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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
二章 精霊庁からの依頼

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5 作戦会議


 アーネストが使用人を呼ぶと、彼女は紅茶を運んでくれた。少し休憩を入れ、その後作戦会議を始める。——もっとも、ほとんど知恵を出すのはアーネストだ。


「まずは精霊術に関する知識を手に入れるところだな。今俺たちには情報が圧倒的に足りない。お前の伯父の話が嘘か、本当か。お前に精霊術が使えるのか、使えないのか。それさえも判断できねえからな」

「はい」

「だが、レイランドのお坊ちゃんに直接聞くのは悪手だ。お前の無知さ加減がバレる。アイツは資料室の話をしていたな。先にそこに入らせてもらって、必要な情報を得たい」

「そう、ですね」

「資料室に入れたら、一通り関係しそうな本に目を通せ。覚える必要があることは覚えてこい」

「分かり、ました」


 真剣な顔で指示をしていた雇用主の目が、ふいに冷たさを帯びた。次の瞬間、テーブルをドンと叩いた。

 

「あのなあ、こっちはお前のために真剣に考えてやってんだぞ!? さっきからソワソワ——集中して話を聞けねえのか!」

「も、申し訳ございません」


 エウフェミアは頭を下げた。どうやら、こちらが集中できていないことに気づかれていたらしい。アーネストは姿勢を崩し、ソファにもたれかかる。


「何を気にしてんだよ、お前は」

「あの、今更なのですが、よろしかったのですか? その、お戻りになられなくて」


 アーネストが一緒にいてくれるのはエウフェミアにとっては非常に心強い。しかし、彼はハーシェル商会の会長だ。仕事も多く、その責任も重大だ。今日だって取引相手との商談も入っていただろう。


 アーネストは大きく溜息を吐く。


「仕事はトリスタンに任せてあるから大丈夫だ。それに、あの状況で『じゃあ、俺には仕事があるので失礼します』なんてこと言うほど人でなしじゃねえよ」

「会長はお優しいですね」


 エウフェミアは微笑む。瞬間、アーネストの表情が冷たくなった。そのことに気づかず、言葉を続ける。


「最初にお会いしたときから、ずっと助けてくださっています。いくら感謝してもしきれません」

「優しい、ねえ」


 こちらとしては事実を伝えただけだったが、言われた側は不服そうだった。


「そう思うのはきっと、お前が心優しい人間だからだ。性格の悪い奴は俺を性格が悪いって言うぜ」

「そうおっしゃる方には会長の素晴らしさが伝わってないだけですよ」

「――話を戻すぞ」


 それ以上この話をしたくないとでも言うように、アーネストは話題を変える。


「資料室で読んだ本の内容は戻ってきたら俺に教えろ。その内容次第でまた、今後の方針を決める」

「え? ですが、よろしいのですか? レイランド様は資料室の本は会長にはお見せできないとおっしゃってました。内容をお伝えすることは……」


 アーネストを資料室にさえ入れなければ、本の内容を伝えてもいい。――なんて屁理屈をこねるつもりはない。出来れば情報を共有し、彼の意見を聞きたいが、禁じられたことをするのは抵抗がある。


 呆れたような視線をアーネストが向けてくる。


「向こうだってお前が俺に資料の内容を伝えることは織り込み済みだよ。レイランド公爵子息サマがなぜ俺を帰そうとしたと思う? お前に余計なことを吹き込む人間を排除したかったんだよ。その方が抱き込みやすいからな」

「……その、会長は今もレイランド様が私を懐柔か篭絡しようと考えてるとお思いですか?」


 ハーシェル商会を出発する前。アーネストは相手が自分を懐柔か、篭絡する可能性を口にしていた。


 確かに、シリルのことはまだよく分かっていない。けれど、彼の依頼は帝国民にとって有益なもので、私益を求めているようには見えない。


 それに、エウフェミアには丁寧に接し、こちらの条件もあっさり受け入れてくれた。信頼できる相手に見える。


「お前は違うと思うのか?」

「はい」

「本当にお気楽な脳みそだな、お前は」


 うんざりしたように言われ、少し落ち込んでしまう。アーネストは疲れたように溜息を吐く。


「ともかくだ。お前は過去の思い込みに囚われすぎる。客観的な目は必要だろう。俺がその目になってやる。それぐらいしか今やることはねえからな」

 

