第873話
朝餉が済むと、ジンノジョウは頭を下げて出て行った。
試合は放映されてしまったし、もう故郷に帰る、良かったら家に寄ってくれと言い残し、楊枝を咥えてすたすた歩いて行ってしまった。
「面白い奴だったね」
カオルが渋い顔で、
「シズクさん、サカバヤシ様にもう少し尊敬の念は持てませんか。
あなたより遥かに上のお方ですよ」
「それは分かってるけどさ。馴染みやすいって言うか」
「まあ、それは否定しませんが」
ふ、とマサヒデが小さく笑って、
「では、訓練場に行きましょうか。
カオルさん、試しに200回やってみますか?」
「小太刀なら出来ます。似たような稽古をしておりましたので」
「ほう」
「さすがカオル殿」
カオルがイザベルの前にぴたりと立つ。
(ああ、なるほど)
マサヒデが頷くと、さ! と脇差が抜かれる。
切先はイザベルにぴたり。
「おおっ!?」
イザベルが驚いて声を上げる。
そのまますっと納め、
「と、このような。遊廓でも、あの5忍者がやっておりましたね。
狭い場所で抜く時。ふふふ、通りすがりの暗殺にも。
我らには普通の抜き方です」
「カオル・・・やっぱお前怖いな」
すとんと脇差を納め、
「これでシズクさんが刺せれば文句なしですが、まだまだです。
今の目標はシズクさんを刺すことです」
「物騒なこと言うなよ」
「試しに刺せるかどうか」
「駄目に決まってるだろ! 刺さったらどうすんだよ!」
「そう仰らずに。1度だけ」
「駄目だよ!」
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マサヒデ達がぞろぞろと冒険者ギルドに入って行くと、
「あっ! イザベル様! カゲミツ様から指名ですよ!」
受付嬢の元気な声。
「おお! 請ける!」
さあー! とイザベルが掲示板に走って行く。
「・・・」
カオルが足を止めて、顎に手を当てる。
「カオルさん? どうしました」
「イザベル様の馬術の稽古、受けに行こうかと・・・」
「あ、なるほど。良いですね」
「私達は森で歩かせれば良いと聞きましたが、サクマ殿の教えとの違いもありましょうし、気になりまして」
ささー、とイザベルが依頼書を持って受付に戻って来る。
依頼書を差し出すと、ぽん! と受付嬢が印を押す。
「では、マサヒデ様! トミヤス道場へ行って参ります!」
「はい。今日はカオルさんもイザベルさんの稽古を受けに行きます。
びしびし頼みますね」
「は!?」
基礎から!? 同僚、上司のカオルを『虫』と呼ぶのか!?
「私達はサクマさんから少し教えてもらっていますが、基本の基本、最初からお願いしますね」
「イザベル様、宜しくお願い致します」
「い、いえ、私が見た所、既に出来ておりますれば、騎射の稽古など」
「サクマさんの教えとの違いも気になりますし、是非。頼みます」
『是非』『頼みます』
イザベルの頭にマサヒデの言葉が響く。
「は! お任せ下さい!」
びし! とイザベルが胸に手を当てる。
狼族の悲しい性、主の命令は絶対、それを聞く事が無常の喜び。
「では、シズクさん。行きましょう」
「ほーい!」
「昨日は流血沙汰になりましたし、人減ってなければ良いですけどね・・・」
「大丈夫じゃない? 逆に増えてると思うよ」
マサヒデとシズクは訓練場に行ってしまった。
「イザベル様。馬を取りに行きましょう」
「はっ!? はい・・・」
「カゲミツ様はシトリナを見るのは初めてですね。驚きましょう」
「はい・・・」
カオルの笑顔が恐ろしい。
怒りに染まったら死亡確定。
されども主のマサヒデ様には基本からと言われている。
生きるべきや、死ぬべきや・・・
イザベルの心臓がばくばくと高鳴る。
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街道。
ぽくり、ぽくり、とイザベルとカオルが馬を並べて歩く。
(どうすれば!)
「カオル殿・・・」
「なんでしょう」
「基礎からとの話ですが」
「はい」
「少し、ファッテンベルクの馬術稽古は変わっておりまして・・・」
「はい」
「その、ご気分を害されないと良いのですが・・・」
「そのような事はありません。厳しく頼みます」
ごく、とイザベルが唾を飲み込む。
「その、馬術の稽古の最初はですが」
「はい」
「生徒は『虫』と呼ぶことにしておりまして」
「は? 虫ですか?」
「はい・・・」
「様子がおかしいと思いましたが、それで心配しておられたのですね。
慣れておりますから平気です。
私は忍。人として扱われておりませんので」
「左様で・・・」
鞭でびしびし叩きのめす事も・・・
「多少歩かせる事が出来るという程度です。厳しく願います」
「は、はい」
にやりとカオルが笑った。
稽古の様子は既にレイシクランの忍から聞いている。
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そしてトミヤス道場。
(着いてしまった!)
ぎゅ! と目を瞑り、イザベルが馬を降りる。
つなぎ場に馬を繋いでいると、門弟が出て来た。
「おお、カオル殿! おはようございます!」
「おはようございます。カゲミツ様にはご機嫌は」
「はい! 今日はイザベル殿が来たかと喜んで・・・」
イザベルが門弟とカオルの会話を、どきどきしながら聞いている。
ぱしん!
両手で頬を叩いて気合を入れる。
もう切り替えなければ!
「おお、これは凄い馬ですね!」
門弟がイザベルの馬を見て声を上げた。
「はっ!? お、おお、そうであろう!
これは黄金馬という品種で、数の少ない貴重な馬よ!」
「黄金馬! 文字通り輝いておりますね!
これにはカゲミツ様も驚きましょう!」
「うむ。実はオリネオの町の外に牧場を作ったのだ。
この黄金馬、繁殖させたいと思ってな。
奥方様、クレール様、ハワード様に出資していただけた」
「なんと!」
「折あらば、カゲミツ様にもお越し願いたいと思うておる。
勿論、皆も来てもらって構わんぞ。遊ぶだけならタダよ。
何ヶ月かしたら、当家から騎乗技術者も参る」
「ファッテンベルクから!? おお・・・」
「というても、軍馬にするではないぞ。
見ての通りの派手な色、貴族に人気のある馬でな。
で、ちと商売にとな」
「ははあ。と言われますと、やはり見てくれだけですか」
「でもない。3日3晩飲まず食わずで走れるくらいタフだ」
「凄い馬ですね・・・」
「脚も丈夫で、小回りもきく。障害走なら敵なしよ。
重装はとても無理だし、荷も大して運べぬが、軽装軍馬にはぴたりだ。
頭も賢く、すぐ人を覚えてくれるし、懐いてくれる」
「これはカゲミツ様も羨ましがりましょう!」
「ふふ。トミヤス道場には貴族の者が多くおるし、良いお得意様になってくれると期待しておる」
「私も1頭欲しいものです。如何ほどしましょう?」
「そうさな。我の馬であれば金で2000と言った所かな。
なにせ月毛で文字通りの黄金であるし」
「・・・」
「ははは! ふっかけておると思うたろう。当然だ。
だが、国営競馬会にも数頭もおらぬ品種であるぞ」
「えっ!? そんなに少ないのですか!?」
「そうよ。その上、この目立つ色で王侯貴族で引っ張りだこだ。
もはや密輸でしか手に入らぬ。数も戦で年々減るばかり。
であるから、繁殖牧場を作ったのよ」
「なるほど・・・」
「さて! カゲミツ様をお待たせしてはならぬな。参ろう」




