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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十八章 太夫とサカバヤシ流

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第873話


 朝餉が済むと、ジンノジョウは頭を下げて出て行った。


 試合は放映されてしまったし、もう故郷に帰る、良かったら家に寄ってくれと言い残し、楊枝を咥えてすたすた歩いて行ってしまった。


「面白い奴だったね」


 カオルが渋い顔で、


「シズクさん、サカバヤシ様にもう少し尊敬の念は持てませんか。

 あなたより遥かに上のお方ですよ」


「それは分かってるけどさ。馴染みやすいって言うか」


「まあ、それは否定しませんが」


 ふ、とマサヒデが小さく笑って、


「では、訓練場に行きましょうか。

 カオルさん、試しに200回やってみますか?」


「小太刀なら出来ます。似たような稽古をしておりましたので」


「ほう」


「さすがカオル殿」


 カオルがイザベルの前にぴたりと立つ。


(ああ、なるほど)


 マサヒデが頷くと、さ! と脇差が抜かれる。

 切先はイザベルにぴたり。


「おおっ!?」


 イザベルが驚いて声を上げる。

 そのまますっと納め、


「と、このような。遊廓でも、あの5忍者がやっておりましたね。

 狭い場所で抜く時。ふふふ、通りすがりの暗殺にも。

 我らには普通の抜き方です」


「カオル・・・やっぱお前怖いな」


 すとんと脇差を納め、


「これでシズクさんが刺せれば文句なしですが、まだまだです。

 今の目標はシズクさんを刺すことです」


「物騒なこと言うなよ」


「試しに刺せるかどうか」


「駄目に決まってるだろ! 刺さったらどうすんだよ!」


「そう仰らずに。1度だけ」


「駄目だよ!」



----------



 マサヒデ達がぞろぞろと冒険者ギルドに入って行くと、


「あっ! イザベル様! カゲミツ様から指名ですよ!」


 受付嬢の元気な声。


「おお! 請ける!」


 さあー! とイザベルが掲示板に走って行く。


「・・・」


 カオルが足を止めて、顎に手を当てる。


「カオルさん? どうしました」


「イザベル様の馬術の稽古、受けに行こうかと・・・」


「あ、なるほど。良いですね」


「私達は森で歩かせれば良いと聞きましたが、サクマ殿の教えとの違いもありましょうし、気になりまして」


 ささー、とイザベルが依頼書を持って受付に戻って来る。

 依頼書を差し出すと、ぽん! と受付嬢が印を押す。


「では、マサヒデ様! トミヤス道場へ行って参ります!」


「はい。今日はカオルさんもイザベルさんの稽古を受けに行きます。

 びしびし頼みますね」


「は!?」


 基礎から!? 同僚、上司のカオルを『虫』と呼ぶのか!?


「私達はサクマさんから少し教えてもらっていますが、基本の基本、最初からお願いしますね」


「イザベル様、宜しくお願い致します」


「い、いえ、私が見た所、既に出来ておりますれば、騎射の稽古など」


「サクマさんの教えとの違いも気になりますし、是非。頼みます」


 『是非』『頼みます』

 イザベルの頭にマサヒデの言葉が響く。


「は! お任せ下さい!」


 びし! とイザベルが胸に手を当てる。

 狼族の悲しい性、主の命令は絶対、それを聞く事が無常の喜び。


「では、シズクさん。行きましょう」


「ほーい!」


「昨日は流血沙汰になりましたし、人減ってなければ良いですけどね・・・」


「大丈夫じゃない? 逆に増えてると思うよ」


 マサヒデとシズクは訓練場に行ってしまった。


「イザベル様。馬を取りに行きましょう」


「はっ!? はい・・・」


「カゲミツ様はシトリナを見るのは初めてですね。驚きましょう」


「はい・・・」


 カオルの笑顔が恐ろしい。

 怒りに染まったら死亡確定。

 されども主のマサヒデ様には基本からと言われている。

 生きるべきや、死ぬべきや・・・

 イザベルの心臓がばくばくと高鳴る。



----------



 街道。


 ぽくり、ぽくり、とイザベルとカオルが馬を並べて歩く。


(どうすれば!)


