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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
三章 水と風

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15 シリルの真意


 その指摘は図星だったらしい。シリルの眉が僅かに動き、表情がわずかに歪んだ。


「私が精霊庁での立場がもっと強ければ、あのようなことにはなりませんでしたよ」


 彼は俯き、深くため息をつく。


「……この仕事について四年。入庁当時より、ずっと立場は上になりました。それでも、兄に比べればずっと地位は低い。精霊庁長官の座なんて夢のまた夢です。兄は不思議に思ってることでしょうね。普段災害調査を担当している私が、ノエ様の世話役を任されたのですから。同時に内心私のことを嘲笑ってることでしょう。ノエ様が空虚の根(アニパルクシア)を銷却するなんて不可能。とんだ貧乏くじをひいたものだと」


 ――精霊庁のトップの座。


 その言葉で先日、シリルが精霊庁内での自身の立場を気にしていたのを思い出す。


「ええと、次の精霊庁長官は長子であるネイサン様ではないのですか?」


 精霊庁長官の座は代々レイランド公爵が継いできた。そして、通常爵位を継ぐのは長男。それであれば、シリルの父の跡を継ぐのはシリルの兄だろう。本来なら、彼がその地位に就くことはない。


 そう思って訊ねると、彼は淡々と答えた。


「まだ決まってはいません。父は子供達に家督を争わせ、もっとも優れた子を後継ぎに据えようと考えています」

「……兄弟なのに争わせるのですか?」

「だからこそですよ。父は、我が子が優秀であることを望んでいます。そのほうがより努力をし、相手を蹴落とそうとするでしょう。優秀であることが何よりも正義。父はそう教え込まれました」


 幼い頃、両親は兄とエウフェミアが仲良くすることを望んでいた。だから、親が子を争わせるという環境が想像しにくい。


 本来、家族は安らげる場所のはずだ。しかし、互いを競争相手とし、争わせているのなら。きっと、シリルにとってはそうではない。――そのことは想像ができた。


 シリルは話を続ける。


「それでも、今のところ父は兄を跡継ぎの有力候補だと考えています。兄に勝つにはそれ相応の手柄を立てないといけない」


 そこでシリルは一度黙った。そして、「だから」と言葉を続けた。


「あなたに空虚の根(アニパルクシア)を焼却して欲しかった」


 そう言って、彼は苦笑して見せた。——それが、エウフェミアをウォルドロンに連れてきた本当の理由だったのだろう。


 レイランド公爵はノエに空虚の根(アニパルクシア)銷却は為せないと思っていた。それはシリルも同じだったのだろう。だから、保険としてエウフェミアを連れてきたのだ。


空虚の根(アニパルクシア)銷却は精霊庁からガラノス家が正式に依頼したものです。前回、内密にあなたに水の大精霊(ネロ)様と鎮めてもらったときとは違う。ウォルドロンで空虚の根(アニパルクシア)を銷却させれば、その功績は公のものとなります。水の大精霊(ネロ)様を鎮められたあなたなら、きっと空虚の根(アニパルクシア)銷却も難しくないでしょう。そして、あなたを連れてきた私の功績も皆に知らしめることができる。……そうすれば、精霊庁内での私の立場を高められる。そのうえ、精霊貴族七家のいずれにも属さないあなたと特別なパイプを持てれば、兄を後継者から引きずりおろすことも夢ではなくなるでしょう。あなたも相応の生活が保障される。……お互いにとって、いい提案だと思ったのですけれどね」


 シリルは自嘲する。


 それが、あの夜グルーバー駅でされた話の続きだったのだろう。しかし、エウフェミアは途中で提案を拒否した。そこで彼の計画は頓挫してしまったのだ。


 エウフェミアは目を伏せる。


 誰かの邪魔するなんてこと、本当はしたくない。しかし、誰かのために自己犠牲をしようとは今のエウフェミアには思えない。もう、誰かにいいように扱われるつもりはないからだ。


 少し考えてから、真っ直ぐにシリルを見据えた。


「シリル様はどうして、お父様の跡を継ぎたいと思っていらっしゃるのですか?」

「……それを聞いて、どうすると言うんですか?」


 彼はうんざりしたように息を吐く。


 いつも綺麗な笑みを浮かべ、慇懃に接してくれたこの青年がエウフェミアにここまで不快な態度を示すのははじめてだ。でも、それがきっと本当のシリルだ。今までのような取り繕ったものではない。


