4 伯父の嘘
「でも、どうしましょう。できもしないことを引き受けてしまいました」
先ほどは弱みを見せないこと、自分の価値を高めることばかりを気にして、依頼を引き受けてしまった。
「とにかく。そこに座れ」
言われたとおりに指差された向かいのソファに座る。それでも心は休まらない。ソワソワと落ち着きのないエウフェミアにアーネストが問う。
「そもそも、さっきの布切れは何なんだ? 説明しろ」
そこで雇用主が祈雨のお守りの件を知らないことに気づく。改めてエウフェミアはタビサが帰郷する前日の話をすると、アーネストは「なるほどな」と相槌を打った。
「でも、私も分からないのです。なぜ、あのお守りに精霊術がかけられていたのでしょう」
「お前がかけたんじゃねえのか?」
「私が精霊術が使えないのは以前お話しした通りです」
「だが、ガラノス家の人間以外に水の精霊術が使えるヤツはいねえだろ? それとも、タビサが故郷に向かう途中、偶然ガラノス家の人間に出会って、タビサ自身が知らない間に鞄に入ってたあの布切れに水の精霊術をかけたとでも言うのか? いったい何のために?」
その指摘はもっともだ。タビサが他に精霊術師に会ったことを自覚していればその話を官吏にしただろう。
エウフェミアは会ったことはないが、ガラノス家の一族は伯父一家以外にもいる。それでも、帝国の広さを考えればかなり少ないし、以前聞いた話通りなら滅多に会えるものではない。偶然そんな相手がいて、見も知らぬタビサの荷物に水の精霊術をかけてくれる。――あまり想像しにくい状況だ。
「ですが、私は精霊術の使い方さえ知りません。精霊術師の教育は十歳から始まります。でも、私はそれが始まる前に水の大精霊様の恩寵を失いましたから、精霊術については何も教わっていないのです」
兄が健在の頃、父は兄に精霊術師としての訓練を行っていた。しかし、まだ幼いエウフェミアはその様子を見学することを許されなかった。伯父一家と暮らすようになってからも同様だ。従姉妹の訓練の様子は秘匿され、エウフェミアは掃除や洗濯、炊事に明け暮れていた。
アーネストは何かを考えるようにゆっくりと煙草を吸い込み、吐き出す。
「俺は精霊に関しては素人だが、精霊貴族ってのは全員精霊術を使えるんだろ?」
「はい。そのように聞いています」
「よく分からんが、全員がそういう素質を持つ家系って話なら、お前にもその素質が生まれつきあったんだろ? なぜ、精霊術の使い方を習ってもいないのに、精霊術を使えないと断言できる?」
その質問に困惑する。その説明は既にしているはずだ。
「それは以前もお話ししました通りです。私は水の大精霊様の恩寵を失ってしまっていて、精霊術を使えません」
「誰がそう言っていたんだ?」
「それはもちろん、伯父様――」
そこまで言って、言葉を詰まらせた。背筋が凍る。エウフェミアは口元を覆う。――ようやく、アーネストの意図が理解できたのだ。
アーネストは淡々とした口調で言う。
「その言葉は信用できるものか?」
伯父は七年間、エウフェミアをいいように利用してきた。その言葉は決して――信用できるものではない。
「前から疑問だったんだがな。普通、爵位ってのは長男が継承するもんだろ。なのに、ガラノス家は兄ではなく、弟であるお前の父親が継いでいる。なぜ、先々代のガラノス精霊爵はなぜお前の伯父に家督を譲らなかったんだ?」
「…………分か、りません」
そういう話は誰からもされていない。何か手掛かりがないかと、古い記憶を掘り起こす。――そして、一つ思い出したことがあった。
エウフェミアは顔をあげる。
「そういえば、お母様が昔おっしゃってました。父は水の大精霊様に一番愛されている、と」
