第27話
逃げられない! ならば攻めるしかない!
マサヒデも腹を決め、結婚という戦いに向かう。この結婚は国の命運を賭けた戦いなのだ。
アルマダは、マサヒデの前にしゃがみこみ、マサヒデの手にそっと手を乗せた。
「・・・では・・・マサヒデさん」
「・・・はい」
「マツ様の所へ参りましょう」
「・・・」
「マツ様を受け入れましょう」
「・・・」
「私は、こんな所であなたを失いたくありません」
「・・・」
「マサヒデさん。あなたは、人の国で3本の指に入るほどの魔術師を、妻に娶ることが出来るのです。
それほどの方に、あなたは認められた。誇るべきことです」
「・・・」
「さあ」
「・・・」
「彼女に失礼のないよう、精一杯、喜んでもらいましょう」
「・・・」
「マサヒデさん」
「アルマダさん・・・」
「行きましょう」
「アルマダさん・・・私は・・・私は! マツ様が怖ろしい!」
マサヒデは、がば、とアルマダに組み付いた。
アルマダはマサヒデの顔をじっと見て、
「マサヒデさん。あなたの腕は、私が一番良く知っているつもりです。
この部屋にいる皆が、あなたの腕を知っています」
「・・・」
「そのあなたが怖ろしいというほどの人物を、あなたは伴侶とすることが出来るのです。
これほど心強い伴侶がいますか? お二人とも、どう思いますか?」
「・・・喜ぶべきことであり、誇るべきことです」
「・・・う、ううっ! はい・・・その通りでございます・・・」
メイドは口に手を当てて泣き出した。
「も、申し訳ありません・・・目出度い話に涙など・・・感動してしまっただけ、です・・・」
「さあ、マサヒデさん。参りましょう。」
「・・・はい・・・」
「・・・マツモトさん。とりあえず、早馬の準備を願えますか。
宛先はトミヤス道場、道場主、カゲミツ=トミヤス様宛。
息子、マサヒデさんの結婚の報告を、と、いった所ですか。
細かい内容は、戻ってから考えましょう。一番高い紙を、お願いします」
「・・・お任せ下さい」
「さあ、マサヒデさん。マツ様がお待ちです」
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ぱたん、とドアが閉じられ、廊下にマサヒデ、アルマダ、メイドが立っていた。
「マサヒデさん。これから、マツ様に結婚の申し出をします。よろしいですね」
「・・・」
メイドはまだ口に手を当て、涙を流している。
「腹を決めて下さい。カゲミツ様と、真剣で勝負をするつもりで臨んで下さい。
妻を娶るということは、たとえ相手がマツ様でなくとも、それだけの・・・
いや、それ以上の覚悟を持って望まねばなりません」
「はい・・・」
アルマダはマサヒデの肩を掴み、マサヒデを揺さぶった。
「さあ! 顔を上げて下さい! 背を延ばして!」
「よろしいですか。マツ様の手を取って『父や母の承諾などいりません。あなたを妻に迎えたい』と。
こう伝えるのです」
「はい」
「私が仲介人となります。よろしいですね」
「はい」
「さあ! 気をしっかり持って! 良いですか、あなたの肩に、この地域全体の・・・
いや! この国の命運がかかっているのです! あなたのお父上も! お母上も!
全てあなた次第なのです!」
「・・・はい!」
やっと、マサヒデの目に正気が戻ってきた。
「さあ、胸を張って下さい。参りましょう!」
「・・・行きます! このマサヒデ=トミヤス、精一杯、マツ様に向かわせて頂きます!」
マサヒデと、仲介者として立ち会うアルマダの顔は、真剣勝負に望む顔であった。
マツモトの顔は、死地に赴く者を送る顔であった。
メイドは涙を流しながら、廊下を歩いていく2人に頭を下げた。
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魔術師協会・・・マツの家は、相変わらずの佇まいであった。
村の寺子屋程度の、小さな平屋。侘びた庭。静かな空気・・・
ここで、これからこの国の命を賭けた戦いが始まる。
「頼もう! マサヒデ=トミヤス! アルマダ=ハワード! マツ様にお目通り願いたい!」
ぱたぱたと足音がして、奥から慌ててマツが走って出てきた。
「トミヤス様・・・ハワード様まで、どうなさいました?」
「マツ様。先程、マサヒデ=トミヤスの結婚のお話、聞かせて頂きました。
このアルマダ=ハワード、マサヒデ殿の不肖な友ながら、お二人の仲介人をさせて頂きたく、参りました!
