つは精霊貴族ということもあり、どちらも変わった立地に屋敷を構えていた。
さらに、一度嫁いだイシャーウッド伯爵邸。しかし、エウフェミアがいたのは別邸だった。見たことはないが、本邸よりずっと小さかったはずだ。ウォルドロンで滞在したのも別邸だった。
だから、貴族が領地に構えた本邸というのを見るのはハフィントン侯爵邸がはじめてと言ってもいいだろう。
門から玄関まで長い長い前庭を馬車で通り抜ける。帝都の貴族用居住区にある屋敷はどれも立派だが、こうも広大な敷地はない。
使用人に案内され、これまた長い廊下を進む。そうして到着した応接間で、ハフィントン侯爵夫妻と顔を合わせた。
「ようこそ、いらっしゃい」
侯爵は――夫人もだが――事前に説明のあったように穏やかな人物だった。ニコニコとこちらの話を聞いてくれる。
「それにしても、生命の精霊様の恩寵を受けた精霊術師が誕生するなんて。これは吉兆に違いないわ」
「ああ、サヴァナ。そのとおりだ。そんなお方とお会いできるとは、非常に光栄だ」
結局、エウフェミアは自身を生命の精霊の恩寵を受けた者と説明した。信仰の厚い相手に対して、協力的になってもらいやすい肩書きだと思ったのだ。
自分で名乗りながら、エウフェミアは夫妻の褒め言葉に後ろめたさを感じてしまう。それを隠すように作り笑いをする。
ハフィントン侯爵は自分の妻に微笑みかける。
「これもサヴァナのおかげだ」
「いいえ。私ではなく、ハーシェル会長のおかげよ。――ねえ? あなたはいつも素敵な品を運んできてくださるけど、こんな御縁を運んできてくれるとは思ってもみなかったわ」
夫人はそう言って、エウフェミアの隣に座る商人の方を向く。ニコニコと穏やかな笑みを浮かべる彼女に、アーネストも同じように笑みを向けた。
「いいえ。日頃のハフィントン侯爵夫妻の信仰深さの賜物です。生命の精霊様はすべて見ておられるのでしょう」
その声を聞きながら、エウフェミアはトリスタンの言った言葉の意味を理解した。
隣りにいるのはアーネストで間違いない。しかし、穏やかで柔らかい声色も、ゆっくりとした口調も、全く聞き覚えのないものだ。
アーネストはハフィントン侯爵邸に着くなり、雰囲気を一変させた。今の会長は穏やかで人の良さそうにしか見えない。
これが接し方を相手に合わせた結果なのだろう。初対面でないはずのハフィントン侯爵夫人が、普段とはまったく違う雰囲気のアーネストを当たり前のように受け入れている。
しかし、彼の素顔を知っている身としては、どうしても違和感を覚えてしまう。
(……本当に、全然別の人みたい)
そんなことを思いながら、エウフェミアは笑顔で三人の会話を見守る。互いを褒め讃えた後、話は本題へと移った。
「リーヴィス公爵への取次ですか」
ハフィントン侯爵はどこか困ったように呟く。
事前にアーネストからその打診はしてくれたそうだ。しかし、改めてエウフェミアの口からも事情を伝える。
「はい。エリュトロス精霊爵とお会いしたいのです。ですが、精霊庁経由でご連絡したところ、面会のお許しをいただけず……。火霊同盟をまとめられているリーヴィス公爵のお力添えがあれば、お会いできるのではないかと考えたのです」
「……差し出がましいようで恐縮ですが、エリュトロス精霊爵との面会を希望される理由をお教えいただけますでしょうか?」
それは相手からしたら当然の疑問だ。しかし、正直な事情は伝えられない。
エウフェミアは目を伏せる。
「……申し訳ございません。生命の精霊様の思し召し、としかお答えできません」
それはまったくの嘘だったが、夫妻は特に疑う様子は見せなかった。
少し考える素振りをしてから、ハフィントン侯爵は口を開く。
「エリュトロス精霊爵に会われたいのであれば、リーヴィス公爵ではなく、子息のケント様を頼られたほうがいいと思います」
「ケント様、ですか?」
侯爵は頷く。
「私どもは有り難いことにエリュトロス精霊爵にお目にかかる機会はございます。しかし、火の大精霊の恩寵を受けるエリュトロス精霊爵に意見を言えるような立場にはありません。特にリーヴィス公爵はエリュトロス精霊爵に深い心服されています。精霊爵のお考えに反するようなことはなされないでしょう。ですが、ケント様はエリュトロス精霊爵の子息であるビオン様と個人的な交友がある方です。そちらの方が可能性があるのではないでしょうか?」
ビオンという名は知っている。エリュトロス家の系譜で見た。
(ビオン・エリュトロス)
一体どのような人物なのだろう。シリルに聞けば分かるのだろうか。聞けなかったときのことを考えて、ハフィントン侯爵に訊ねる。
「その、ハフィントン侯爵夫妻はビオン様には会われたことはあるのですか?」
すると、困ったように「いいえ」と侯爵は首を横に振った。
「エリュトロス精霊爵はビオン様のことを半人前だと、公式な場に連れてくることはされません。……ですので、私どもからビオン様に取り次ぐことはできないのですよ。ケント様とも、我が家の誰も私的なやり取りをしておりません。もし、私どもから手紙を送ればリーヴィス公爵に不審がられることでしょう」
きっと、こういった情報を流すだけでも、侯爵の行動はエリュトロス精霊との意向に反することになるはずだ。
ハフィントン侯爵とエウフェミアが接触したことを知られれば、彼ら一家の立場は火霊同盟内で悪くなってしまうかもしれない。そう思うと、これ以上彼らに無理は言えなかった。
「お力になれず、申し訳ございません」
「いいえ。お話をお伺いできただけでも、大変助かりました。お時間をくださってありがとうございます」
エウフェミアは立ち上がり、二人に深々と礼をする。
エリュトロス精霊爵やリーヴィス公爵に直接繋いでもらうことは叶わなかったが、少しずつ目的には近づけている。そう思える。
姿勢を戻すと、ハフィントン夫人が口を開いた。
「ケント様とお会いになりたいなら、今度開かれる仮装舞踏会に参加されるとよろしいんじゃなくて?」
エウフェミアは一瞬、瞬きをして夫人を見つめた。彼女は優しげに微笑む。
「若い子たちの間で流行っているのよ。ウィッグや仮面、あとは冠り物なんかをして、別人になりきるの。主催をされているオートレッド公爵のご子息とケント様は親しい間柄だから、きっと参加されるんじゃないかしら」




