第874話
トミヤス道場。
カゲミツの依頼で、イザベルが久しぶりに代稽古に来た。
カオルも連れて・・・
イザベルはカゲミツの前で頭を下げ、
「大殿様! 久しく代稽古に来られず申し訳もございません!」
「おはようさん! 聞いてるよ。馬、集めてたんだって?」
「は!」
「乗ってきてくれた?」
「は!」
「よーし! 見せてくれよな! カオルさん、今日も頼むぜ!」
「あ、いえ。申し訳もございませんが、私、本日はイザベル様の稽古を受けたく同行して参りました。まだまだ馬術は未熟ですゆえ」
「おほー! へーえ!」
「イザベル様の稽古を受けること、お許し願えましょうか」
「勿論! 好きなだけやってけよ!」
「ありがとうございます」
カゲミツがにやにや笑う。
あの稽古をカオル相手にするのか。
イザベルも中々腹が座っているではないか。
「なあ、俺も見に行っていいか? カオルさんの馬術の腕、見てみたいな!
カオルさんはサクマさん仕込みなんだろ」
「恥ずかしながら」
「いいねえ! イザベルさんの仕込みも入れたら伸びるぜ!
騎士の馬術と軍の馬術、両方習えるってすげえよな!」
「はい。私も楽しみで」
「俺も運が良いぜ。ほんと、ここに道場構えて良かったよ」
たらたらたら・・・
イザベルの額を汗が落ちていく。
カゲミツがそれを見てにやにやしている。
「よっしゃ! 行くか! イザベルさん、馬術のやつは向こうで待ってるぜ。
あんたが来てない間も真面目に練習してたから、見てやってくれ」
「は!」
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「おお・・・」
カゲミツがイザベルの馬を見て口を開ける。
なんと派手な馬だろうか。
朝日を照り返し、少し動くときらきら輝く。
「す、すげえな・・・これ、なんて馬?」
「黄金馬という品種で」
「まんまじゃねえか。初めて見るな」
「西方の砂漠地帯の馬でありまして、あまり外に出ないのです」
「ほう」
「あの辺りは戦も多く、軍は軽装軍馬が中核でありますし、ほとんど徴用されてしまうのです」
「それでか」
「偶然群れを見つけまして。この地方にはおらぬ品種ですゆえ、おそらく昔にキャラバン隊から逃げたと思うのですが」
「ふーん・・・ほおーう・・・」
じろじろ・・・
「大殿様、さすがにお譲りはちとご勘弁を願います。
私、他に馬を持っておりませぬゆえ・・・」
「あ、そんなんじゃねえよ。貴族連中、好きそうだなって」
「はい。それを商売にしようと、オリネオの外に繁殖牧場を作りました」
「何い? 牧場だって? こんなのがいっぱいいるのか?」
「それなりに。よろしければ一度お運び願いたく。遊ぶのはタダでありますし」
「おお、行く行く! 見てえな!」
「騎乗技術者も我が家から送られて参りますので、折あらば」
「おおー! ファッテンベルクの騎乗技術者か! いいねえ!」
ぽん、とシトリナの首を叩き、
「よおし! 行こうぜ!」
「は!」
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ぱしん・・・ぱしん・・・
「休め!」
ざざざ! と門弟達とカオルが休めの姿勢を取る。
イザベルが鞭を手に当てながら、門弟達の前を歩く。
「蛆虫共。久方振りであるな。所用で来れなんだ事を詫びておく」
ぱしん・・・ぱしん・・・
「大殿様より聞いた。我がおらぬ間も真面目に稽古しておったとか・・・
代稽古役として、嬉しい限りではある。あるが・・・」
ぴたり。
端の門弟の前で足を止める。
「貴様。無駄な稽古をしておらぬか? 道楽で走らせておらぬであろうな?」
「しておりません! 先生!」
「結構。それが嘘でないかは見れば分かる。後でしかと見せてもらう。
で、本日はカオルというクソ虫も我の稽古を受けたいと申してきた。
蛆虫共。許してやれ」
「「「はい! 先生!」」」
びし!
イザベルが鞭をカオルに向ける。
「で! このクソ虫様は一丁前に自前で馬を用意してきてくれた!
ありがたい事よな! 既にサクマ殿よりお教えを受けておると鼻高々よ!」
「・・・」
「おい。クソ虫」
つかつかつか。
「貴様の事だ! 名を呼ばれたら返事をしろ!」
ぶん! ぱし!