私に、立ち会いの許しを願いたい!」
マツは驚いて、口に手を当てて目を開いている。
「あ、あの・・・ご両親の承諾を得てから、という話でしたが・・・」
ここだ!
アルマダの目が光る。
マサヒデは用意していた武器を繰り出した!
「父や母の了承などいりません! 私は・・・私は! 今すぐにでもマツ様を嫁に迎えたい!
マツ様! どうか、私と夫婦になって下さいませんか!」
ばっ! とマサヒデは頭を下げた。
マツの目から、つー・・・と、静かに涙が落ちた。
「・・・」
マサヒデは顔を上げ、マツの手を取った。
「マツ様。私は若年の未熟者。
その私を、あなたほどの方が見込んでくれたこと、このマサヒデ、心から嬉しく思っております。
・・・あなたさえ、よろしければ」
「うっ・・・うっ・・・」
マツは両手でその手を握り返し、感極まって泣き出した。
「トミヤス様・・・マサヒデ、様・・・!」
「いかが」
「はい・・・はい! 私、私・・・マサヒデ様の妻となりとうございます!」
一見、感動的な結婚の申し込みなのだが、これはこの地域全体の、ひいては国の命運が賭けられた大勝負。
ほんの少しの失敗も許されない・・・
「マサヒデさん、マツ様。立会人として、このアルマダ=ハワード。改めてお二人に尋ねます」
「う・・・ぐすっ、はい」
「はい」
マツの顔は、泣きぬれて涙でぐちゃぐちゃだ。
マサヒデの顔は真剣そのものだ・・・愛の告白に来た顔ではなく、命を賭けた戦いの顔だが・・・
「マサヒデ=トミヤス。あなたは、このマツを、終生の伴侶と致しますか」
「はい」
「マツ様。あなたは、このマサヒデ=トミヤスを、終生の伴侶と致しますか」
「はい、はい!」
「お二人の結婚! このアルマダ=ハワードがしかと見届けたッ!
天地万物に! この二人の祝福を願うッ! 二人の幸せが! 終生まで続くことを願うッ!
マツ! あなたは本日、今この時より! マツ=トミヤスである!」
「ああ・・・!」
「・・・最後の儀式を行います。お二方、庭へ」
アルマダは、2人を庭へ促した。
マサヒデは泣いているマツの手を引き、庭へ来た。
「さ、お二方。そこへ膝を」
マサヒデとマツは、言われるまま地に膝をつけた。
アルマダは剣をしゃっと抜き、天に掲げた。
そして、2人の肩にぽん、ぽん、と軽く置いた後、再び剣を天に掲げ、大声で叫んだ。
「神よ! この二人に祝福を!」
「うっ・・・! ぐすっ・・・」
マツは地に顔を伏せて、肩を震わせて泣きだした。
・・・マサヒデの顔は眼光鋭く、綿埃が肩に乗っただけでも刀を抜きそうな緊張感が漂っている・・・
「さあ、マツ様。顔を拭いて」
アルマダは伏していたマツの顔を上げ、懐からシルクのハンカチを出して、マツの顔を拭いた。
顔は祝福の笑顔だが、その背中にはこれまでにない緊張が走っている。
その緊張を表に出さないよう、アルマダは必死の努力をしていた。
「美しい顔が台無しですよ。あなたは今この時から、マサヒデさんの妻。
さあ、マサヒデさんにその顔を見せて」
「はい・・・」
「さ、マサヒデさん」
「マツ様・・・」
マツは笑い顔で、涙を流しながら言った。
「ぐすっ・・・マサヒデ様、妻となって、初めてのマツのお願い、聞いて下さいますか」
マサヒデとアルマダに電撃が走ったように、ぴたりと動きが止まった。
「『マツ様』などと・・・『マツ』と、お呼び捨て下さいませ・・・」
マサヒデとアルマダに、安堵の感がよぎる。
マサヒデはぽん、とマツの肩に手を置いた。
「マツ・・・いえ、あなたほどの方を呼び捨てになんて、私には出来ません・・・
『マツさん』で、よろしいですか」
「はい」
「マツさん、これから、よろしくお願いします」
そう言って、マサヒデは止めを刺した。
ぐっと肩を寄せ、マツを抱きしめたのだ・・・
「マサヒデ様・・・」
ふう、とアルマダは息をつき、そっと額の汗を拭った。
オリネオの町は、救われた・・・
アルマダの顔は喜びに包まれ、笑顔になった。
その喜びは、人々の安全と、安心が守られた喜びであった。