それは確か、水の大精霊に会った後のことだ。彼女が『愛しの愛しのグレイトスの頼み故、今回は特別に姿を見せてやった』と言っていたのが気になって、訊ねたことがあったのだ。
『水の大精霊様はグレイトスのことを特別に愛してくださっているのよ。だから、グレイトスの頼みを聞いてくださったの。他の誰が頼んでも、あの方は動いてくださらなかったでしょうね。だから、本当にありがたいことなのよ』
思い出せる限り母の言葉を伝える。それを受け、アーネストが言う。
「もし、水の大精霊に特別愛された者が当主になるという決まりだったとしよう。そうなると、精霊爵を継ぐ際には血筋より、素質が優先させることになるな。その場合、お前の伯父の後を継ぐのは誰になる?」
「ええと、……父と同じように水の大精霊様に愛される者、ですか?」
「じゃあ、それは具体的に誰だ?」
矢継ぎ早に出される質問に、エウフェミアは途方に暮れた。
自分が知っているガラノス家の人間は伯父一家ぐらいだ。伯父の跡を継げる年の人間は従姉妹のテオドラとメラニアぐらいしか知らない。
答えに窮していると、アーネストは大きく息を吐いて、例え話を持ち出してきた。
「ここに二人の子供がいるとしよう。一人は自分の子供。もう一人は弟の忘れ形見だ。男は自分の子供に後を継がせたい。だが、家督を継ぐ権利は素質があるほうと決まっている。弟は元々素質がある人物だった。その素質が子供に受け継がれてるともかぎらねえ。……そうなったとき、男はどうするだろうな? ――そう。例えばその子供に才能がないと思い込ませ、必要な教育を一切しない。そこそこの年齢になったら家を追い出す。そうすれば、弟の忘れ形見の子供が跡を継ぐことはない。万々歳じゃねえか」
「……会長は、伯父様が私を跡継ぎにさせないために、嘘を信じ込ませて、イシャーウッド伯爵家へ嫁がせたと思っていらっしゃるのですね」
その例え話の男が伯父であり、継がせたい子供がテオドラ。弟の忘れ形見がエウフェミアを指していることは疑いようがなかった。
自分でその可能性を提示しながら、アーネストは「例え話だよ。例え話」とうそぶく。
エウフェミアは俯き、自分の足元を見つめる。
「……そんなの信じられません。私に、精霊術師としての能力が残ってたなんて」
ずっと、自分には能力がないと思い込んできた。水の大精霊の恩寵を失い、一族を追放されるべき人間だと信じていた。八年間信じていた事実が間違いだったということは簡単に認められない。
しかし、その思いとは裏腹に、アーネストは告げる。
「シリル・レイランドの話を客観的に聞く限り、俺はお前には精霊術師としての能力があるように思う」
その言葉に息が止まる。顔をあげると、アーネストの表情はこれ以上なく、真面目なものだった。彼の言葉を否定するように、エウフェミアは反論する。
「で、ですが、髪と瞳の色が失われたのも、精霊たちが見えなくなったのも事実です」
「だから、その二つと精霊術の能力に因果関係がねえかもしれないだろ。大精霊の恩寵を失ったら髪と瞳の色が失われるっていうのも、精霊術が使えなくなるっていうのも伯父が言ってたことなんだろ? どこからどこまで本当か、分かんねえよ」
もう、それ以上何も言い返すことができなかった。
この半年間の間に、エウフェミアは自分の当たり前が当たり前でないことを学んだ。しかし、それは長い時間をかけてゆっくりとだ。今のように一気に洪水のような情報量を渡されていたわけではない。急激に今までの当たり前を否定されていくことは、とても恐ろしい。
こちらが限界なことを悟ったのだろう。アーネストは立ち上がり、こちらの肩を叩く。
「とにかく、一度休憩だ。落ち着いたら、今後の作戦を練るぞ」
この謎は二人でいくら頭をひねっても答えは出てこないだろう。エウフェミアは俯きながら「よろしくお願いします」と返すのが精一杯だった。