振られた鞭をカオルが手で止めた。
「はあん・・・そうか。我の愛の鞭はいらぬか。
クソ虫様。我の教えなどいらぬであれば、もう帰ってくれませぬか。
こやつら蛆虫への教えでも手一杯なのであります。さあ帰れ」
「申し訳ありません!」
「結構!」
すぱしーん!
さすがに顔を回して流し、吹っ飛ぶ事はなかったが・・・
「貴様! 我が愛の鞭を顔を回して流したな!」
「申し訳ありません!」
すぱしーん!
カオルが吹っ飛んで転がる。
つかつかつか。
「立て! クソ虫!」
「は!」
返事をしてカオルがさっと立ち上がる。
さすが門弟とは違う。
「教官から愛の鞭を頂けたのだ! 光栄に思え! 礼はないのか!」
「ありがとうございます!」
「その汚い口を開く時は先生とつけろ! 覚えたか!」
「は! 先生!」
「結構! 並べ!」
「は! 先生!」
さ! とカオルが並ぶ。
「よし! 蛆虫共! 練習の成果を見せてもらおう! 騎乗用意!」
ざざざ!
カオル以外が馬の横に立つ。
「騎乗せよ!」
しゃ! くる! ぴた!
「これは驚いた! まともに騎乗出来るようになったぞ! 下馬せよ!」
ざざざ!
「よし! 貴様らを蛆虫からカメムシに昇格する!」
「「「ありがとうございます! 先生!」」」
「うむ。蛆虫がいなくなり嬉しい限りだ。だがクソ虫が残っておったな。
おい! そこのクソ虫!」
「は! 先生!」
「サクマ殿のお教えを見せてみろ! 騎乗用意!」
「は! 先生!」
カオルが白百合の横に立つ。
「恥ずかしい騎乗をして栄光あるサクマ殿の名を汚したら許さんぞ!
良いと言うまで裸で村を走ってもらうからな!」
「は! 先生!」
「騎乗せよ!」
しゃ! くる! ぴた!
「下馬せよ!」
さ!
「見たかカメムシ共! 驚いた事にまともに騎乗も下馬も出来るぞ!
クソ虫をここまで育て上げるとは、さすがサクマ殿である!
よし! 貴様もクソ虫からカメムシに昇格! 2階級特進だ!」
「ありがとうございます! 先生!」
「良い返事だ! では今回から馬を歩かせる! 全員騎乗せよ!」
「「「「はい! 先生」」」」
ばばば! と全員が騎乗。
「宜しい!」
イザベルが懐から糸玉を出す。
カオルに放り投げ、
「帯に結べ!」
「はい! 先生!」
端を取ってくるりと帯に回し、きゅっと結ぶ。
「よし! 隣に渡せ! 糸を切るなよ!」
「はい! 先生!」
隣の門弟に渡し、
「帯に結べ!」
「はい! 先生!」
と、全員の帯に糸を繋げて結ばせる。
最後の門弟の所で糸玉を受取り、ぷちっと切って懐に入れる。
「1人でもその糸を切ったら全員で腕立て20回だ! 聞こえたか!」
「「「「はい! 先生!」」」」
「宜しい! では手綱の扱いの練習から始める!
貴様らの汚い手で乱暴に手綱を引くな!
馬は手綱を握るだけで言う事を聞いてくれる!
左手を握れば左に向く! 右手を握れば右を向く! 分かったか!」
「「「「はい! 先生!」」」」
「念の為に確認する! 右と左は分かるな! お箸を持つ方が右だ!」
「「「「はい! 先生!」」」」
「宜しい! では馬を右に向ける! 手綱は握るだけだ! 右向け、右!」
「「「「はい! 先生!」」」」
慣れたカオルは何とか手で握って白百合を右に向ける事が出来た。
が、門弟たちはいきなり出来るわけもなく、ぶちぶちと糸が切れる。
「出来たのはこのカメムシだけか! 全員下馬せよ! 腕立て用意!」
「「「「はい! 先生!」」」」
「1!」
ば!
「2!」
ば!
「3!」
ば!
腕立てするカオルと門弟。
数を数えながら、ぱしん、ぱしん、と手に鞭を当てながら歩くイザベル。
その様子を、カゲミツがにやにやしながら見ている。