 だから、彼の本当の心に伝わるよう、想いを紡ぐ。


「私はシリル様のことが知りたいのです」


 そのときのエウフェミアは自分の気持ちを伝えることに一生懸命だった。目の前の、シリルの表情にろくに意識を向けることが出来ない。


「確かに私はシリル様の提案を断りました。ですが、それは私の望みに沿わなかっただけで——」


 思っていることを言葉にするのは難しい。そこまで言って、伝えたいことがそうではないことに気づく。「ええと」と改めて、別の気持ちを口にする。


「私、シリル様に感謝しています。どのような考えだったとしても、……あなたのおかげで私は自分自身の勘違いに気づけました。シリル様が私を皇宮に呼んでくれたおかげで、私は私にできることがあると知れました。だから、少しでもシリル様のお役に立てて、恩を返せたら嬉しいです。でも、そのためにはシリル様が何を想い、何を考えてらっしゃるのか。それを知りたいのです」


 シリルは『あなたの考えが分からない』と言った。それはエウフェミアも同じだ。


 だから、そこで価値観が違うと切り捨てたくない。相手が何を思っているのか、それを知りたい。共感できなくとも、相手の想いを想像することはできるはずだから。そして、その想いを尊重したい。


 先ほど、シリルは兄弟で家督を争わせることをレイモンド公爵が望んでいると言っていた。


 では、彼自身はそのことをどう思っているのか。爵位や地位を望むのはどうしてか。それを知りたかった。


 答えが返ってきたのは、少し時間が経ってからだった。


「——どうして跡を継ぎたいのか、そんなこと考えたこともありませんでした」


 シリルはどこか遠くを見るように言う。その表情は落ち着いたものだった。


「父がそう望んだから。そうしなければならなかったから。そこに疑問を挟む余地はありませんでした。……あとは、見返してやりたかったというのもあります。兄や弟より私は劣った立場にあります。彼らや、今まで私を馬鹿にしてきた奴らに、目にものを見せたい。そういう反発心が原動力であることは否定できません。——まるで、子供みたいでしょう?」


 自虐的に彼は微笑む。エウフェミアは何度も首を横に振る。


「そんなことありません。何かを目標に努力するのは素晴らしいことです。マイナスの感情は誰にだってあるものでしょう? それを原動力に変えられるのはすごいと思います」


 シリルがどういう人生を歩んできたかはエウフェミアには分からない。それでも、彼が努力をしてきたのは想像できる。そうするに至った理由が他人への悪感情からだったとしても、その過程や結果は否定されるものではない。


 エウフェミアは笑う。


「嬉しいです。シリル様の本当のお気持ちが知れて。本心を教えてくださって、ありがとうございます」


 シリルは何も言わなかった。じっとこちらを見つめ、それから、ゆっくりと口を開く。


「……お礼を言われるとは思いませんでした」

「シリル様は私の質問に答えないこともできましたでしょう? それなのに、正直に答えてくださいましたから」


 シリルの真意を知りたいというのはエウフェミアのわがままだ。


 ――わがままついでに。


 エウフェミアはもう一つ、要求を伝える。


「シリル様。これからは言葉を取り繕わないでくださると嬉しいです。思ったことをそのままおっしゃってください。私はシリル様のお考えやお気持ちを知りたいです」


 皇宮に滞在したときはシリルの表面的な言葉を鵜呑みにし、彼の本当の考えを知ることができなかった。たとえ、自分と違う価値観であっても、相手の正直な思いを知りたい。強くそう思う。


 しかし、この考えは独りよがりだったのかもしれない。


 笑顔で話すエウフェミアに対し、シリルは感情の読み取れない顔のまま黙っている。その事に気づき、慌てて謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ありません。図々しいお願いでしたでしょうか?」

「……いえ。エフィさんには驚かされてばかりです。考えてみれば、皇宮にいたときもあなたは私の思い通りになってくれなかった」


 エウフェミアは首をひねる。彼の発言にまったく心当たりがないからだ。


 シリルはどこか吹っ切れたように笑う。


「そうですね。取り繕うような真似はもうやめましょう。いくら上品な公爵子息を演じても、あなたは全然なびいてくれませんでしたからね」


 更によく分からないことを言われ、余計に混乱する。


 そのとき、すっとシリルが歩いてきた。彼は目の前で立ち止まると、少しかがみ、顔を近づけてくる。


「エフィさん。私は今困ってます。あなたが私の提案を断ったせいです」


 ストレートな物言いにエウフェミアは面食らう。シリルは綺麗な笑みを作る。


「我々の力で空虚の根(アニパルクシア)銷却を為さなければ、私は後先なくなります。どうにかしてもらえますよね?」


 ――もしかしたら、自分はよくない提案をしてしまったのかもしれない。


 こちらに責任があるという言い分は確かに間違いではない。シリルが困らないよう、協力したいとも思う。しかし、自身がないことをできるのは断言できない。


「…………頑張ります」


 困り果てたエウフェミアには小さな声でそう返すしかできなかった。


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