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【本編完結】精霊術師になれなかった令嬢は、商人に拾われて真の力に目覚めます  作者: 彩賀侑季
二章 精霊庁からの依頼

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3 追加の条件


「こちらのほうですでに部屋を用意しています。心の整理も必要でしょう。今日はゆっくり休んでもらい、詳しいことは明日以降案内しましょう」


 つまりは皇宮に残れ、ということだろう。ゾーイが用意してくれたトランクには着替えの服も入っていると聞いている。外泊をすることは可能だが、戸惑いが強い。


「その、一度帰ることはできないのですか?」


 出来れば官吏たちの目のないところでアーネストに相談をしたい。そのために一度ハーシェル商会に戻りたいが、シリルはそれを許してくれなかった。


「申し訳ありません。この件はなるべく内々に進めたいんです。エフィさんを信用していないわけではありませんが、みだりに外の方と接触させて情報を外に洩らすリスクは減らしたい。ですが、安心してください。皇宮の中には精霊に関する記録を保管した精霊庁の資料室も、水の大精霊(ネロ)様に語りかけるのに相応しい水の祭壇もあります。不便をかけることはありません」


 つまり、精霊庁からのエフィへの依頼も、その条件に出した精霊に関する知識を教わることも、皇宮内ですべて出来てしまうということだ。他に帰る口実が何も思いつかず、戸惑っているとシリルの口から更に衝撃的な言葉が告げられる。


「それではお部屋に案内しましょう。ハーシェル会長も足をお運びいただき、ありがとうございました。お帰りの馬車を準備します」

「会長は一緒ではないのですか?」


 このまま皇宮に泊まることになってもアーネストが一緒であれば、機会を窺って二人きりになることはできるだろう。しかし、ここで別れてしまえば、仕事を終えるまで接触することはできない。彼の知恵を借りれなくなるのだ。


 慌てるエウフェミアに対し、シリルは悠然とした態度だ。


「今回ハーシェル会長が同行を希望されたのは、エフィさん一人では十分な状況説明ができない可能性があること。そして、部下の方々が不当な扱いをされないか心配してと聞いています。タビサさんは貴重な証人でした。そのため、こちらに引き留めていましたが、事実確認ができた以上、もうその必要もありません。精霊庁が責任をもって、ハーシェル商会の方へ送り届けましょう。それと、当然のことですが、精霊術師たるエフィさんを無碍(むげ)に扱うわけもありません。丁重におもてなしさせていただきますよ。これ以上、ハーシェル会長が残る理由はないでしょう?」


 理由をすべて潰された。


 万事休す、と諦めかけた時――突然、大きな音が響いた。視線が一気にそちらへ向く。


 そこには先ほどまでテーブルの上で両指を組んで座っていたアーネストが、ふんぞり返るように椅子に座っていた。それから、彼はシリルを睨むように見上げる。


「さっきの条件だが、もう一つ加える。俺の滞在も認めろ」


 慇懃な仮面を投げ捨て、普段の尊大な態度をした雇用主がいた。それまでほとんど笑みを崩さなかったシリルが不快そうにアーネストを見下ろす。


「……それはあなたの条件でしょう? こちらが応じる必要がありますか?」

「いや、これはエフィの条件だ。そうだろう?」


 突然話を振られ、慌てながらもエウフェミアは頷く。


「は、はい。私もてっきり一度商会に戻れるものと思っていたのです。このまま皇宮に滞在する必要があるのであれば、会長も一緒がいいです」

「なんだ。それとも精霊庁の官吏サマってのは最初に『なんなりと』と言っておきながらこの程度の追加条件も呑めねえほど器の小さい野郎なのか? 甲斐性のねえヤツだな」


 アーネストの発言を聞きながら、エウフェミアは自分の心臓が爆発するのではないかという不安に襲われていた。


 目の前にいる官吏を公爵子息と言ったのはアーネスト自身だ。そんな相手を前に明らかな挑発行為を行うなんて、度胸があるなんてものじゃない。


「……今の発言は精霊庁への侮辱と見做しても?」

「俺が馬鹿にしてるのはアンタのことだよ、シリル・レイランド公爵子息サマ。アンタみたいな狭量が上役だなんて、アンタの部下は可哀想だな」


 シリルの表情はこれ以上ないほど侮蔑に満ちたものだった。一方のアーネストはそれを気に留める様子もなく、不敵に嗤う。


「そもそも、一時帰宅を認めない理由に機密保持をあげたのはそっちだぜ? 一緒に話を聞いていた俺みたいなヤツを野放しにするのはアンタにとって不利益だと思うがな」


 それはきっと、脅しだったのだろう。このまま解放したら、今回の事情を周囲へバラすという意思表示。


 シリルは眉を何度か引きつかせた後、平静を取り戻すためにか一度大きく息を吸う。それから、元の柔和な表情に戻る。


「……分かりました。ハーシェル会長の滞在も認めましょう。ただし、資料室や祭壇の間への同行は認められません。資料室の書物はあなたのような世俗の方にお見せ出来るものではありませんし、祭壇は大精霊様が降臨する神聖な場所です」

「それで十分だ。俺は部屋で大人しくしているさ」

「ありがとうございます」


 エウフェミアは心の底から安堵した。


「では、改めて部屋に案内しましょう。もう一部屋ご用意いたしますので、ハーシェル会長はしばしお待ちください」


 しかし、アーネストは「いや」と拒否する。


「コイツと同室でいい。部屋っつったっていくつか部屋の分かれた客室だろ? それで十分だ」

「…………しかし」

「私もそれでかまいません。――いえ、会長と同じ部屋がいいです」


 ここで別室になれば、彼の部屋を遠くに離され、接触するのが難しくなってしまうかもしれない。エウフェミアが強く主張すると、それ以上シリルは反論をせず、「分かりました」と了承してくれた。


 その後、エウフェミアたちは別の建物へと連れていかれ、客室へと通された。


 最初の部屋が居間で、それ以外に扉が三つある。一つずつ確認すると主寝室、寝室、バスルーム――奥にトイレもあった――だった。そして、部屋の内装、調度品何をとっても高級品なのが分かる。ガラノス邸にもイシャーウッド家の別邸もここまで立派ではなかった。


「それではごゆっくり」


 シリルが部屋を出て行った。アーネストと二人きりになり、ようやくエウフェミアの緊張の糸が切れる。応接ソファに腰かけたアーネストに駆け寄る。


「会長、ありがとうございました。私一人では不安で」

「分かってる。――クソ、灰皿はねえのか」


 彼は携帯灰皿を取り出し、煙草に火をつける。


「これでよかったのでしょうか?」

「お前が断ったらシリル・レイランドはタビサを脅しに使ってただろうよ。アイツの身柄と引き換えにして、無理やり頷かせようとさせたはずだ」


 全くそんな考えのなかったエウフェミアは顔を青くする。


 それが本当なのだとしたら、タビサをハーシェル商会に送り届けてもらえると言ってもらえたのは大きい。


「アイツの依頼を引き受ける。今回の着地はそれしかなかった。必要以上に情報を伝えず、こちらから協力を申し出、その対価に精霊術に関する知識と報酬を引き出した。上出来だと思うぜ、俺は」


 交渉術に長けた会長からも肯定され、安堵する。しかし、懸案事項はまだ残っている。


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