11 コネクション
「これが火霊同盟に参加している貴族の名簿です」
彼は名簿をエウフェミアの方へと差し出しながら、説明をしてくれる。
「産出量はその家によって異なります。基本的に、産出量の多い家のほうが高い爵位を持つ傾向にありますね。筆頭は先ほどもお話したリーヴィス公爵。過去に令嬢を皇族に嫁がせ、皇女が降嫁されたこともある、特に権力を持つ公爵家の一つです。リーヴィス公爵家が、この百近い貴族たちをまとめています」
「百も……」
エウフェミアは息を呑む。
確かに数枚に渡るリストには数えきれないほどの家名が載っている。その多さに頭がくらくらしてきた。
「そ、そんなに多いのですか」
「言ったでしょう? 産出量はその家によって違うんです。ほんの少ししか火霊燃料が取れない家もあるんです。それなりの量を生産できている家は半分にも満たないと思いますよ」
「そ、それで、ここに載っている方々にお手紙を送ればよろしいのでしょうか? ――いえ、リーヴィス公爵にご連絡したほうがよいのでしょうか?」
話しながら、エリュトロス精霊爵との繋がりが一番強そうなのは火霊同盟筆頭であることに気づく。
「それができれば、一番手っ取り早いのですが」
シリルはこめかみを押さえる。それから、慎重な面持ちでこちらを向く。
「エフィさん。貴族社会ではコネがとても大事なんです」
「……コネ、ですか?」
「コネクション。伝手です。突然、手紙を送ったところで『礼儀を知らない』と相手にされないのが普通です。連絡を取るには、相手の知人を頼る必要があります。あなたが精霊術師であってもです」
「そ、そうなのですね」
確かに突然見知らぬ相手に手紙を送るのは不躾な行為だろう。
「申し訳ありませんが、私はリーヴィス公爵家に縁がありません。私の知人もです。だから、名簿を取りに来たんですよ。他の参加者経由でリーヴィス公爵家にたどり着けないかと思いまして」
「そうなのですね。どちらも同じ公爵家ですのに」
以前、レイランド公爵家は帝国でも五本の指に入る名家という話を聞いた。それほどの家なら、エリュトロス家との繋がりもあるリーヴィス公爵家と何かしら接点があってもおかしくないと思ってしまう。
「レイランド公爵家が特殊なのですよ。我が家は代々精霊庁長官を任されてきました。精霊貴族の方々と接点を持つことのできる特別な立場です。社交界で他の貴族たちと同じように権力を争うわけにはいかないんです。そんなことをすれば、帝国の秩序が乱れてしまう」
「……帝国の秩序、ですか? 権力争いでですか?」
シリルの説明がよく理解できない。
彼は人差し指を立てる。
「――例えば、我が家と敵対する貴族がいたとしましょう。当然、その家には領地がある。そして、精霊庁は帝国全土の気象や自然現象を監視しています。その貴族の領地が雨不足になったとき、精霊庁を牛耳る立場ならガラノス家の人間を派遣しないようにすることは簡単です。領民たちの納める作物は領主にとって何より重要な税です。お金がなくても人は生きられますが、食べ物がなければ死んでしまいますからね。精霊庁長官はそれだけ強い立場にあるんです」
そう言われて、ようやくエウフェミアも理解する。精霊庁の仕事に私事を持ち込んではいけない。そんなことをすれば、あっという間にこの国は災害だらけになるだろう。
シリルは大きくため息を吐く。
「だからこそ、代々レイランド公爵家は社交界から距離を置いてきました。交流があるのは精霊庁関係者と親族ぐらいでしょうか。彼らも我々と同じように社交界に疎いのですけれどね。だから、どうにか、このリストから関係者を探せることを祈りたいのですが――」
そう言って、彼は難しい顔でリストとにらめっこを始めた。エウフェミアも横からそれを覗き込みながらも、内心落ち込んでいた。
(私ではお役に立てないわね)
社交界に距離を置くシリル以上に、エウフェミアには貴族社会に伝手がない。実際、リストに書かれた家名は知らないものばかりだ。
しかし、その途中で気になる名前を見つける。ページをめくろうとするシリルを慌てて止める。
「待ってください。あの、この家名」
エウフェミアが指差した文字列を見て、シリルは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ハフィントン家ですか? 確か有名な火霊燃料の生産地を領地に持つ侯爵家ですね。火霊同盟でもかなりの立場にある家だと思いますよ」