「カオル殿・・・」


「なんでしょう」


「基礎からとの話ですが」


「はい」


「少し、ファッテンベルクの馬術稽古は変わっておりまして・・・」


「はい」


「その、ご気分を害されないと良いのですが・・・」


「そのような事はありません。厳しく頼みます」


 ごく、とイザベルが唾を飲み込む。


「その、馬術の稽古の最初はですが」


「はい」


「生徒は『虫』と呼ぶことにしておりまして」


「は? 虫ですか?」


「はい・・・」


「様子がおかしいと思いましたが、それで心配しておられたのですね。

 慣れておりますから平気です。

 私は忍。人として扱われておりませんので」


「左様で・・・」


 鞭でびしびし叩きのめす事も・・・


「多少歩かせる事が出来るという程度です。厳しく願います」


「は、はい」


 にやりとカオルが笑った。

 稽古の様子は既にレイシクランの忍から聞いている。



----------



 そしてトミヤス道場。


(着いてしまった!)


 ぎゅ! と目を瞑り、イザベルが馬を降りる。

 つなぎ場に馬を繋いでいると、門弟が出て来た。


「おお、カオル殿! おはようございます!」


「おはようございます。カゲミツ様にはご機嫌は」


「はい! 今日はイザベル殿が来たかと喜んで・・・」


 イザベルが門弟とカオルの会話を、どきどきしながら聞いている。

 ぱしん!

 両手で頬を叩いて気合を入れる。

 もう切り替えなければ!


「おお、これは凄い馬ですね!」


 門弟がイザベルの馬を見て声を上げた。


「はっ!? お、おお、そうであろう!

 これは黄金馬という品種で、数の少ない貴重な馬よ!」


「黄金馬! 文字通り輝いておりますね!

 これにはカゲミツ様も驚きましょう!」


「うむ。実はオリネオの町の外に牧場を作ったのだ。

 この黄金馬、繁殖させたいと思ってな。

 奥方様、クレール様、ハワード様に出資していただけた」


「なんと!」


「折あらば、カゲミツ様にもお越し願いたいと思うておる。

 勿論、皆も来てもらって構わんぞ。遊ぶだけならタダよ。

 何ヶ月かしたら、当家から騎乗技術者も参る」


「ファッテンベルクから!? おお・・・」


「というても、軍馬にするではないぞ。

 見ての通りの派手な色、貴族に人気のある馬でな。

 で、ちと商売にとな」


「ははあ。と言われますと、やはり見てくれだけですか」


「でもない。3日3晩飲まず食わずで走れるくらいタフだ」


「凄い馬ですね・・・」


「脚も丈夫で、小回りもきく。障害走なら敵なしよ。

 重装はとても無理だし、荷も大して運べぬが、軽装軍馬にはぴたりだ。

 頭も賢く、すぐ人を覚えてくれるし、懐いてくれる」


「これはカゲミツ様も羨ましがりましょう!」


「ふふ。トミヤス道場には貴族の者が多くおるし、良いお得意様になってくれると期待しておる」


「私も1頭欲しいものです。如何ほどしましょう?」


「そうさな。我の馬であれば金で2000と言った所かな。

 なにせ月毛で文字通りの黄金であるし」


「・・・」


「ははは! ふっかけておると思うたろう。当然だ。

 だが、国営競馬会にも数頭もおらぬ品種であるぞ」


「えっ!? そんなに少ないのですか!?」


「そうよ。その上、この目立つ色で王侯貴族で引っ張りだこだ。

 もはや密輸でしか手に入らぬ。数も戦で年々減るばかり。

 であるから、繁殖牧場を作ったのよ」


「なるほど・・・」


「さて! カゲミツ様をお待たせしてはならぬな。参ろう」


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