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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
四章 新たな精霊術師

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10 火霊同盟


 エウフェミアから話を聞いたシリルは難しい表情のまま、呟いた。


「エリュトロス精霊爵ですか」

「はい。お会いすることは可能でしょうか?」


 ニキアスからその爵位名を聞いた翌日。屋敷に戻ったエウフェミアはシリルを呼び、客間で相談をしていた。


「もちろん精霊庁(こちら)から連絡することは可能ですよ。ただ、応じてくれるかは分かりません。精霊庁の依頼以外で、他の精霊術師からの連絡を繋ぐという前例はありません。それに、エリュトロス精霊爵のお人柄を考えても……」

「エリュトロス精霊爵はどのような方なのですか?」


 苦い顔をするシリルに訊ねる。


「私も顔を合わせたことは二、三度ほどしかありませんが。……難しい人ですよ。「火山岩のように意志が固く、容易に動じない方です」


 その表現に、エウフェミアは曖昧な笑みを返すしかできなかった。シリルは言葉を続ける。


「勝率は高くありませんが、送るだけ送ってみましょう。手紙を書いていただけますか?」


 セバスチャンが用意してくれた便箋に、シリルの助言を取り入れながら、丁寧な文章をしたためる。封蝋をした封筒を携え、その日、シリルは帰っていく。


 彼が再び屋敷にやってきたのはそれから三日後のことだった。前回と同じく客間へ通す。


「部下に手紙を届けさせましたが、まったく相手にしてもらえませんでした」


 そう言って、彼がテーブルに置いたのは一通の手紙だ。開封されたそれは、エウフェミアがエリュトロス精霊爵ゲオルギオス宛てに書いたもの。読んではくれたようだが、突き返されてしまったそうだ。


「精霊貴族の方々は他の一族の方とお会いすることはまずありません。同じ場所で依頼を受けることがあっても、顔を合わせないように精霊庁は取り計らいます。ウォルドロンでキトゥリノ精霊爵とノエ様が対面したのは例外です。エリュトロス精霊爵の態度は慣習を考えば、当然のものです」


 シリルには誓約について教わったことを話していない。精霊術師が皇帝によって生まれたと思っているだろう彼には、七家が接触しないようにしている理由は分からないだろう。そんな彼からしても、エリュトロス精霊爵に接触するのは難しいことのようだ。


「どうにかしてお会いする方法はないのでしょうか? ……例えば、エリュトロス精霊爵がお引き受けになられたお仕事の現場にお邪魔する、とか」

「それは難しいですね」


 シリルは真顔で即答する。


「代々エリュトロス精霊爵の仕事は活火山の管理監督です。帝国に百以上ある休火山を定期的に訪問し、必要に応じて火の精霊たちを鎮める。そうして、噴火が起きないように沈静化させるんです。いつどこの山の沈静化を行ったかという報告が精霊庁に来ますが、すべて事後報告です。事前にエリュトロス精霊爵がどの山を訪問するかは把握をしていません。行動予測が立てられないんですよ」


 その答えにエウフェミアはすっかりしょげてしまう。それなら、どうすればエリュトロス家の当主に会うことができるのだろう。


 思案する様子を見せていたシリルが言葉を続ける。


「ですが、エリュトロス精霊爵に接触する方法は他にも……あるかもしれません」

「本当ですか」


 エウフェミアはぱっと顔を明るくする。シリルは頷き、その方法を教えてくれる。


「以前、火霊燃料(かれいねんりょう)の話をしたでしょう? あのエネルギー資源は生産できる場所がかぎられているんです。そして、火の精霊に関わる以上、その生産にはエリュトロス家――エリュトロス精霊爵が関わっています。火霊燃料(かれいねんりょう)の生産地を領地に持つ貴族たちは、エリュトロス精霊爵とのパイプを持っています。彼らを通じて、エリュトロス精霊爵に働きかけるのはどうでしょう?」

「やります」


 少しでも可能性があるなら、なんでもやる。エウフェミアが即答すると、シリルは頷いた。


火霊燃料(かれいねんりょう)の生産を行う貴族たちは火霊同盟というコミュニティに所属しています。その筆頭といえば、リーヴィス公爵ですが――すみません。私もそこに所属する家名をすべて覚えているわけではないんです」


 申し訳なさそうに言って、シリルは立ち上がる。


「火霊同盟参加者のリストを用意してきます。家に戻れば、確か分かったはずです」

「あの」


 反射的にエウフェミアも立つ。


「私もご一緒してはいけませんか?」


 その申し出はその場での思いつきだった。突然のことにシリルは明らかに戸惑った様子だ。


「一緒にって――我が家にですか?」

「シリルさんばかりに動いてもらっていては申し訳ありません。それに……何もせず、屋敷にいるというのは落ち着かないのです」


 未だに、エウフェミアは他人を動かすという行為に慣れない。それに、何もしないでいると不安に襲われそうで怖い。――何かをしていたいのだ。


 シリルは沈黙する。歪んだ表情からも、エウフェミアの申し出が歓迎されるものではないことが分かる。


「…………分かりました」


 しかし、苦虫を噛み潰したような顔であっても、世話役の青年は了承してくれた。彼は痛そうに頭を押さえる。


「ただ、表立って万象の精霊術師を我が家に招くわけにはいきません。それには相応の理由と準備が必要になりますから。……だから、こっそり、バレないようにですよ」



 ◆



 以前、レイランド公爵家の屋敷を見たことはある。しかし、それは離れた場所、皇宮からだ。実際に間近に見るのは今回がはじめてのこと。遠くから見ても大きかった黒い屋根の建物は、目の前にするとより圧巻だった。


「どうぞ、こちらに。――この時間は父も兄も弟も皇宮にいるはずですが、あまり目立たないように」


 エウフェミアは頷き、黙って案内されるがまま、裏口から屋敷に入る。それから、連れていかれたのは書斎のような部屋だ。シリルは慣れた様子で、壁際にある本棚を物色し始める。


「確か、火霊同盟に関する資料がここに――」

「……このお部屋はシリル様の書斎ですか?」


 書斎机と、そのうえに置かれるペンとインク。本棚とそこに並ぶ背表紙。部屋にあるものは、何をとっても重厚で趣きを感じられる。さすが公爵家と言うべきかもしれない。


 シリルはしれっとした様子で答える。


「いいえ。父の書斎です。私程度にはこんな部屋与えられませんよ」

「――え?」


 予想外の返答にエウフェミアは思わず声をもらし、再び周りを見回す。


 レイランド公爵の書斎。そう考えれば、確かに納得がいく調度品の数々だ。しかし、理解すればするほど、今度は緊張が高まっていく。


「よ、よろしかったのですか? その、無断でお邪魔して――」

「この程度のこと、父は怒りませんよ。もう既に何十回も勝手に忍び込んでいますしね」


(そ、それはそれで問題なのでは……?)


 そんなことを思いながらも、今回公爵の書斎に忍び込むことになったのはエウフェミアのわがままのためだ。彼が危険を冒してまで応じてくれた以上、咎めるような言葉は口にできなかった。そう思い、エウフェミアは沈黙を選ぶ。


「ああ。ありました」


 しばらくして、シリルがこちらを振り返る。「その手には、目当ての資料と思しき紙の束がしっかりと握られていた。


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