名簿に書かれているのは家名のみ。爵位はない。シリルが口にした侯爵という言葉で、ようやくどうして覚えがあったのかを思い出した。
「――”ハフィントン侯爵夫人”」
それは皇宮から帰った日。ハーシェル商会会長執務室でトリスタンの口から聞いた呼び名だ。
その呟きを聞いて、シリルは目を細めた。
「お知り合いですか?」
既に素性を知る彼は、エウフェミアがイシャーウッド伯爵夫人だったことも知っている。だから、そんな質問が出てきたのだろう。
エウフェミアは首を横に振る。
「……いいえ」
言葉を続けるのには、何故か勇気が要った。大きく息を吸う。
「会長の、――お客さまだと思います。以前、ハフィントン侯爵夫人とお会いする約束をしていたという話を聞きました」
まさか、その名前が出てくると思っていなかったのだろうか。ハーシェル商会会長とあまり仲の良くないレイランド公爵子息は大きく目を見開く。
沈黙が流れる。
エウフェミアは目線を落とす。しばらくシリルも無言だったが、突然名簿を折りたたみ、胸の内ポケットにしまう。
「戻りましょう。ハーシェル商会に遣いを出します」
そう言って、シリルはこちらの背を押し始める。
「もっとも、あの男が呼び出しに応じてくれるかは分かりませんが。来ないようなら私が商会に乗り込んできてもいいですよ」
死角にいる彼の顔は見えないが、続く言葉は嘲笑交じりだ。彼の中でアーネストを呼び出すのは決定事項らしい。慌てて、エウフェミアは声を張り上げた。
「シリルさん。お待ちください」
その場に留まるよう、足に力を入れる。こちらの抵抗に気づいたシリルは手から力を抜く。
「どうしたんですか?」
振り返ると、彼は訝しげな表情をしている。
その顔を見て、エウフェミアは自分が何を言おうとしていたのかが分からなくなった。正面から相手の顔を見ることができず、俯いてしまう。
それを見て、彼はまた口を開く。
「エフィさん?」
――いつまでも黙り込んでいるわけにはいかない。
意を決して、エウフェミアは口を開いた。
「他に、頼れる方はいらっしゃらなかったのですか?」
質問の意味をシリルはすぐに理解できなかったようだ。しばらくの無言のあと、訊ね返される。
「……他にとは?」
「シリル様や、その知人の方のお知り合いはその名簿にはいらっしゃらなかったのでしょうか?」
もともと、名簿を見に来たのはそういう相手がいないか確認するためだ。彼はまだ名簿すべてに目を通していない。――アーネストに頼るという結論を出すのは早すぎはしないだろうか。
しかし、シリルは吐き捨てた。
「いたとしても、有象無象ですよ。ハフィントン公爵家ほどの有力者は絶対にいません。これ以上、私がリストを見ても無意味です。大変不本意ではありますが、ハーシェル会長に取り次ぎを依頼しましょう。それが一番です」
エウフェミアより遥かに貴族社会に詳しい彼が言うなら、きっとそうなのだろう。アーネストに連絡し、ハフィントン侯爵夫人を紹介してもらえないか頼む。それが最善の方法なのだろう。
しかし、それでもエウフェミアは頷くことができなかった。何も言わず、俯いたままのこちらを見て、シリルは怪訝そうに言う。
「らしくないですね。これ以上ないコネが見つかったんですよ。エフィさんなら自分でハーシェル会長に交渉しに行くと言い出してもおかしくないと思いましたが」
エウフェミアには、彼の言う自分らしさが判らない。それでも、確かに普段の自分なら何か行動を移すだろうとは思った。
しかし、今の自分の足は固まっており、一歩もうごける気がしない。
「――他の方法を探しませんか?」
「なぜですか?」
自分でも、上手く気持ちを形にできない。それでも、数少ない言語化できる思いを口にする。
「…………会長に、ご迷惑をおかけしたくありません」
もう自分はハーシェル商会とは無関係の人間だ。これ以上、彼を巻き込みたくない。そう思う一方で、胸の奥には言いようのないひっかかりも存在している。
答えを聞いたシリルはじっとこちらを見つめるだけだった。それから、おもむろに口を開く。
「分かりました」
呆れを含んだ、どこか諦めたような声色。こちらの無理な提案を受け入れてくれたのだと、僅かに安堵した瞬間――彼はこう続けた。
「では、勝手をさせてもらいます。私一人でハーシェル会長に交渉してきます」




