二度目の学園祭 7
「じゃあ、今からは細かい部分をやっていきましょう。まず冒頭のシーンだけれど──……」
その後は演技について丁寧で的確な指示をしてもらい、有意義な時間を過ごした。
時折、アレクシアさんがお手本として演技をしてくれたけれど、演技力に感動してしまった。
やはり目指すべきところが明確になると、そこに向かって全力で走れるため、ありがたい。
私達がより不安になったり、心が折れたりしないように丁寧に言葉を選びながら話してくれているのも伝わってきて、とても優しい人なんだろうなと思う。
「二人ともよく声が通るし他のメンバーよりも伸び代はあるから、一緒に頑張りましょう」
「はい、ありがとうございます!」
モチベーションを下げないように「褒める、改善点を指摘する、そしてまた褒める」というサンドイッチ型フィードバックを自然とやってのける辺りもアレクシアさん、流石すぎる。
お蔭で私も吉田もやる気に燃え、心からの感謝をした。
◇◇◇
その日の晩、私は自室のバルコニーにて夜風にあたりながら、ジュリエットになりきっていた。
「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの……?」
アレクシアさんによるミッションにより吉田が現れた後、ここで最重要なシーンのひとつである二人が想いを伝え合う場面を練習する予定だからだ。
原作ではキャピュレット家に忍び込んだロミオが、バルコニーでひとり自分への愛の告白を語るジュリエットに遭遇し、愛を誓い合う。
けれど約束の時間帯も曖昧だったため、私は壊れたラジオのようにセリフを繰り返している。
「吉田、大丈夫かな……」
ユリウスが屋敷を守るために様々な魔道具や魔法を仕掛けているため、ロミオよりもずっと忍び込む難易度が高い。一応、吉田にもそれを伝えてあるけれど、嫌な予感しかしない。
「ああロミオ、あなたはどうしてロミオなの……?」
そして五十回を軽く超えたところで、バルコニー下の草木がガサガサと揺れた。
「あっ……」
そして現れたのは、ボロボロの姿になった吉田だった。服は汚れ、髪は乱れ、眼鏡はずり下がっている。学園祭の演劇というのは、ここまで過酷なものだっただろうか。
かける言葉を必死に探していると、げんなりした様子の吉田は一度大きな溜め息を吐いた後、真剣な表情で顔を上げた。
「ああ、我が名を引き裂いてしまいたい」
「よ、吉田……!」
思うところは色々とあるだろうに、練習をしようとしてくれているらしい。
吉田がどれほど演劇に真面目に向き合ってくれているのかが伝わってきて、胸を打たれた。
それから一通りの演技をした後は、魔法を使ってバルコニー越しに吉田に本を渡した。
『夜分に女性の部屋に入るなんて、絶対にいけませんよ。全てバルコニー越しですること』
時間も時間のためアレクシアさんの指示により、しっかりと健全な距離感を保っている。
「ジュリエット達も、こんなに落ち着かない気分だったんだろうな……」
吉田が来ているところが見つかったところで、何をしているんだと突っ込まれて終わるだけ。
けれどジュリエットとロミオなら、見つかった時点でロミオの命が危ういはず。
「でもこの方法、結構効果がありそうだね」
「腹立たしい上に認めたくないが、そうだな」
形から入ると、解像度がぐっと上がる感じがする。
見慣れた体育館ではなく、夜空の下でバルコニーから見える景色、ロミオとの距離、誰かにバレやしないかという焦燥感やドキドキは、再現してみなければ分からなかっただろう。
これまではこのシーンに関しては、呑気に恋愛百パーセントで演技をしていたけれど、これからはドキドキした気持ちも表現していきたい。
「それにね、すっごく楽しいんだ! 吉田とこんなふうにへんてこな練習ができるのも、大好きなみんなと一生懸命、一緒にひとつの舞台を作れるのも」
「……そうか」
素直な思いを口にすると、吉田はふっと笑ってくれる。私だけでなく、みんなもそう思ってくれていたらいいなと思う。
次はロレンス神父役の王子を誘って、大聖堂で秘密の結婚式のシーンを練習してみるのもいいかもしれないという話をして、無事にミッションをクリアした。
「また明日、練習頑張ろうね! 気をつけて帰ってね!」
「ああ」
バルコニーの手すりに寄りかかり、本を抱えて帰っていく吉田を見送る。
私も今日アレクシアさんにもらったアドバイスをもとに、再び練習をしようとした時だった。
「練習は終わった?」
「ひえっ」
いきなり背後から抱きつかれ、悲鳴が漏れる。
驚きすぎて心臓がばくばく言っているのを感じながら、ユリウスを見上げた。
「いつからいたの?」
「少し前だよ。ヨシダくんが屋敷に侵入したのは気付いてたけど、どうせアレクシア先輩絡みで無茶なことをさせられてるんだろうなって、すぐに分かったし」
ユリウスは屋敷の敷地内に侵入者がいると分かった上で、見逃してくれていたらしい。
事情を説明したところ、ユリウスはお腹を抱えて笑い出した。
「あはは、アレクシア先輩って本当におかしいよね。あの人、面白すぎる」
ユリウスは相当、アレクシア先輩がツボらしい。
そろそろ冷えるからと部屋の中に戻ったところで、ユリウスの視線が本棚へ向けられた。
「ヨシダくんに本、貸したんだ?」
「うん、勉強用にロマンス小説をね」
ごっそり本を貸したことで、本棚がスカスカになってしまっている。
「ミレーヌと話してたの、俺にも貸してよ。レーネの好みを勉強したいからさ」
「いやいや、そんな必要は……はっ、しまった!」
絶対にユリウスには貸せないし、取られないように隠さなければ……と例の小説があった辺りを見た私は、愕然としてしまう。そう、あるべき場所になかったからだ。
つまりピュアな吉田に、少し破廉恥なシーンのある本まで貸してしまったことになる。
「ど、どうしよう……このままだと私、吉田に友達、辞められるかもしれない……」
──そして翌日、帰宅してすぐにしっかり読んでくれた吉田に半日無視されるのはまた別の話。