 それからまたいくつか話し合いをすませ、翌日に備えることにした。エウフェミアが「お先に失礼しますね」と寝室——小さいほうの部屋だ——へ向かおうとすると首根を掴まれる。それから主寝室の方を指さされる。


「お前はあっちだ」

「どうしてですか?」


 従業員である自分は狭い部屋を選ぶのは当然のこと。なぜ雇用主がそんなことを言うのかが分からなかった。


「主賓はお前。俺はただのオマケ。お前が主寝室を使うのは当たり前だろ」

「ですが」


 理由は分かったが、どうしても上司であるアーネストを差し置いて広い部屋を使うことに抵抗がある。エウフェミアが戸惑っていると、彼は舌打ちをし、先に小さい寝室へと入っていってしまった。「じゃあな」と言って扉が乱暴にしめられる。


 エウフェミアは途方に暮れる。こうなっては自分が主寝室を使うほかないだろう。大人しくそちらへと向かった。


 夜。体を沈めた皇宮の客室のベッドは柔らかく、シーツに触れた感触もなめらかだった。間違いなく今までの人生で使ってきたどのベッドよりも質がいい。しかし、それでも、この時ばかりはハーシェル商会寮の自室の少し硬いベッドがひどく恋しかった。



 ◆



 庶民と貴族との生活には様々な違いがある。その中の一つは起床時間だろう。


 エウフェミアはいつも通り日の出とともに起きる。アーネストも八時に寝室から現れた。しかし、貴族の朝はもっと遅い。それに合わせてか、朝食が運ばれてきたのは十時過ぎのことだ。昨日は夕食しか出されなかったことを考えると、食事回数も貴族社会の二回だけなのだろう。


 アーネストと二人で豪勢な朝食をすますと、タイミングを見計らったようにシリルがやってきた。


「おはようございます。昨晩はよく休めましたか?」

「はい」


 笑顔で答える。——が、これは嘘だ。うまく寝つくことができなかった。エウフェミアは嘘をつくのは慣れていない。表情に表れていないことを祈るばかりである。


 シリルは綺麗な笑みを浮かべる。


「そうですか。では、改めて今後のことですが――」

「あの、先に確認をしてもよろしいですか?」


 昨日のうちにアーネストからいくつか助言を貰っている。その一つが主導権を相手に渡してはいけないということだった。


 相手の要求は水の大精霊(ネロ)を鎮めること。まず、先にそれを解決させることが先決と思うだろう。しかし、現状ではそもそもエウフェミアが精霊術を扱えるのかどうかも確実ではない。まずは精霊に関する情報を得たい。


 相手の話の前にこちらの要求を伝える。


「昨日おっしゃっていた資料室——最初にそちらの書物を読ませていただけますか?」

「はい、構いませんよ。こちらで手続きはすませてあります。いつでも資料室に入室できますよ」

「それと、依頼を終わらせるまでに猶予はどれくらいいただけますか?」


 そしてもう一点確認しておかないといけないのが、依頼の期限がいつまでなのかということだ。


 シリルが今日明日にも解決を望むなら、そこは引き伸ばさなければならない。エウフェミア一人での交渉は難しくとも、アーネストなら上手くやってくれるだろう。少なくとも本人は「できる」と断言してくれた。


「これほどの大役をいただくのははじめてのことです。水の大精霊(ネロ)様に失礼があってはなりません。こちらとしては十分準備に時間をかけたいのです」

「時間など気にすることはありません。いくらでも」


 そこまで言って、シリルは少し困ったように笑う。


「——と、言いたいところですが。水害や干害で今も各地で被害が出ています。こちらで期限を設けるつもりはありませんが、早急に対処いただけると助かります。もちろん、無理にとは申しません。精霊術の行使には、術者の心の安定が何より大切ですから」

「分かりました。ありがとうございます」


 精霊庁から期限を定めないと言ってもらえたのは大きいだろう。情報収集を優先できる。


「では、早速ですが資料室を見せていただけますか?」

「喜んで」


 そう言って、シリルはすぐに精霊庁の資料室へと案内してくれる。ずっと触れられなかった精霊術の知識にようやく手が届く。その期待に、エウフェミアの胸は高鳴っていた。


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